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第五章 お泊りに行きたい
#55 オシャマな妹ちゃん
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うつらうつらと夜宵がコントローラーを握ったまま頭を揺らす。
その表情は眠たげで、今にも倒れそうな様子だった。
「やよいー、居眠り運転はやめとけー。事故るぞー」
俺達は今、バブバブカートというテレビゲームで対戦中だった。
その名の通り、プレイヤーは赤ちゃんとなってベビーカーを操縦してゴールを目指すという有名なレースゲームだ。
「うん……うん」
とうとう夜宵が顔を俯かせ完全に寝落ちした。
夜宵の操作していたベビーカーはコース外へ飛び出し、近くの線路を走っていた新幹線を撥ね飛ばす。
バブバブカートは常時、時速五百キロ以上出てる。あんなものに追突されたら新幹線なんて、ひとたまりもないだろう。
新幹線は木っ端微塵に粉砕され、コースアウトしたベビーカーをママが釣り上げてくれる。
俺はそこでゲームを終了させ、テレビの電源を落とした。
「夜宵、寝るならベッドで寝ろよ」
声をかけるも返事がない。完全に落ちてる。
既に時刻は深夜といっても差し支えない時間だ。
最初は徹ゲーすると息巻いていた彼女も流石に体力の限界というわけか。
なんか、小さい頃の夏休みに妹と遅くまでゲームしてた時を思い出すな。
「夜宵、起きないならベッドまで運んでくぞ」
俺は彼女をお姫様抱っこで抱きかかえて、夜宵の部屋へ連れていく。
彼女の部屋に入り、その体をベッドに横たえる。
「んー」
そこで夜宵が身動ぎした。
起こしてしまったか?
夜宵は薄く目を開き、俺を見上げる。
「まだ、遊ぶー」
その言葉を聞いて俺は苦笑するしかない。
「もう限界だろ、今夜は寝よう」
そう優しく声をかけるも、夜宵はベッドに手をつき上半身をゆっくりと起こした。
「ヒナ、王様ゲームしよ」
「寝ぼけてるのか? 二人じゃ王様ゲームにならないだろ」
俺のそんな言葉は意に介さず、夜宵はふにゃりと笑う。
「まずは私が王様ね」
言いながら彼女はベッドの脇に立つ俺の手を掴み、グイっと引っ張った。
咄嗟のことに反応できず、俺はベッドに倒れ両膝をついてしまう。
ひとつのベッドの上に夜宵と二人。彼女の顔がすぐそばにある。
「ヒナは王様をギューってすることー」
えへへと笑いながら、彼女は俺の腰に手をまわし抱きついてきた。
うああああああああ!
好きな子にこんな密着されて! 抱きつかれて! 夜宵の体温があったかい! 夜宵の体の柔らかい感触がうあうあうあうあああああああ!
「次はヒナが王様ね。私に何でも命令していいよ」
はあ、ベッドの上で好きな子に抱きしめられて、その次は何でも命令していいって?
こんな攻撃を喰らって理性を保てる男なんてこの世にいないだろう。
もう、遠慮なんてしないぞ夜宵。
「だったら俺の命令は――」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
耳障りなアラーム音に意識を引っ張られ、俺はベッドから飛び起きる。
そして憎しみを込めて手元の目覚ましを睨みつけながら、アラームを止めた。
何故、俺はこの時間に目覚ましなどセットしてしまったんだ?
わかっていた。夢オチなのはわかっていたんだ。
わかっていたけど悔しい、続きを見せろよちくしょおおおおおおおおおおおお!
俺は夢の途中から、これは夢だと自覚していた。
いわゆる明晰夢というやつだ。
この手の夢は気付いてしまえば自分の思い通りに内容をコントロールできる最高の場所となる。
あのまま夢が続けば、俺はきっと片想いの女の子に思春期男子の欲望の全てをぶつけていたことだろう! なのに!
なんだこの仕打ちは! 続きは現実でね、って何かのCMじゃねえんだぞ!
現実は夢みたいにいかない。お子様な夜宵はあんな風に男をベッドに誘ったりしないってわかってるさ。
俺は未練を振り切る為に頭を振ってベッドから下りる。
見慣れた自分の部屋。
この場所とも少しの間、お別れだ。
今日から俺は夜宵の家に泊まりに行く。
なるべく早く出掛けようと目覚ましをセットしていたことで、こんなに後悔する羽目になるとは思わなかったが。
いや、もう諦めよう。
着替えを済ませ、部屋を出る。
洗面所で顔を洗い、身だしなみを整えてから台所に向かう。
台所に足を踏み入れると、そこにいた先客が俺に眩しい笑顔を向けてくれた。
「おはようございますお兄様、今日は少し早いですね」
亜麻色のゆるふわウェーブロングの髪を靡かせ、頭には赤いリボンカチューシャをつけた愛らしい少女。
彼女は俺の一つ年下の妹、火神光流。
苗字が違うって? ああ、説明が足りなかった。
妹のようにずっと一緒に暮らしてきたという意味で、厳密には従妹なのだ。
テーブルの上を見るとスクランブルエッグとサラダが並んでいた。
学生の俺達はのんびりと夏休みを貪ってるが世間は平日。
両親ともに仕事に出かけている今、家に残った光流が俺の朝食を用意してくれたようだ。
「今からトーストを焼きますね。お兄様は何枚食べます?」
「ああ、サンキュー光流。いつも通り二枚で頼むわ」
テーブルには一人分の料理しかないことから、光流はとっくに朝飯を済ませたのだろう。
そうして遅くまで寝てる俺の世話まで焼いてくれるとは、とても出来た妹である。
「今日も光流の卵料理は美味しそうだ。いつもありがとな」
言って俺は小柄な妹の頭をわしゃわしゃと撫でる。
甘えん坊の彼女はこれでいつも喜んでくれるのだが、この日は違った。
ぷくー、とわかりやすく頬を膨らませて顔を逸らす。
俺は彼女の頭から手を離して様子を窺った。
「どうした光流ちゃん? 今日はなんか拗ねてる?」
「拗ねてなんかいません」
言葉とは裏腹に不満そうな様子で焼き上がったトーストを俺の皿に載せてくれる。
ふむ、普段は俺が頭を撫でると子犬のように喜んでくれるが、今の彼女はどちらかというと猫だな。
私、不機嫌なんですよー、ってアピールをしている子猫そのものだ。
「お兄様、私は大人のレディーですよ。拗ねたりするわけないじゃないですか。
折角の夏休みなのに、お兄様が私をほったらかして今日から夜宵さんのお家に泊まりに行く程度のことで拗ねるわけがありません」
おおう、わかりやすく嫌味攻撃で責めてきましたね。
確かに長期休暇はいつも光流や幼馴染みの琥珀と遊ぶのが常だったな。
最近の俺は彼女達のことをあんまり考えられてなかったかもしれん。
「ごめんって、帰ってきたら光流に付き合うからさ。どっか行きたいところや、やりたいことがあれば決めておいてくれ」
俺の言葉に溜飲を下げたのか、光流はすました顔で言葉を返す。
「別に私はお兄様と遊べなくても何も困りはしないんですが、お兄様がどうしても妹孝行したいというのであれば考えておいてもいいですよ」
「うんうん、したいしたい。日頃の感謝を込めて光流に恩返ししたいなー」
そこまで言うと、ようやく光流の纏う空気が柔らかくなる。
彼女は話題を変えるように俺に言葉を向けた。
「とにかく、今日から夜宵さんの家にお世話になるわけですが、夜宵さんに迷惑をかけてはいけませんよ。にゃんにゃんするのはほどほどにすることです」
にゃんにゃんって。
「あのね、光流ちゃん。誤解しないように。俺と夜宵は清い関係のお友達なの」
そう主張してみるも、光流は疑わしそうにジト目で俺を見つめ返してきた。
「建前上はそうでも、お兄様はきっと夜宵さんに邪な感情を抱いてるに決まってます。
きっと夜宵さんの入ったお風呂の残り湯を飲み干したいとか考えてるんですよ」
「キミはそうまでしてお兄ちゃんを変態扱いしたいのかい?」
俺のツッコミにも構わず光流は、ヨヨヨと泣き真似をする。
「悲しいですね。きっとお兄様がウチに帰ってくる頃には私の知ってるお兄様じゃなくなってるんです。
大人の階段を上って、お湯の飲み過ぎでスライムみたいになって帰ってくるんですよ」
「うん、それは間違いなく俺じゃないな」
その後も、朝食を食べながら光流のチクチクとしたお小言は続くのであった。
これは、家に帰ってきたらお姫様のご機嫌とりをしないとな。
そんな風に思うのだった。
その表情は眠たげで、今にも倒れそうな様子だった。
「やよいー、居眠り運転はやめとけー。事故るぞー」
俺達は今、バブバブカートというテレビゲームで対戦中だった。
その名の通り、プレイヤーは赤ちゃんとなってベビーカーを操縦してゴールを目指すという有名なレースゲームだ。
「うん……うん」
とうとう夜宵が顔を俯かせ完全に寝落ちした。
夜宵の操作していたベビーカーはコース外へ飛び出し、近くの線路を走っていた新幹線を撥ね飛ばす。
バブバブカートは常時、時速五百キロ以上出てる。あんなものに追突されたら新幹線なんて、ひとたまりもないだろう。
新幹線は木っ端微塵に粉砕され、コースアウトしたベビーカーをママが釣り上げてくれる。
俺はそこでゲームを終了させ、テレビの電源を落とした。
「夜宵、寝るならベッドで寝ろよ」
声をかけるも返事がない。完全に落ちてる。
既に時刻は深夜といっても差し支えない時間だ。
最初は徹ゲーすると息巻いていた彼女も流石に体力の限界というわけか。
なんか、小さい頃の夏休みに妹と遅くまでゲームしてた時を思い出すな。
「夜宵、起きないならベッドまで運んでくぞ」
俺は彼女をお姫様抱っこで抱きかかえて、夜宵の部屋へ連れていく。
彼女の部屋に入り、その体をベッドに横たえる。
「んー」
そこで夜宵が身動ぎした。
起こしてしまったか?
夜宵は薄く目を開き、俺を見上げる。
「まだ、遊ぶー」
その言葉を聞いて俺は苦笑するしかない。
「もう限界だろ、今夜は寝よう」
そう優しく声をかけるも、夜宵はベッドに手をつき上半身をゆっくりと起こした。
「ヒナ、王様ゲームしよ」
「寝ぼけてるのか? 二人じゃ王様ゲームにならないだろ」
俺のそんな言葉は意に介さず、夜宵はふにゃりと笑う。
「まずは私が王様ね」
言いながら彼女はベッドの脇に立つ俺の手を掴み、グイっと引っ張った。
咄嗟のことに反応できず、俺はベッドに倒れ両膝をついてしまう。
ひとつのベッドの上に夜宵と二人。彼女の顔がすぐそばにある。
「ヒナは王様をギューってすることー」
えへへと笑いながら、彼女は俺の腰に手をまわし抱きついてきた。
うああああああああ!
好きな子にこんな密着されて! 抱きつかれて! 夜宵の体温があったかい! 夜宵の体の柔らかい感触がうあうあうあうあああああああ!
「次はヒナが王様ね。私に何でも命令していいよ」
はあ、ベッドの上で好きな子に抱きしめられて、その次は何でも命令していいって?
こんな攻撃を喰らって理性を保てる男なんてこの世にいないだろう。
もう、遠慮なんてしないぞ夜宵。
「だったら俺の命令は――」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
耳障りなアラーム音に意識を引っ張られ、俺はベッドから飛び起きる。
そして憎しみを込めて手元の目覚ましを睨みつけながら、アラームを止めた。
何故、俺はこの時間に目覚ましなどセットしてしまったんだ?
わかっていた。夢オチなのはわかっていたんだ。
わかっていたけど悔しい、続きを見せろよちくしょおおおおおおおおおおおお!
俺は夢の途中から、これは夢だと自覚していた。
いわゆる明晰夢というやつだ。
この手の夢は気付いてしまえば自分の思い通りに内容をコントロールできる最高の場所となる。
あのまま夢が続けば、俺はきっと片想いの女の子に思春期男子の欲望の全てをぶつけていたことだろう! なのに!
なんだこの仕打ちは! 続きは現実でね、って何かのCMじゃねえんだぞ!
現実は夢みたいにいかない。お子様な夜宵はあんな風に男をベッドに誘ったりしないってわかってるさ。
俺は未練を振り切る為に頭を振ってベッドから下りる。
見慣れた自分の部屋。
この場所とも少しの間、お別れだ。
今日から俺は夜宵の家に泊まりに行く。
なるべく早く出掛けようと目覚ましをセットしていたことで、こんなに後悔する羽目になるとは思わなかったが。
いや、もう諦めよう。
着替えを済ませ、部屋を出る。
洗面所で顔を洗い、身だしなみを整えてから台所に向かう。
台所に足を踏み入れると、そこにいた先客が俺に眩しい笑顔を向けてくれた。
「おはようございますお兄様、今日は少し早いですね」
亜麻色のゆるふわウェーブロングの髪を靡かせ、頭には赤いリボンカチューシャをつけた愛らしい少女。
彼女は俺の一つ年下の妹、火神光流。
苗字が違うって? ああ、説明が足りなかった。
妹のようにずっと一緒に暮らしてきたという意味で、厳密には従妹なのだ。
テーブルの上を見るとスクランブルエッグとサラダが並んでいた。
学生の俺達はのんびりと夏休みを貪ってるが世間は平日。
両親ともに仕事に出かけている今、家に残った光流が俺の朝食を用意してくれたようだ。
「今からトーストを焼きますね。お兄様は何枚食べます?」
「ああ、サンキュー光流。いつも通り二枚で頼むわ」
テーブルには一人分の料理しかないことから、光流はとっくに朝飯を済ませたのだろう。
そうして遅くまで寝てる俺の世話まで焼いてくれるとは、とても出来た妹である。
「今日も光流の卵料理は美味しそうだ。いつもありがとな」
言って俺は小柄な妹の頭をわしゃわしゃと撫でる。
甘えん坊の彼女はこれでいつも喜んでくれるのだが、この日は違った。
ぷくー、とわかりやすく頬を膨らませて顔を逸らす。
俺は彼女の頭から手を離して様子を窺った。
「どうした光流ちゃん? 今日はなんか拗ねてる?」
「拗ねてなんかいません」
言葉とは裏腹に不満そうな様子で焼き上がったトーストを俺の皿に載せてくれる。
ふむ、普段は俺が頭を撫でると子犬のように喜んでくれるが、今の彼女はどちらかというと猫だな。
私、不機嫌なんですよー、ってアピールをしている子猫そのものだ。
「お兄様、私は大人のレディーですよ。拗ねたりするわけないじゃないですか。
折角の夏休みなのに、お兄様が私をほったらかして今日から夜宵さんのお家に泊まりに行く程度のことで拗ねるわけがありません」
おおう、わかりやすく嫌味攻撃で責めてきましたね。
確かに長期休暇はいつも光流や幼馴染みの琥珀と遊ぶのが常だったな。
最近の俺は彼女達のことをあんまり考えられてなかったかもしれん。
「ごめんって、帰ってきたら光流に付き合うからさ。どっか行きたいところや、やりたいことがあれば決めておいてくれ」
俺の言葉に溜飲を下げたのか、光流はすました顔で言葉を返す。
「別に私はお兄様と遊べなくても何も困りはしないんですが、お兄様がどうしても妹孝行したいというのであれば考えておいてもいいですよ」
「うんうん、したいしたい。日頃の感謝を込めて光流に恩返ししたいなー」
そこまで言うと、ようやく光流の纏う空気が柔らかくなる。
彼女は話題を変えるように俺に言葉を向けた。
「とにかく、今日から夜宵さんの家にお世話になるわけですが、夜宵さんに迷惑をかけてはいけませんよ。にゃんにゃんするのはほどほどにすることです」
にゃんにゃんって。
「あのね、光流ちゃん。誤解しないように。俺と夜宵は清い関係のお友達なの」
そう主張してみるも、光流は疑わしそうにジト目で俺を見つめ返してきた。
「建前上はそうでも、お兄様はきっと夜宵さんに邪な感情を抱いてるに決まってます。
きっと夜宵さんの入ったお風呂の残り湯を飲み干したいとか考えてるんですよ」
「キミはそうまでしてお兄ちゃんを変態扱いしたいのかい?」
俺のツッコミにも構わず光流は、ヨヨヨと泣き真似をする。
「悲しいですね。きっとお兄様がウチに帰ってくる頃には私の知ってるお兄様じゃなくなってるんです。
大人の階段を上って、お湯の飲み過ぎでスライムみたいになって帰ってくるんですよ」
「うん、それは間違いなく俺じゃないな」
その後も、朝食を食べながら光流のチクチクとしたお小言は続くのであった。
これは、家に帰ってきたらお姫様のご機嫌とりをしないとな。
そんな風に思うのだった。
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