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第五章 お泊りに行きたい

#65 夜宵と水着選び

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「ヒ、ヒナあ」

 情けない声を出しながら夜宵が試着室のカーテンの隙間から顔を出す。
 顔以外はカーテンで隠れたままなので、ヒナから見て彼女がどんな姿かはわからないが、先程持ち込んだ水着を試着中の筈だ。
 あの後、夜宵を乗り気にさせたことで、彼女を水着売り場に連れていくところまではスムーズに進んだ。

「どうした夜宵? 着替え終わったか?」
「いや、うん。なんか恥ずかしくて、こんな可愛い水着きるの」

 照れた様子で頬を染めて、視線を床に落とす。

「大丈夫、夜宵は何着ても似合うよ。ましてや可愛い服なら絶対に似合うに決まってるから」

 そう言って彼女が試着室から出れるように励ます。
 あと女性向け水着売り場で一人待たされるのも結構恥ずかしいとヒナも感じ始めた頃だった。

「うん、わかったよ」

 ようやく決心がついたのだろう。試着室のカーテンを開けて、夜宵が姿を現す。

「ど、どうかな?」

――こ、これは!

 ピンクのワンピース型水着に身を包んだ彼女を見てヒナは息を呑む。
 フリフリのスカートがとても可愛いらしく、露出の少ない清楚なイメージが夜宵によく似合っていた。

――正直めちゃくちゃ可愛い。

「すげえ、すげえよ夜宵! めっちゃ可愛い! 最高に可愛いよ!」
「えっ、えっ、ヒナ、大袈裟だって」

 恥ずかしそうに夜宵は自分の体を抱きしめる。
 ヒナも男子として、好きな子のセクシー系の水着姿を見たいという気持ちはあった。
 しかし夜宵にはやはりこっちが正解だと感じた。
 可愛いと連呼され、彼女も満更でない様子だ。

「確かに可愛いかもだけど、ちょっと子供っぽすぎないかな?」

 彼女は試着室を振り返り、その奥に設置された姿見を見ながらそう呟く。

「大丈夫大丈夫。めっちゃ可愛いし、めちゃくちゃ似合ってるから」

 ヒナは手放しで絶賛するものの、子供っぽいという部分は否定してくれなかった。
 改めて夜宵は鏡に映る自分の姿を見る。
 ワンピース型の水着は確かに露出は控え目で、それ故に芋っぽい印象も受ける。
 たとえばセパレート型にしてお腹を出したりした方が、年相応の色気を出せるかもしれない。
 そもそも自分と同い年の女の子はどんな水着を着るのが普通なのだろう?

 夜宵は友達と海やプールに行った経験がない。
 自分が「普通」から外れていると自覚しているからこそ、「普通」の基準をとても気にする。
 やっぱり今時の女子高生はこんな子供っぽい水着は着ないのではないか?
 たとえば水零ならどんな水着を着るだろう?
 そう言えばヒナは水零と付き合いが長いらしいし、彼女とプールに行ったことも何度かあるんじゃないだろうか?
 先程のヒナの言葉を思い出す。

『すげえ、すげえよ夜宵! めっちゃ可愛い! 最高に可愛いよ!』

 ヒナは優しい男の子だ。
 決して人を傷つけるようなことは言わない。
 だから口先では誉めてくれたけど、内心ではどう思ってるだろう?

『確かに可愛い水着だ。けど夜宵はこういう可愛い系しか着れないだろうな。水零だったらセクシー系の水着を着こなせるんだけど、お子様な夜宵には無理だろうな』

 そんな風に思われていたらどうしよう!
 夜宵は元・引きこもりのゲームオタクで友達もおらず、そんな自分に劣等感を抱いている。
 自己肯定感が低い彼女は、必要もないのに言葉の裏を読んでしまう。

「ヒナ! ヒナって私のこと子供っぽいって思ってるよね?」

 じとっとした瞳でそう問いかけてみる。

「えっ? いやいやそんなことないって」

 と、口ではそう答えるも、男子への警戒心ゼロのお子様だと思っていたのは事実だ。
 そういった後ろめたさから、ヒナは答えつつも視線を逸らしてしまう。
 そんな彼を見て、夜宵の中の何かに火がついた。

「あのねヒナ、私だって子供じゃないよ。こういう子供水着だけじゃなく、色っぽい大人水着だって着れるんだから!」

 夜宵は店内に並べられた水着を眺める。
 そしてその中の一つに目をつけ、それを手に取った。

「こ、こういうのだって着れるんだからね」

 明らかに照れた様子で露出の高い黒のクロスホルタービキニを手にとる。
 ヒナの目から見ても彼女が虚勢を張ってるのは明らかだった。

「えーっと、夜宵ちゃん。あんまり無理しないように」

 好きな女の子のセクシー水着姿を見たいという期待と、夜宵に無理をして欲しくないという気持ちの間で揺れながら、ヒナはなんとか彼女を思いとどまらせようとした。
 しかしそれは夜宵の乙女のプライドをさらに燃え上がらせるだけだった。

「大丈夫だって、ヒナは私を見くびり過ぎだよ。試着してくるから」

 それだけ言い残して、彼女は再度試着室に姿を消す。
 一人残されたヒナは思う。

――乙女心って難しいな

 最初はセクシーな水着を着ることに難色を示していたのに、何が引き金となったのか、意地を張って自分から試着しにいくとは。
 夜宵の扱い方がさっぱりわからない、とヒナは思うのだった。
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