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追放聖女は温かな人々に囲まれて幸せな余生を送る
しおりを挟む「リアン・ペリアーナ。本日をもって、貴女の聖女としての資格を剥奪します」
彼女は、その言葉に何を思っただろうか。聖女としての資格も居場所も失い、今までとは全く違う生き方を強いられる。
12歳の時に神託を受けたとされ、聖女として国の無事を日々祈り、人々の病を治し、加護を与えてきた、そんな生き方を当たり前にし続けてきた彼女は、今日をもって王都から追放される。
「罪状は聖女の詐称。貴女は神託など受けていないのに聖女を名乗り、あらゆる人を謀ってきました」
淡々と読み上げる文官は吹き出したくならないのだろうか。こんな茶番をやる意味なんて、儀式的なことくらいしかないだろうに。
「……以上、間違いありませんね」
文官の問いに、本日までの聖女様は、
「はい、間違いありません」
当然のことと言わんばかりに、さらりと答えた。緊張している本日からの新聖女様とは対照的だ。聖女の証たる金色のネックレスを王へ返還する。聖女としての彼女は、晴れてお役御免だ。
「本当に……長らく苦労をかけたな」
一応追放する人間に何を言っているんだか。王様からの労いの言葉に、彼女の瞳も潤む。
「勿体なきお言葉にございます」
リアン・ペリアーナは、先程文官が読み上げた通り、神託など受けていないただの少女だ。そんな彼女が今日まで聖女として据えられていたのには理由がある。
前聖女だった、彼女の叔母が急死したからだ。
聖女は、本来神の祝福を受けた子供が12歳の誕生日に神託を受けてなるもの。聖女が急死すること自体が前代未聞であり、聖女の加護がなければ国は衰退の一途を辿る。
現に、前聖女の急死後は大規模な干魃に見舞われ、食糧が底をつき、山は焼け、疫病が流行りだし、もう国が滅ぶ寸前の状態にまで追い詰められた。そうしたことが起こるから前聖女が死んだのか、前聖女が死んだからそうなったのかは定かではないが。
『聖女の血に近しい者ならば、魔力のすべてと引き換えに聖女の真似事ができる』
古い書物に書かれていた秘術。前聖女と血の近い年頃の娘は、彼女しかいなかった。
『私、やります』
かくして、瀕死の国の命運は、国民皆が知るところの紛い物の聖女に託されたのだった。
「リアン・ペリアーナの護送に移ります」
その言葉を受けて、彼女に寄り添い城の外へ。追放を祝福するかのような晴れ渡った空。乗り込む馬車は……王族しか乗れないような代物だ。
「追放をなんだと思ってるんですかね」
「フィー。まだ王の御前ですよ」
追放聖女様に窘められてその視線の先を見ると、馬車を見送るためにバルコニーに王も王妃も、王子も……ご丁寧に第3王子まで大集合だ。涙ぐむ者もいる中、護送が行われる。
「ペリアーナ様に、敬礼!」
馬車が遠くなっても、つい様付けをしてしまった兵士達は微動だにせず、ずっとこちらへ敬意を表していた。
「昨日お話したとおり、街を抜けた森の中に家がありますので、そこまでは休憩できますね」
「フィーはそこからが本番ですね」
紛い物の聖女になる代わりに、彼女は日常生活を送れなくなった。誰もが普通に行える火の魔法で料理をし、風の魔法で掃除をする。そんな当たり前が魔力を失った彼女には全くできない。護衛という名目で付けられた俺が、要するに家政夫として働くことになったわけだ。
「新聖女様カチコチでしたね」
「私だって最初はそうでしたよ」
国の立て直しに見事成功した彼女。そして、彼女が紛い物の聖女となってから生まれた新しい本物の聖女。どちらを聖女とすべきか、はたまた2人置くべきか、と議論は一応行われたが、すぐに結論は固まった。
『リアン・ペリアーナはこれまで国のために十二分に働いてくれた。これからは、聖女ではない穏やかな余生を過ごしてほしい』
そうして、勇退などということは過去に例がなかったことから、本当に形だけの罪状で追放が行われることになった。金も食料もすべて国が援助し、お世話役たる俺も付けて、王都に近い森に家まで設ける。
こんな追放があるかとは言いたくなるが、規程というのは面倒なものだ。
「お二方」
それまで無言で馬車を小気味よく動かしてくれていた御者が、急に話しかけてきた。
「申し訳ありません。いよいよ進めなくなってきました」
そういえば、やけに外が騒がしくなっている。日除けにつけてある布をめくると、群衆からは歓声が沸いた。
「聖女様! 今までお疲れ様でした!」
「聖女様ありがとう、ありがとう!」
「ペリアーナ様! おばあちゃんを助けてくれてありがとうー!」
「聖女様お元気で! 後で野菜持っていきます!」
「ペリアーナ様! ばんざい!」
「ばんざーい!」
追放者をばんざいで送り出す民衆も、すべて彼女に救われ、救われたもの達によって命を得た子達だ。気持ちは分かるが、追放者に対してこの国は手厚すぎる。
紛い物の追放聖女様は、笑顔で手を振り民に応え、落ち着いた民衆が道を開けたことでようやく先に進むことができた。
「あれほど慕われていたなら、聖女を辞めたくない、なんて思うことはないんですか?」
「思いませんね」
あっさりと彼女は否定する。彼女が望めば、2人体制の聖女も可能だったろうが、この追放は何より彼女の意思が尊重された結果だ。
「だって、聖女は婚姻が許されていないじゃないですか」
馬車が止まる。新しい住処に着いたらしい。
「さあ、まずは誰にも邪魔されずに、愛でも育みましょうか」
元聖女様はもう元がついたせいか、自分で荷物も持ち聖女らしからぬことをさらりと言う。ああ。どうりで、名目上の護衛が1人しかいないわけだ。
「仰せのままに。ペリアーナ様」
あの日。
王に頭を下げられて紛い物の聖女を受け入れざるを得なくなった彼女は、震えて泣いていた。やります、なんて強気な言葉とは裏腹に。いつも隠すのが上手い奴だったから。
『リアン』
どんな言葉をかけるのが適切かは、分からないけれど。
『失敗したら俺も一緒に謝るか逃げるかしてやるから』
『……なんで失敗前提なんですか』
ぐしゃぐしゃの鼻を赤くした顔は、まだ聖女様なんてものじゃない。本当に、ただの子供だ。
『日常生活も、送れなくなるんですよ』
『元々掃除も料理も俺の方が上手い』
『偽物って、石投げられることもあるかも』
『当たる前に取って投げ返してやるよ』
小さな手が、俺の手を握る。明日から、聖女様になるなんて信じられないくらい、頼りない手だ。
『そばにいて、くれますか?』
言われなくても。
そうして、彼女の近衛として過ごしてきた。この森からでも分かる国の繁栄ぶりは、彼女が聖女としてやりきった証だ。カチコチだった新聖女もまた、彼女の後を継いでくれるだろう。
「フィー、はやくはやく」
そうして、民から届けられた野菜でスープとサラダを作り、ご婦人方が持ってきてくれたパンと共にいただく。昼からは子供達が歌を披露しに来てくれ、まだ1日目なのに不自由はないかと王から文が届く。
「まったく、余生なんですからもっと穏やかに過ごしたいものですね」
言葉とは裏腹に、返す文にペンを走らす彼女は嬉しそうだ。
「余生、なんていうには長すぎますけどね」
「フィーはいつもそうしてぼんやり歳を取っているからよくないんですよ」
彼女には俺がぼんやりと歳を取っているように見えるらしい。
「限りある生なんですから、いつもきちんと楽しまなければなりません」
文を書き終わったらしい彼女は、伸びをひとつして、
「さあ、まずは2人の時間を楽しみましょう」
久しぶりに訪れた穏やかな時。
追放された元聖女様は、とても、とても幸せそうに笑う。
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