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溺愛王子がポンコツすぎて婚約破棄を言い出せない
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私の婚約者はこの国の王子だ。そして、彼は。
「何としてでも……彼女から婚約破棄をして貰わなくては」
どうやら私に婚約破棄をしてほしいらしいが。
「苦手なものでも贈ってみてはいかがですか?」
「なるほど! 良い考えだ」
「確か虫は苦手だったかと」
「虫……?」
何かにつけて失敗している。
「そんなことをして彼女が怯えたらどうする!」
普段は優秀だというのに、こと私に関しては少々頭が悪くなるのが、その理由である。
「苦手なものといっても少し嫌がる程度で……尚且つ、何か彼女のためになる方が好ましいな」
「では食べ物などは。確か苦手な野菜があったはずです」
「そうだな。ただ、そのままでは食べづらいだろうし、細かく刻んで甘いお菓子で味を隠す様にして……それでも味を感じてしまうかもしれないから、香りが強めの紅茶も合わせて贈った方が良さそうだな。となると」
聞こえてくる会話の中身に頭が痛くなる。従者ももう慣れた様で、書き物をしながら適当に相槌を打っている。王子一人が空回りをして……居た堪れない。
「相変わらずですね」
「ええ。ご挨拶をしてから帰ろうと思ったのだけれど……またにするわ」
呆れ顔の侍女と共に帰路に着く。きっと、明日にでもクッキーと紅茶が届くのだろう。この前贈られてきた焼き菓子同様、中にこれこれが入っているので気分が悪くなる様なことがあればすぐ誰かに言うように、なんて注意書き付きで。あの過保護め。
「お嬢様が王子を嫌いになるはずがありませんのに」
侍女にも笑われる始末だ。逆に恥ずかしいからそろそろやめてほしいのだけれど。
「貴女もここを離れても良いのよ」
「前にもお伝えしましたが、私はお嬢様の傍を離れるつもりはありませんよ。それに、最近はなかなかに面白くて余計にそんな気にはなりません」
「茶化さないの」
彼がああなったのは最近のことだ。最近。そう、国王からおふれが出されてひと月ほどが経ったあたりから。
「お嬢様が私をどこかへやってしまいたいのと同じお気持ちなのですよ」
「それは……分かるけれど」
だとしたら、もっとスマートにやってくれないものか。ため息をついても状況は変わらず、馬車の窓から見える屋根の上の小鳥も、遠くに見える山々も憎らしいほどいつも通りだった。
◇ ◇ ◇
結局、次の日に王子からとても美味しいクッキーと紅茶、そして何を思ったのか素敵な花束まで届き、お茶の時間が一気に華やかなものとなった。また、ため息をつきたくなるが、それはそれとして別のため息が出るほどに美味しい。
「このままではとても丁寧に国外追放されかねませんね」
「……もう一度、二人で話をしてみるわ」
「文を書かれますか? 今日中にお届け致しますよ」
「お願い」
香水で少し香り付けをした紙に二人きりでお会いしたい旨と嫌がらせにも満たない謎の行為をそろそろやめていただくようお願いしておく。
そんな文の返事が翌朝には届いたのだけれど、文と共に今度は美しい刺繍の手巾が届いた。手巾を一枚贈るのは永遠の別れを意味するとして忌避されているのだが、それはわざとだろう。
『こちらの手巾は名うての刺繍職人が作成したものだから、売れば手切金の足しにはなるだろう。それでも婚約破棄を申し出ないということであれば、三日後に話をしよう』
書かれている内容だけ読めば冷たさを感じられなくもないが、この刺繍入りの手巾は以前私が欲しがっていたそれだ。とても素敵な刺繍だから、私の好きなうさぎ柄の刺繍があれば良いのに、なんて話をしたのは三年も前のことになる。
それを覚えていて、どこからか伝手を辿って依頼して出来上がってでようやく私の手元に届いたのだろう。ただの嬉しいプレゼントだ。
その上、売る場合も考えてか隣国で買い取りを行っている店舗の一覧までご丁寧にまとめた紙まで同封されていた。
「いっそ冷たくしてもらえれば心変わりするかもしれないのにね」
「あの王子がお嬢様に冷たくするなんて天と地が逆転しても難しいでしょうね」
婚約破棄をあちらから行わないのもその優しさからだ。王子から婚約破棄というのは、いくら理由があれど、女性側にとって外聞が悪すぎる。何か問題でもあったのかと勘繰られることを防ぐために、わざわざこんな面倒なことをして私からの婚約破棄を待っているのだ。
「とりあえず、三日後にはお会いできるようだから、そこでもう一度話をしてみるわ」
「では、また文を持って行きますね」
そうして、何度か文をやり取りしつつ日程を決め、不毛な文については無視し、謎の嬉しい贈り物に頭を悩ませながら約束の日を迎えた。
「以前から言っているが、こちらとしてはいつ婚約破棄をしてもらっても構わない」
開口一番、最近の口癖になっているような台詞を言われる。
「君は我が儘……は特に言わないな。いや、もっと言ってもらっても構わないのだが、どうにも遠慮しがちで、そう! 遠慮をするところが良くないだろう?」
これはもしかして罵倒なのだろうか。
「では、遠慮せずに婚約破棄は致しません」
「それは困る! その、そこは遠慮してもらって、それ以外のことなら何でも聞くから」
「では、婚約は破棄します。代わりに結婚していただければ」
「それでは意味がないじゃないか……」
「何でもと仰いました」
頭を抱えられてしまった。普段はここまで考えの及ばない人ではないだろうに。
「……意地の悪いことを言わないでくれ」
「元々の性格です」
「元々の性格ならもっと優しいだろう」
もはや、ただ褒められているだけだ。もっと直接的に言わなければ伝わらないだろう。ため息を一つ吐いて、真っ直ぐに彼を見て告げる。
「私は貴方の傍を離れるつもりはありませんよ。すでにお伝えしたとおりです」
「それは……とても嬉しく思うが、しかし」
「生きるのも死ぬのも貴方と一緒が良いと言っているのですよ」
ここまで言わないと分かってもらえないならば、本当に呆れることにする。嫌いには……ならないけれど。
「これ以上、女性から言わせるものではありませんよ」
その言葉に、彼は瞳を閉じてしばらくの間考えて。
ようやく瞳が開いた時には、いつもの鋭い眼差しに戻っていた。ただ、その瞳は悲しげで。
「君を失いたくない」
「私も同じです」
「私は……国を捨てられない」
「私は貴方を見捨てることはできません」
彼の向こうに見える山。四百年周期で噴火し、以前はこの国を飲み込んだことがつい最近分かった。そして、噴火の兆候が見られることも。
多くの国民は避難したが、様々な事情で避難できない者もいる。それを、国王夫妻は見捨てられず、第三王子である彼もまた、愛する国に残る選択をした。
「何もなければすぐに迎えに行く。だから、頼むから避難を」
「何かあった時に、お傍にいたいのです」
何を言っても無駄だと、そろそろ分かってもらわなくては。
「貴方を愛しています。いつが最期の瞬間になっても良いように、どうか傍にいさせてください」
それに、と付け加える。
「もし、最期の瞬間が近いのであれば、これが最期の言葉になってしまうかもしれませんよ」
もう少しで終わるのであれば、せめてそれまでは甘く語らっていたいものだ。
「……それは、本意ではないな」
言って、彼は私を抱き寄せた。あの嫌がらせにもなっていない嫌がらせが始まってから、こんな機会はずっとなかった。久しぶりの彼の体温に、案外と力強い腕に安心して身を預ける。
「愛しているよ」
「……足りませんね」
「こんなところで我が儘を言われるとは思わなかった」
「遠慮しない方が可愛らしいのでしょう?」
そうして、笑い合った後口付ける。
きっと、この後すぐに最期を迎えたとしても。
この人の傍にいるのならば、後悔はない。
私は愛されすぎて幸せなくらいだと、胸を張って言うことができた人生だったのだから。
「何としてでも……彼女から婚約破棄をして貰わなくては」
どうやら私に婚約破棄をしてほしいらしいが。
「苦手なものでも贈ってみてはいかがですか?」
「なるほど! 良い考えだ」
「確か虫は苦手だったかと」
「虫……?」
何かにつけて失敗している。
「そんなことをして彼女が怯えたらどうする!」
普段は優秀だというのに、こと私に関しては少々頭が悪くなるのが、その理由である。
「苦手なものといっても少し嫌がる程度で……尚且つ、何か彼女のためになる方が好ましいな」
「では食べ物などは。確か苦手な野菜があったはずです」
「そうだな。ただ、そのままでは食べづらいだろうし、細かく刻んで甘いお菓子で味を隠す様にして……それでも味を感じてしまうかもしれないから、香りが強めの紅茶も合わせて贈った方が良さそうだな。となると」
聞こえてくる会話の中身に頭が痛くなる。従者ももう慣れた様で、書き物をしながら適当に相槌を打っている。王子一人が空回りをして……居た堪れない。
「相変わらずですね」
「ええ。ご挨拶をしてから帰ろうと思ったのだけれど……またにするわ」
呆れ顔の侍女と共に帰路に着く。きっと、明日にでもクッキーと紅茶が届くのだろう。この前贈られてきた焼き菓子同様、中にこれこれが入っているので気分が悪くなる様なことがあればすぐ誰かに言うように、なんて注意書き付きで。あの過保護め。
「お嬢様が王子を嫌いになるはずがありませんのに」
侍女にも笑われる始末だ。逆に恥ずかしいからそろそろやめてほしいのだけれど。
「貴女もここを離れても良いのよ」
「前にもお伝えしましたが、私はお嬢様の傍を離れるつもりはありませんよ。それに、最近はなかなかに面白くて余計にそんな気にはなりません」
「茶化さないの」
彼がああなったのは最近のことだ。最近。そう、国王からおふれが出されてひと月ほどが経ったあたりから。
「お嬢様が私をどこかへやってしまいたいのと同じお気持ちなのですよ」
「それは……分かるけれど」
だとしたら、もっとスマートにやってくれないものか。ため息をついても状況は変わらず、馬車の窓から見える屋根の上の小鳥も、遠くに見える山々も憎らしいほどいつも通りだった。
◇ ◇ ◇
結局、次の日に王子からとても美味しいクッキーと紅茶、そして何を思ったのか素敵な花束まで届き、お茶の時間が一気に華やかなものとなった。また、ため息をつきたくなるが、それはそれとして別のため息が出るほどに美味しい。
「このままではとても丁寧に国外追放されかねませんね」
「……もう一度、二人で話をしてみるわ」
「文を書かれますか? 今日中にお届け致しますよ」
「お願い」
香水で少し香り付けをした紙に二人きりでお会いしたい旨と嫌がらせにも満たない謎の行為をそろそろやめていただくようお願いしておく。
そんな文の返事が翌朝には届いたのだけれど、文と共に今度は美しい刺繍の手巾が届いた。手巾を一枚贈るのは永遠の別れを意味するとして忌避されているのだが、それはわざとだろう。
『こちらの手巾は名うての刺繍職人が作成したものだから、売れば手切金の足しにはなるだろう。それでも婚約破棄を申し出ないということであれば、三日後に話をしよう』
書かれている内容だけ読めば冷たさを感じられなくもないが、この刺繍入りの手巾は以前私が欲しがっていたそれだ。とても素敵な刺繍だから、私の好きなうさぎ柄の刺繍があれば良いのに、なんて話をしたのは三年も前のことになる。
それを覚えていて、どこからか伝手を辿って依頼して出来上がってでようやく私の手元に届いたのだろう。ただの嬉しいプレゼントだ。
その上、売る場合も考えてか隣国で買い取りを行っている店舗の一覧までご丁寧にまとめた紙まで同封されていた。
「いっそ冷たくしてもらえれば心変わりするかもしれないのにね」
「あの王子がお嬢様に冷たくするなんて天と地が逆転しても難しいでしょうね」
婚約破棄をあちらから行わないのもその優しさからだ。王子から婚約破棄というのは、いくら理由があれど、女性側にとって外聞が悪すぎる。何か問題でもあったのかと勘繰られることを防ぐために、わざわざこんな面倒なことをして私からの婚約破棄を待っているのだ。
「とりあえず、三日後にはお会いできるようだから、そこでもう一度話をしてみるわ」
「では、また文を持って行きますね」
そうして、何度か文をやり取りしつつ日程を決め、不毛な文については無視し、謎の嬉しい贈り物に頭を悩ませながら約束の日を迎えた。
「以前から言っているが、こちらとしてはいつ婚約破棄をしてもらっても構わない」
開口一番、最近の口癖になっているような台詞を言われる。
「君は我が儘……は特に言わないな。いや、もっと言ってもらっても構わないのだが、どうにも遠慮しがちで、そう! 遠慮をするところが良くないだろう?」
これはもしかして罵倒なのだろうか。
「では、遠慮せずに婚約破棄は致しません」
「それは困る! その、そこは遠慮してもらって、それ以外のことなら何でも聞くから」
「では、婚約は破棄します。代わりに結婚していただければ」
「それでは意味がないじゃないか……」
「何でもと仰いました」
頭を抱えられてしまった。普段はここまで考えの及ばない人ではないだろうに。
「……意地の悪いことを言わないでくれ」
「元々の性格です」
「元々の性格ならもっと優しいだろう」
もはや、ただ褒められているだけだ。もっと直接的に言わなければ伝わらないだろう。ため息を一つ吐いて、真っ直ぐに彼を見て告げる。
「私は貴方の傍を離れるつもりはありませんよ。すでにお伝えしたとおりです」
「それは……とても嬉しく思うが、しかし」
「生きるのも死ぬのも貴方と一緒が良いと言っているのですよ」
ここまで言わないと分かってもらえないならば、本当に呆れることにする。嫌いには……ならないけれど。
「これ以上、女性から言わせるものではありませんよ」
その言葉に、彼は瞳を閉じてしばらくの間考えて。
ようやく瞳が開いた時には、いつもの鋭い眼差しに戻っていた。ただ、その瞳は悲しげで。
「君を失いたくない」
「私も同じです」
「私は……国を捨てられない」
「私は貴方を見捨てることはできません」
彼の向こうに見える山。四百年周期で噴火し、以前はこの国を飲み込んだことがつい最近分かった。そして、噴火の兆候が見られることも。
多くの国民は避難したが、様々な事情で避難できない者もいる。それを、国王夫妻は見捨てられず、第三王子である彼もまた、愛する国に残る選択をした。
「何もなければすぐに迎えに行く。だから、頼むから避難を」
「何かあった時に、お傍にいたいのです」
何を言っても無駄だと、そろそろ分かってもらわなくては。
「貴方を愛しています。いつが最期の瞬間になっても良いように、どうか傍にいさせてください」
それに、と付け加える。
「もし、最期の瞬間が近いのであれば、これが最期の言葉になってしまうかもしれませんよ」
もう少しで終わるのであれば、せめてそれまでは甘く語らっていたいものだ。
「……それは、本意ではないな」
言って、彼は私を抱き寄せた。あの嫌がらせにもなっていない嫌がらせが始まってから、こんな機会はずっとなかった。久しぶりの彼の体温に、案外と力強い腕に安心して身を預ける。
「愛しているよ」
「……足りませんね」
「こんなところで我が儘を言われるとは思わなかった」
「遠慮しない方が可愛らしいのでしょう?」
そうして、笑い合った後口付ける。
きっと、この後すぐに最期を迎えたとしても。
この人の傍にいるのならば、後悔はない。
私は愛されすぎて幸せなくらいだと、胸を張って言うことができた人生だったのだから。
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