上 下
65 / 125
第五章 お泊りに行きたい

#65 夜宵と水着選び

しおりを挟む
「ヒ、ヒナあ」

 情けない声を出しながら夜宵が試着室のカーテンの隙間から顔を出す。
 顔以外はカーテンで隠れたままなので、ヒナから見て彼女がどんな姿かはわからないが、先程持ち込んだ水着を試着中の筈だ。
 あの後、夜宵を乗り気にさせたことで、彼女を水着売り場に連れていくところまではスムーズに進んだ。

「どうした夜宵? 着替え終わったか?」
「いや、うん。なんか恥ずかしくて、こんな可愛い水着きるの」

 照れた様子で頬を染めて、視線を床に落とす。

「大丈夫、夜宵は何着ても似合うよ。ましてや可愛い服なら絶対に似合うに決まってるから」

 そう言って彼女が試着室から出れるように励ます。
 あと女性向け水着売り場で一人待たされるのも結構恥ずかしいとヒナも感じ始めた頃だった。

「うん、わかったよ」

 ようやく決心がついたのだろう。試着室のカーテンを開けて、夜宵が姿を現す。

「ど、どうかな?」

――こ、これは!

 ピンクのワンピース型水着に身を包んだ彼女を見てヒナは息を呑む。
 フリフリのスカートがとても可愛いらしく、露出の少ない清楚なイメージが夜宵によく似合っていた。

――正直めちゃくちゃ可愛い。

「すげえ、すげえよ夜宵! めっちゃ可愛い! 最高に可愛いよ!」
「えっ、えっ、ヒナ、大袈裟だって」

 恥ずかしそうに夜宵は自分の体を抱きしめる。
 ヒナも男子として、好きな子のセクシー系の水着姿を見たいという気持ちはあった。
 しかし夜宵にはやはりこっちが正解だと感じた。
 可愛いと連呼され、彼女も満更でない様子だ。

「確かに可愛いかもだけど、ちょっと子供っぽすぎないかな?」

 彼女は試着室を振り返り、その奥に設置された姿見を見ながらそう呟く。

「大丈夫大丈夫。めっちゃ可愛いし、めちゃくちゃ似合ってるから」

 ヒナは手放しで絶賛するものの、子供っぽいという部分は否定してくれなかった。
 改めて夜宵は鏡に映る自分の姿を見る。
 ワンピース型の水着は確かに露出は控え目で、それ故に芋っぽい印象も受ける。
 たとえばセパレート型にしてお腹を出したりした方が、年相応の色気を出せるかもしれない。
 そもそも自分と同い年の女の子はどんな水着を着るのが普通なのだろう?

 夜宵は友達と海やプールに行った経験がない。
 自分が「普通」から外れていると自覚しているからこそ、「普通」の基準をとても気にする。
 やっぱり今時の女子高生はこんな子供っぽい水着は着ないのではないか?
 たとえば水零ならどんな水着を着るだろう?
 そう言えばヒナは水零と付き合いが長いらしいし、彼女とプールに行ったことも何度かあるんじゃないだろうか?
 先程のヒナの言葉を思い出す。

『すげえ、すげえよ夜宵! めっちゃ可愛い! 最高に可愛いよ!』

 ヒナは優しい男の子だ。
 決して人を傷つけるようなことは言わない。
 だから口先では誉めてくれたけど、内心ではどう思ってるだろう?

『確かに可愛い水着だ。けど夜宵はこういう可愛い系しか着れないだろうな。水零だったらセクシー系の水着を着こなせるんだけど、お子様な夜宵には無理だろうな』

 そんな風に思われていたらどうしよう!
 夜宵は元・引きこもりのゲームオタクで友達もおらず、そんな自分に劣等感を抱いている。
 自己肯定感が低い彼女は、必要もないのに言葉の裏を読んでしまう。

「ヒナ! ヒナって私のこと子供っぽいって思ってるよね?」

 じとっとした瞳でそう問いかけてみる。

「えっ? いやいやそんなことないって」

 と、口ではそう答えるも、男子への警戒心ゼロのお子様だと思っていたのは事実だ。
 そういった後ろめたさから、ヒナは答えつつも視線を逸らしてしまう。
 そんな彼を見て、夜宵の中の何かに火がついた。

「あのねヒナ、私だって子供じゃないよ。こういう子供水着だけじゃなく、色っぽい大人水着だって着れるんだから!」

 夜宵は店内に並べられた水着を眺める。
 そしてその中の一つに目をつけ、それを手に取った。

「こ、こういうのだって着れるんだからね」

 明らかに照れた様子で露出の高い黒のクロスホルタービキニを手にとる。
 ヒナの目から見ても彼女が虚勢を張ってるのは明らかだった。

「えーっと、夜宵ちゃん。あんまり無理しないように」

 好きな女の子のセクシー水着姿を見たいという期待と、夜宵に無理をして欲しくないという気持ちの間で揺れながら、ヒナはなんとか彼女を思いとどまらせようとした。
 しかしそれは夜宵の乙女のプライドをさらに燃え上がらせるだけだった。

「大丈夫だって、ヒナは私を見くびり過ぎだよ。試着してくるから」

 それだけ言い残して、彼女は再度試着室に姿を消す。
 一人残されたヒナは思う。

――乙女心って難しいな

 最初はセクシーな水着を着ることに難色を示していたのに、何が引き金となったのか、意地を張って自分から試着しにいくとは。
 夜宵の扱い方がさっぱりわからない、とヒナは思うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話

フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談! 隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。 30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。 そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。 刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!? 子供ならば許してくれるとでも思ったのか。 「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」 大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。 余りに情けない親子の末路を描く実話。 ※一部、演出を含んでいます。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...