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21.無実の証明
しおりを挟むあれからお母さんが起きて、夜にはお父さんが帰ってきて。居心地の悪そうだったフィーをもみくちゃにしながらお礼を言ってその日は終わってしまった。
結局、フィーとゆっくり話せたのは次の日のこと。
「さきみ、ですか」
「そう。小さい時はコントロールがなかなかできないみたいで、いつ何が見えるのかも分からないけど」
フィーが走ってきてくれたのは、急にそれが見えたかららしい。倒れたお母さんと泣きじゃくる私。見えただけでは状況が分からなかったので、回復魔法の本だけ持って急いで来てくれたようだった。
「まあ、こんな不確定なものがあっても、何にもならないんだけど」
「そんなことありません!」
昨日あれほど話したのに、フィーはまだ足りないらしい。
「ただの貧血でもあの時の私には分かりませんでしたし、お母さんが死んでしまうんじゃないかと思うくらいでした。フィーがいてくれてとても心強かったんですよ」
「…………うん」
「フィーには自信が足りません! もっと誇っても良いことですよ。お礼も要らないなんて言っていましたが、私にできることなら今からでもなんでもしますから、なんでも言ってください!」
照れているのか何なのか。フィーは私がどれだけ言ってもその言葉に何かを返すことはなく。私のお父さんやお母さんがフィーのご両親にお礼を言うことすら遠慮して、この件は内密にと念を押したくらいだった。
薄々気付いてはいたけれど、フィーはきっと家族とうまくいっていない。
フィーのお父様やアンリ姉様はフィーを気にかけてはいても深くは立ち入らないようにして、フィーのお母様は……フィーに対してだけ、なんだかぎこちない。
「フィーはどうしてそんなに勉強ばかりしているんですか」
いつか、何気なく質問をした時。
「…………遠くに、行きたいから」
フィーはそんなことを答えて。私は、なぜだか何も言えなくて、ひどく寂しかった。
「ねぇ、フィー」
その時、聞かなかったことを口に出してみる。
「どうして、遠くに行きたいんですか」
フィーは少しだけ考えて、口を開いた。
「一人で生きていきたいんだ。誰も俺を知らない場所で、一人で生きていけたら……きっと気が楽だから」
瞳の色を気持ちの悪いものだと自嘲していた彼には、今までに嫌な思いをすることがたくさんあったのかもしれない。
「十二歳になったらここを離れるつもりなんだ。この国では成人だし、他の国でも成人扱いされることも多いから何かと都合が良いだろうし」
だから、今からその準備をしている。本を読むのも料理をするのも、護身用の魔術を勉強するのもすべて。一人で生きていくための術を学んでいるだけだ。
「……私も、ついていきましょうか?」
ぽつりと言った言葉に、フィーはあっさりと首を振る。
「俺が成人してもリアンはまだ九歳だろ? それに、リアンの両親とも離れることになるんだから」
確かに、お父さんとお母さんと離れるのは、想像できない。
「リアンはここで暮らせばいいよ」
突き放すように優しく言われたその言葉に、何も返せないまま、胸だけが締め付けられた。
◇ ◇ ◇
そんなフィーは、私から見れば優しかったけれど、他の人からはそうは見えなかったらしい。
「俺は見たんだって!」
何やら村が騒がしい。外に人が集まっていて、珍しくその中心にフィーもいた。
「ロイドの大事にしていたブレスレット、そいつが持ってるはずだ!」
人垣から覗いてみれば、ロイドとその友達がフィーを責め立てている。
「確かに……そいつ、いつもいないよな」
「あの日もいなかったのフィーだけだし」
状況はかなり悪い。その日に限って、私もフィーの傍にいなかった。だけど、フィーが盗むはずがない。こんな時アンリ姉様なら……と思ったけれど、今日はフィーのお父様と王都まで出ているんだった。
「母さんの形見なのに……っ!」
ロイドのその言葉に集まってきた大人達からも厳しい目が向けられる。
「……俺は盗んでいません」
「嘘つけっ! お前以外誰がいるって言うんだよ!」
「証拠はあるのか?」
このままじゃ、フィーが犯人にされてしまう。人垣をかき分けてなんとか前に出ようとしたその時。
「ごめんなさいっ!」
その声の持ち主は、フィーのお母様だった。人垣から出て、フィーの体を抱きしめて。
「うちの子が……うちの子が何かしましたか? ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」
ひどく怯えたように、少し異様なほど謝り出した。
「フィー……。悪いことをしたなら謝りましょう。大丈夫。お母さんが弁償するから、ね。ほら、フィーも」
その言葉に、フィーは頭を下げて、口を開きかける。
「待っ……て! くだ、さいっ!」
その前に、自分でも驚くくらいの大声を出した。声に驚いた人達が道を開けてくれて、フィーのところへ辿り着く。
「フィーは、フィーはそんなことする人じゃありません!」
ロイド達の前に出る。怖い気持ちもあるけれど、フィーが責め立てられるのはもっと嫌だ。
「リアン……お前はそいつにべったりだもんな。だからそんなことを」
「友達を信じて何が悪いんですか!」
大声で黙らせる。私の声なんてたかが知れていて。その上、喉が痛くなるけれど、それでも。
「フィーがやったという決定的な証拠でもあるんですか? それがないなら、誰もフィーを責めることなんてできないはずです!」
ここでフィーに謝らせてはいけない。それだけは、きっと確かで。私が守らなくちゃいけないことだと理解できた。
「証拠は……ないけど」
「ならフィーは悪くありません!」
「でも、あの日いなかったのはそいつだけで!」
「君たち、落ち着きなさい」
みるに見かねてか、村長さんが割って入ってくれた。フィーのお母様の様子を見てのこともあったのかもしれない。
「フィー君。申し訳ないが少し調べさせてくれないか。多分出てこなければ皆が安心すると思うから」
だけど、それは結局フィーを疑っていることに違いない。フィーが盗るのを見たと言っている人もいるくらいだから仕方がないのかもしれないけれど、フィーはきっと何も悪くないのに。
「私が探してきます!」
フィーが了承する前に叫ぶように宣言する。
「ブレスレットがでてくれば文句はありませんよね! だったら、私が見つけてきます!」
止まらない私の勢いを見て、村長さんは別の案を提示した。
「じゃあ、手の空いている者、皆で探そう。そうした方が、見つかるのも早いだろうから」
「でも……そいつが、探してる間にどこかに捨てるかもしれませんよ!」
ロイドの友達も食い下がる。ただ、それに私が反論する前に村長さんが口を開いた。
「では、フィー君は私の家に招くことにしよう。私といれば、その心配はなくなるだろう?」
村長が見ているなら間違いはないだろうということで、ロイド達も引き下がった。
「フィー、必ず見つけてきますから。待っていてください」
フィーは戸惑った顔をしたまま、何かを言おうとして、言えないまま。お母様と一緒に村長さんの家へと連れて行かれた。
ここから先は、私が考えないと。
必ず、私が助けるんだ。
フィーが、あの時息を切らして走ってきてくれたように。
今度は私が、必ず。
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