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第四章 学校に行きたい
#46 コンプレックス
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――夢を追う少年の心を忘れない彼はずっと漫画一筋で打ち込んでいた。しかし学生時代の友人は定職につき、結婚し、家庭を作っていく中、彼の夢は何年経っても一歩も前に進まなかった。
――そして二十代の中頃、彼は漫画を描くのをやめた。その後は就職し、恋人を作り、今は新婚生活真っ只中だよ。
眠る直前にあんな話をしたせいだろうか? こんな夢を見たのは。
気付くと夜宵は真っ白な部屋にいた。
清潔感のある白い壁と天井。部屋の中央を通る通路の左右には客席が並び、正装の男女が集まっている。
室内に流れる厳かな空気。夜宵の知識によれば、ここはチャペルと呼ばれる場所だ。
「皆さん、今日は僕達の結婚式に集まっていただき、ありがとうございます」
声の方向に目を向ければ、部屋の最奥に二人の人物が立っていた。
華やかなウェディングドレスに身を包んだ新婦とタキシード姿の新郎。
二人の姿を見て、夜宵は呆然と呟く。
「ヒナに、水零?」
新郎と新婦は夜宵の記憶にある姿よりも大人へと成長したヒナと水零だった。
夜宵が客席で我を失っている間にも新郎のスピーチは続く。
新郎のヒナが、新婦との馴れ初めを語っている。
夜宵は自分の姿を見下ろす。高校の制服姿だった。
あれっ、なんで?
ああ、そっか。結婚式だもんね。学生の正装は制服だから、間違ってない。
いや、ちがう。ヒナと水零はあんなに大人っぽくなってるのに、どうして私はあの頃と同じ制服姿なの?
ああ、そうか、留年したんだ。考えてみれば当然か。
一体あのあと何年留年したのだろうか。
自分の時が高校生のまま止まっている間、友人達はどんどん前に進み成長していったのだ。
そしてその先に、今日という晴れの日を迎えた。
夜宵は彼らを祝福しないといけない、そう頭では理解している筈なのに。
気付けば、彼女は立ち上がっていた。
呼吸が苦しい。目の前の世界を認めたくない。
瞳から熱いものが溢れてくる。
スピーチが続く中、新郎と新婦のいる場所に向かって夜宵はバージンロードを駆ける。
「嫌だ! 嫌だよ! ヒナ! 水零! 私をおいていかないで!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
反射的に上半身を起こす。
そこで夜宵は、自分がベッドで寝ていたことを思い出した。
自分の顔に触れる。頬に涙の跡があるのがわかった。
たった今見た夢を、自分の中でどう処理すればいいのかわからない。
友達の晴れ舞台を素直に喜べないなんて、ひょっとして自分の心は醜いのだろうか?
部屋の時計を見る。時刻は既に十七時近かった。
しかし七月の陽は長い。外はまだまだ明るいようだ。
夜宵は部屋を出て、洗面所で顔を洗う。
そうして廊下を進み、リビングの扉を開けながら言葉を吐き出す。
「お母さん、お腹すいたー」
そしてそこでソファに座っていた人物を見て固まった。
「よう。おはよう、で合ってるか? 夜宵」
さきほど夢で見た少年が、朗らかな笑みと共に挨拶をしてきた。
「ヒ、ヒナ!」
この時間ならとっくに母が帰っているだろうとは思っていたが、母が客人を迎え入れている可能性までは考えていなかった。
夜宵は動揺し、廊下に飛び出しドアを閉める。
「ヒナ! み、見た? 見たの?」
「お、おう。見たって何を?」
「わ、私のパジャマ姿を」
寝起きの無防備なパジャマ姿を男子に見られたなんて、恥ずかしくて消えてしまいたかった。
「ああ、ピンクの可愛いパジャマだったな。半袖短パンなのも夏らしくていいんじゃないか」
「ヒナの馬鹿! 消して! 記憶を消して! 餅つきセットで頭を粉砕して記憶を抹消して!」
「あー、ごめん夜宵。餅つきはちょっと季節じゃないからご遠慮したいかな」
「そうだね。七月だもんね。じゃあスイカ割りで許してあげるから、頭叩き割っておいて!」
「いや、夏と言えば流しそうめんだろう! ああ、今流れた! 俺の記憶はそうめんと一緒に綺麗さっぱり流れて消えた! 夜宵は一歩も部屋に入らなかったし、俺も夜宵の姿は見てない! これでいいか?」
なんとか記憶の消去は約束してもらえたようだ。
扉越しに夜宵は声をかける。
「うん、ちゃんと忘れてくれた?」
「おう、忘れたよ。いやー、早く夜宵に会いたいなー。今日はまだ夜宵の顔を見れてないんだよなー」
白々しいが、忘れる努力をしているなら不問に付すことにした。
「着替えてくるから、待ってて」
そうして夜宵は一度自室へ戻り私服に着替える。
その後、再度リビングに戻り、扉を開けた。
ヒナの姿を改めて見る。
半袖のワイシャツにスラックスの制服姿。
初めて家に来た時は冬服だったのに、今や夏服に変わっている。
そんなところでも時間の経過を感じるのだった。
まだ夜宵の脳裏には先程夢で見た光景が消えずに残っていた。
大人になったヒナ。水零と結婚式を挙げているヒナ。
それを認めたくない自分がいた。
「どうした夜宵?」
部屋に入ったところで棒立ちしている彼女にヒナが声をかける。
夜宵はそれに言葉を返した。
「外の空気が吸いたい」
――そして二十代の中頃、彼は漫画を描くのをやめた。その後は就職し、恋人を作り、今は新婚生活真っ只中だよ。
眠る直前にあんな話をしたせいだろうか? こんな夢を見たのは。
気付くと夜宵は真っ白な部屋にいた。
清潔感のある白い壁と天井。部屋の中央を通る通路の左右には客席が並び、正装の男女が集まっている。
室内に流れる厳かな空気。夜宵の知識によれば、ここはチャペルと呼ばれる場所だ。
「皆さん、今日は僕達の結婚式に集まっていただき、ありがとうございます」
声の方向に目を向ければ、部屋の最奥に二人の人物が立っていた。
華やかなウェディングドレスに身を包んだ新婦とタキシード姿の新郎。
二人の姿を見て、夜宵は呆然と呟く。
「ヒナに、水零?」
新郎と新婦は夜宵の記憶にある姿よりも大人へと成長したヒナと水零だった。
夜宵が客席で我を失っている間にも新郎のスピーチは続く。
新郎のヒナが、新婦との馴れ初めを語っている。
夜宵は自分の姿を見下ろす。高校の制服姿だった。
あれっ、なんで?
ああ、そっか。結婚式だもんね。学生の正装は制服だから、間違ってない。
いや、ちがう。ヒナと水零はあんなに大人っぽくなってるのに、どうして私はあの頃と同じ制服姿なの?
ああ、そうか、留年したんだ。考えてみれば当然か。
一体あのあと何年留年したのだろうか。
自分の時が高校生のまま止まっている間、友人達はどんどん前に進み成長していったのだ。
そしてその先に、今日という晴れの日を迎えた。
夜宵は彼らを祝福しないといけない、そう頭では理解している筈なのに。
気付けば、彼女は立ち上がっていた。
呼吸が苦しい。目の前の世界を認めたくない。
瞳から熱いものが溢れてくる。
スピーチが続く中、新郎と新婦のいる場所に向かって夜宵はバージンロードを駆ける。
「嫌だ! 嫌だよ! ヒナ! 水零! 私をおいていかないで!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
反射的に上半身を起こす。
そこで夜宵は、自分がベッドで寝ていたことを思い出した。
自分の顔に触れる。頬に涙の跡があるのがわかった。
たった今見た夢を、自分の中でどう処理すればいいのかわからない。
友達の晴れ舞台を素直に喜べないなんて、ひょっとして自分の心は醜いのだろうか?
部屋の時計を見る。時刻は既に十七時近かった。
しかし七月の陽は長い。外はまだまだ明るいようだ。
夜宵は部屋を出て、洗面所で顔を洗う。
そうして廊下を進み、リビングの扉を開けながら言葉を吐き出す。
「お母さん、お腹すいたー」
そしてそこでソファに座っていた人物を見て固まった。
「よう。おはよう、で合ってるか? 夜宵」
さきほど夢で見た少年が、朗らかな笑みと共に挨拶をしてきた。
「ヒ、ヒナ!」
この時間ならとっくに母が帰っているだろうとは思っていたが、母が客人を迎え入れている可能性までは考えていなかった。
夜宵は動揺し、廊下に飛び出しドアを閉める。
「ヒナ! み、見た? 見たの?」
「お、おう。見たって何を?」
「わ、私のパジャマ姿を」
寝起きの無防備なパジャマ姿を男子に見られたなんて、恥ずかしくて消えてしまいたかった。
「ああ、ピンクの可愛いパジャマだったな。半袖短パンなのも夏らしくていいんじゃないか」
「ヒナの馬鹿! 消して! 記憶を消して! 餅つきセットで頭を粉砕して記憶を抹消して!」
「あー、ごめん夜宵。餅つきはちょっと季節じゃないからご遠慮したいかな」
「そうだね。七月だもんね。じゃあスイカ割りで許してあげるから、頭叩き割っておいて!」
「いや、夏と言えば流しそうめんだろう! ああ、今流れた! 俺の記憶はそうめんと一緒に綺麗さっぱり流れて消えた! 夜宵は一歩も部屋に入らなかったし、俺も夜宵の姿は見てない! これでいいか?」
なんとか記憶の消去は約束してもらえたようだ。
扉越しに夜宵は声をかける。
「うん、ちゃんと忘れてくれた?」
「おう、忘れたよ。いやー、早く夜宵に会いたいなー。今日はまだ夜宵の顔を見れてないんだよなー」
白々しいが、忘れる努力をしているなら不問に付すことにした。
「着替えてくるから、待ってて」
そうして夜宵は一度自室へ戻り私服に着替える。
その後、再度リビングに戻り、扉を開けた。
ヒナの姿を改めて見る。
半袖のワイシャツにスラックスの制服姿。
初めて家に来た時は冬服だったのに、今や夏服に変わっている。
そんなところでも時間の経過を感じるのだった。
まだ夜宵の脳裏には先程夢で見た光景が消えずに残っていた。
大人になったヒナ。水零と結婚式を挙げているヒナ。
それを認めたくない自分がいた。
「どうした夜宵?」
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夜宵はそれに言葉を返した。
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