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第四章 学校に行きたい

#51 七月二日

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 七月二日。二年に進級してから四か月目。
 既にクラス全員の顔も見飽きたであろうこの時期、知らない顔が教室に来るとやはり目立つものだ。
 朝のホームルーム前の教室内がざわつく。
 たった今、教室に入ってきた少女に誰もが注目していた。
 膝丈の赤いチェック柄スカートを履き、半袖ワイシャツの首元に赤い蝶ネクタイをつけた夏服姿。
 腰ほどまで伸ばした長い黒髪を頭の左側のみ黄色いシュシュで結わえた少女。
 さらっと席につけば目立たないと思ったが、そうも行かないようだ。
 彼女は仕方なく教卓の前に立ち、クラス全体を見渡しながら挨拶した。

「あ、あの、あの、つ、月詠夜宵です。し、しししばらく学校を休んでいましたが、今日から復帰します。皆さん、よろしくお願いします」

 それを聞き、教室内がどよめいた。

「あの子が幻のクラスメイト?」「初めて顔見た」「結構可愛くね?」「ちっちゃーい。私より年下かと思った」

 男子にも女子にも概ね好感触のようだ。
 とりあえず、緊張で縮こまってる彼女に声をかけてあげよう。
 俺は教卓の方へ近づく。

「おーっす、夜宵。自己紹介お疲れ」
「あっ、おはようヒナ」

 改めて夜宵の姿を見る。
 初めて家に行った時、冬服は見たことあったけど、夏服は新鮮だな。
 でも夜宵は何着ても似合うよ。

 あー、可愛いな。
 小柄ながらも出るところは出てるスタイルの良さ、ワイシャツの上から透けて見える白いブラジャー。ぶら、じゃー?

「夜宵、ちょっとこっちに来なさい」
「えっ、なにヒナ?」

 それに気付くと俺は即座に彼女の腕を掴み、教室の外へ連れ出した。
 そのまま廊下を進み、ロッカールームへ直行。
 自分のロッカーからジャージの上着を取り出し、夜宵に押し付ける。

「着ろ!」
「えっ、なんで?」
「いいから、着るんだ! 着ないと死ぬぞ!」
「えっ、死ぬの?」

 目を白黒させる夜宵にジャージを着ることを命じる。

「わ、わかった」

 俺の迫力に押し負け、彼女は制服の上からジャージを着た。
 いや、言えるわけないじゃないか。下着透けてますよー、なんて。
 夜宵を傷つけてしまうかもしれない。
 ともかくこれで一安心だ。
 しかし理由も聞かずにあっさり命令を聞いてジャージを着る素直さ、やっぱり心配になるなあ。
 そのうち悪い男に騙されたりするんじゃなかろうか?
 やっぱり夜宵は俺が守らないと。

「やっほー夜宵、太陽くん」

 そう思ってると聞き慣れた声が届いた。
 そちらに目を向けると、黒いフリルリボンで髪を結わえたツインテールの少女がロッカールームに入って来た。

「あっ、水零だ」
「おはよう夜宵、ナイスな自己紹介だったわよ」

 水零は顎に手を当て悪戯っぽく笑う。

「それにしても、制服着るの久しぶり過ぎて失敗しちゃったわねー」
「失敗?」

 何のことかわからないという顔の夜宵に、水零はストレートに告げる。

「うん、ブラ透けてたよ。白いワイシャツってホント透けるからねー」
「えっ、えっ、えっ」

 それを聞いて夜宵は狼狽しながら胸元を手で隠す。
 しかし今はジャージだ。透ける心配はないことに気付くと、次に俺の方を見た。

「じゃ、じゃあヒナがジャージ着せてくれたのは」
「夜宵を守ろうとしたのよねー。全く男の子なんだから」

 やめろ水零、その言い方凄く恥ずかしいから。
 顔を真っ赤にして俯いてる夜宵に、水零はフォローの言葉を贈る。

「まあ近くで見ないとわからないくらいだし、太陽くん以外には気付かれてないでしょ」
「う、うん」

 夜宵は恥ずかしそうにしながら、チラチラと俺の顔を窺ってる。
 うう、気まずい。こうなりたくなかったから理由を隠したのに。
 そんな俺たち二人を見て、水零は楽しそうに微笑んだ。
 くそ、面白がってるなこいつ。

「そーんなことより、夜宵ばっかり太陽くんのジャージ着せてもらってズルいなー。私も太陽くんの服欲しいなー」
「悪いな、品切れだ」

 そう言って断ると水零の矛先が今度は夜宵に向いた。

「じゃあ、夜宵。そのジャージ、あとで頂戴」
「えっ、やだよ。水零に渡したら、ヒナのジャージ変なことに使いそう」
「変なこと? 変なことってなーに? 夜宵ったら何を想像したのかしら?」
「えっ、そ、それはその」

 あーもう、完全に水零の奴、からかいモードに入ってる。
 しかしそれは序の口だった。
 教室に戻ったら、なんでジャージ来てるの? と夜宵はクラスのみんなから訊かれる羽目になる。
 しかもそのジャージは男子用のサイズが大きいもので、俺の名札がついてるからそれはもう、俺と夜宵の関係に好奇の視線が向けられるのだった。
 うう、すまない夜宵。居心地の悪い初登校にさせてしまって。
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