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第五章 お泊りに行きたい

#69 夜宵と裸のお付き合い

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「はい、おしまい」

 夜宵のその言葉でヒナは意識を現実に戻される。
 気付けばシャンプーも洗い流され、洗髪は完了していた。

「えー、もう終わりか」

 名残惜しく感じながらヒナはそうボヤく。
 それを聞いて夜宵は楽しそうに笑う。

「なになにヒナ、そんなに私に洗ってもらうの気に入ったの?」

 それはもう、夜宵の魅惑のバストをあんな間近で見れるのだから気に入ったに決まってる、と思ったがそれは口には出さない。

「ああ、マジで最高に気持ち良かったよ。またやって欲しいくらいだ」
「へー、そうなんだ。だったら毎日一緒にお風呂入る?」

 上機嫌な様子で夜宵はそう提案してくる。
 とても魅力的な話だが、同時に問題点もヒナの頭に浮かんだ。

「いや、流石に毎日一緒に入るのは大変じゃないか? 体を洗うにしても水着を着た部分は洗えないし」

 そこまで話して彼はちょっとした悪戯を思いつく。

「そうだ夜宵。今の内に水着を脱いで体洗っちゃえよ。俺はむこう向いてるから」

 言って彼はバスチェアから立ち上がると夜宵に背を向ける。
 なるほど、ヒナが目を背けてくれるなら安心してスッポンポンになれるねー、ってそんなわけないでしょ! 恥ずかしいよ!
 そんなノリツッコミが飛んでくるだろうか?
 それともツッコミなんてする余裕もなく、恥ずかしくて縮こまってしまうだろうか?
 いずれにせよヒナの言葉は夜宵を軽くからかう程度のつもりだった。
 しかし夜宵はそうは受け取らなかった。

――そっか、ヒナは私の体のことちゃんと考えてくれてるんだ。

「わかったよヒナ、お言葉に甘えさせてもらうね」

 夜宵の言葉と共にゴソゴソと衣擦れの音が聞こえてくる。
 それを聞いてヒナは絶対に後ろを振り向くことができなくなった。

――うっそ、ホントに脱ぐの!? 冗談のつもりだったのに! 風呂場で男と二人っきりだよ! この状況で裸になるの!?

 ヒナの背後から濡れた水着が床に落ちる音が響くと、彼の体は緊張のあまり固まってしまう。

――今のはなんだ? ブラか? パンツか? 一体どっちを脱いだんだ?

 そう困惑していると、もう一度水着が落ちる音が聞こえてきた。

――二度目だと! つまりこれでブラもパンツも両方脱いだということか?

 ヒナが想定していたのは、まずブラを脱いで上半身を洗い、それが終わったらブラをつけて次にパンツを脱いで下半身を洗う。そんな手順だった。
 だから上下の水着を同時に脱ぐという夜宵の行動に動揺を隠せなかった。
 今、後ろを振り向けば夜宵の生まれたままの姿があるのだ。
 しかも家にはヒナと夜宵の二人っきり、もしヒナが襲いかかっても、夜宵が助けを求められる相手はいない。

――夜宵ちゃん! マジで! マジで状況わかってる!?
――どうしてそんなに無防備なの! そろそろホントに襲われても文句言えないよ!

 試されている。思春期男子の理性が試されているとヒナは感じた。
 しかし思春期男子のか弱い理性に対して、今の状況は暴力的すぎる。

「と、とりあえず脱いでみたけど、やっぱり恥ずかしいね」

 緊張を伴った夜宵の声が浴室に響く。

「そ、そうだな。今振り返ったら夜宵の裸が見れちゃうかなー」

 ヒナも冗談交じりにそう返す。

「振り向いちゃ駄目だよ。ヒナはそういうことしないって信じてるけど」
「ま、まあそうだよな。もし振り向いても背中とかお尻くらいしか見えないだろうし」
「あ、そういうんじゃなくてね」

 ヒナのイメージではお互いに背中合わせに立っている状態だと思っていた。
 しかし夜宵はそれを否定する。

「私、ヒナの方向いてるから。今ヒナが振り返ったら、私の大事なところ全部見られちゃうね」

 恥ずかしくて消え入るような声でそう吐き出す。

「いやなんで! それはリスク高くない!?」

 思わずヒナは突っ込んでしまう。
 それに対し、夜宵は緊張に声を震わせながらも強い意思で答えた。

「ヒナのこと信じてるから。大丈夫って」
「信頼の証としてそんな度胸試しみたいなことやってるってこと?」
「そうだよ。その為に私今全部脱いでるんだから」

 いやいや、男を信頼しすぎないでください。もっと警戒してくれ、とヒナは悩ましい気持ちになる。
 静まり返った浴室に夜宵がスポンジで体をこする音だけが響く。
 ヒナは一歩も動けなくなっていたが、夜宵は夜宵でのぼせそうなくらい顔が熱くなっていた。

――男の子がすぐそばにいるのに裸になるなんて、やっぱり恥ずかしいよ。
――でもヒナはいやらしい気持ちなんてなくて、純粋に私の体を心配してくれたんだから、ちゃんと彼を信じないと。

 水着を脱いで体を洗っていいと提案されたと時、もちろん夜宵は戸惑ったし、断ろうかとも思った。
 しかし断るという行為自体がヒナを信頼していない証拠のような気がして、夜宵は彼の気遣いに甘えることを選んだ。

――大丈夫、ヒナは絶対にこっちを向かない。だからこんな風にスッポンポンになっても大丈夫だから。

 極限まで緊張しながら自分にそう言い聞かせる。
 やがて足の爪先までボディソープを馴染ませると、夜宵はシャワーから温水を出し、体を洗い流す。
 水着から解き放たれ、裸身にシャワーを浴びる解放感が彼女を包みこんだ。

――頭がぽーっとするなあ。なんかもう恥ずかしいんだか、気持ちいいんだかわからなくなってきた。
――もうヒナに全部見られちゃってもいいかも。

 上気した頭でそんな風に思いながら、夜宵はシャワーを止める。

「ヒナ、洗い終わったよ」
「おう、そうか。じゃあ振り向いていいか?」
「うんうん、いいよ」

 のぼせた頭で無警戒に夜宵はそう吐き出す。
 しかしヒナは警戒を緩めなかった。

「ちゃんと水着きたか?」

 彼のその一言で夜宵は一気に目が覚めた。
 そして自分が未だ全裸のままだったことを思い出す。

「あっ、忘れてた! ごめんちょっと待って!」
「いや忘れるなよ! 乙女の一番大事ななものを!」

 警戒しておいて正解だった、とヒナは思う。
 物音を聞く限り、夜宵が水着を着ている気配がなかったのだ。

――もうなんなんだよ夜宵! わざとか? わざとそうやって誘ってんのか!?

 もちろんそんなわけないのはヒナもわかっている。
 ただただ夜宵が天然なだけだ。

「あ、危なった。危うくラッキースケベされちゃうところだった」
「本当に気を付けてくれよ」

 夜宵が水着を着る気配を背中に感じる。
 ちょっと惜しい気もしたが、彼女と後々気まずくなるよりマシだとヒナは割り切った。

「水着、着ました」
「おう、お疲れ」

 ギクシャクとした空気の中そんなやり取りをする。
 ようやくヒナは後ろを振り向き、水着姿の夜宵と再会する。

「次はヒナの番だよ。私は壁の方向いてるから、体洗っていいよ」
「ああ、俺は別に見られても構わないけどな」
「えっ、いいの? じゃあ見たい!」
「予想外に食いついてきたな!」

 夜宵の瞳が好奇心に輝く。
 少しは照れるものかと思ったが、ヒナの予想に反して一切そんなことはなかった。

――女の子って、わかんねえ。

「ごめんやっぱりむこう向いててください。男の子だって恥ずかしいんです」
「えー。ヒナ、一度言ったことを引っ込めるなんて男らしくないよー」

 ぶーぶー文句を言いながら、夜宵は背中を向けてくれる。
 そうは言っても、今の自分の荒ぶる獣を彼女に見せることだけは、断じてできなかった。
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