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19.閉幕、そして開幕
しおりを挟む『そうして 魚は暗い海を抜け出して
空へ空へと 泳いでいきます
そこには 見たこともない景色が広がっていて
魚は涙をひとつ零しました』
空飛ぶ魚。この国では有名な絵本だ。
仲間のいない海で一匹だけ泳いでいる魚が、葛藤の果てに空へと飛び出す物語。勇気を出して泳ぎ着いた空は、見たこともないような綺麗な景色が広がり、新しい仲間に迎えられて魚は涙を流す。
ただ。
それは、何を思って流した涙だったのだろうか。
◇ ◇ ◇
「リアン様! お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとうペローナ。素敵な刺繍ね! タコ……かしら」
「やだもう、リアン様ったら。これはフィー様ですよ」
ペローナには俺がタコに見えているらしいことはさておいて。ついにリアンの誕生日当日となった。
「言われてみればフィーにも見えますね。ありがとうペローナ。大切にします!」
「喜んでいただけて何よりです!」
少し刺繍を見せてもらったが、俺にはウサギのように見えた。見る人によって見え方が違うのだろうか。相変わらず芸術性が高い。
そんなこんなで誕生日らしい朝ではあったが、それ以外は特に普段と変わりなく公務を行なって過ごした。こんな状況では祝い事どころではないので仕方がないところだ。
「次の誕生日は国全体でお祝いできると良いのですが」
「私は今でも十分ですよ」
「……俺はまだ何も渡していませんが」
「すでにたっぷりと頂いています」
眠る前に何を言っていたか分からないままではあるが、あれ以降リアンはかなりご機嫌だ。機嫌が良いのは良いことではあるが……気にはなる。本当に何を言ったんだろう。
「とはいえ、今日の夜も楽しみにしています」
そうして、恙無く公務を終え、約束の夜を迎えた。ベッドに腰掛けるリアンに声をかける。
「聖女様、瞳を閉じてください」
「はい」
灯を消した部屋の中で魔術式を展開していく。アリー様の前では何度かしたことはあるが、本人を目の前にすると少しばかり緊張する。
「もう開けていいですよ」
俺の言葉に従ってリアンが瞳を開けると。
「わぁ……!」
そこには、泳ぐ光る魚の姿があった。跳ねるように楽しげに、部屋の中を自在に動く。光魔法と幻惑魔法の合わせ技。本当は浮遊魔法も使用して一緒に泳いでいるようにもしたかったところだが、俺の魔力量と明日の仕事の兼ね合いでこのあたりに落ち着いた。
アリー様は幻惑魔法を強めて効果を出そうとも模索していたが、法令がある以上仕方がない。
『けれど 魚はひとりきり
見上げれば キラキラと光る世界がすぐそこにあるのに
飛び出していく勇気はありません』
絵本に擬えて天井を煌めく外の世界へと変える。煌めく水面は、何があるのかは分からないけれど美しい。
『あそこには 何があるんだろう
泳いでいけるだろうか』
気にはなっても、魚はなかなか飛び出せない。今の場所で泳いでいれば仲間が見つかるかもしれない。外の世界は本当は怖いところかもしれない。葛藤しながら、暗い海を泳ぎ続ける。
『すこしだけ ほんのすこしだけ
顔をのぞかせてみよう』
魚の移動に合わせて、光魔法の態度を強めていく。一瞬だけ、思わず目を瞑ってしまうくらいの光を放ち、同時に別の魔術式を展開する。
『そこには あたらしい世界がありました』
水面の先には空があり、どこまでも青く続いている。柔らかな風は草を揺らし、黄緑の波が日の光を纏ってオーロラのように輝く。
魚は空を飛び、くるくると泳いでは木陰で眠り、仲間と共に遊び、新しい世界を満喫して涙を零す。
世界は波のように引いていき、物語は幕を閉じる。零れ落ちた雫だけ、俺の手の中に落ちて。
「誕生日おめでとう。リアン」
雫を握ったままの手をリアンに差し出し、開く。
「綺麗……」
そこには、俺の魔力を込めた結晶があった。防御魔法を込めたお守りがわりのそれは、花形を象らせるのに苦労したが、物資があまりない現時点では一番良い贈り物のように思えた。ただ、それだけでは芸がないとアリー様と案を出し合い、先程の形になったのだけれど。
「これからも、どんな時でも俺はリアンを守る。リアンが望む限りそばにいるし、いつだってリアンの味方だ」
跪いてリアンの手を取り、魔石を握らせ手の甲に口付ける。
九歳で聖女となり、思いもしなかった道を歩み出したリアン。これからも、未知の世界へ飛び込まねばならないだろう。その時に、隣にいて支えて、少しでも不安を取り払ってあげたい。
「ありがとう……フィー。ありがとう……っ!」
涙を流すリアンをそっと抱きしめる。先程の魔術式の中には回復魔法を組み込んでもらったので、気が緩んだこともあるのだろう。リアンはそのまますぐに眠りについてしまった。ベッドに横たえて部屋を後にする。
「あ」
と、アリー様からのプレゼントを失念していたことを思い出し、慌てて戻りメモ書きと共に枕元に置いた。これで当日渡せたことにはなるだろう。狭量故の扱いではなく、自分のことが終わって気が抜けていたせいだと分かって欲しいところだ。
さて、改めて部屋を後にしようとすると、今度は体が上手く動かない。
「ん…………」
可愛らしい手が、俺の裾を掴んでいた。
それを言い訳にして、もう少しだけ隣で寝顔を見ておくことにする。
願わくば、この歳でも彼女が幸せでありますように。
そうして、あたらしい世界がまた幕を開けた。
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