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第28話 ひと夏のはじまり

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地獄の中間試験が終わり、夏休みが目前に迫ってきた。今日は部活なし。うちの部活は顧問やコーチが鬼のように厳しい割に、活動日が少ない。というか緩い。元々そこまで強豪校でもないので、先生も半ば諦めているのだろうか。練習試合の日はキツイけど。

「ま、休みが多いのはラッキーだよな」

  終業式のあと、荷物をまとめながら物思いにふける。まさか、まさかだよ。ダメ元で申し込んだデートに許可が下りてしまった。

◇◇◇

「夏休み、俺とデートしろ!」

   自分でも言った直後に後悔した。これでは、告白みたいなものではないか。俺が望むのは恋愛関係ではなく、あくまで俺に「惚れさせる」ことなのだ。持ちつ持たれつ、これ大事。しかし心和を惚れさせる上で、今のままではダメだと気づいた。だからこそのデート作戦。

(さすがに踏み込みすぎたか……?)

「まあ良いですけど」

「いいの?!」

「自分から言っといて何驚いてるんですか」

「いや、ダメ元だったから?」

「なぜに疑問形……迷惑をかけたのは事実ですし、それくらいなら問題ないですよ」

   なんだか最近、心和の俺に対する当たりが優しくなったような……?割と進歩してるくね?

「あ、でもデートとか人聞きの悪いことは言わないでください。あくまで私は、君に同行するだけなので」

「悪くねぇだろ。俺とデート出来るなんて、お前マジで幸運だからな?つか、どういう風の吹き回し?デートなんて、絶対断られると思ってたぞ」

「気質、ですね。他人に借りを作ったままなのは嫌ですし、それに……」

  心和の頬が若干赤くなっている。
     これはもしや。もしやのもしや、もやしじゃないですか?!何言ってんの、俺。

(心和に限ってそんな、既に惚れてるなんてことある訳無い。そんな急展開、あるわけ……ない、よね?)

  心和は少し言い淀んでから口を開く。

「……一緒に出かけてあげるので、私が風邪引いた時のことは全部忘れてください」

   いやそこは惚れてるのがオチだろ。フラグ回収しろよ。

 「え、なんで?」

「苦手な男子におんぶされて支離滅裂な言動を繰り返した挙句、「君がいてくれてちょっと安心しました♡」とか正気の沙汰じゃないでしょ。あー消えたい」
  
    なるほどね?デートするのと引き換えに、自分の黒歴史を帳消しにしたいわけだ。残念ながらそれは難しい。記憶から抹消するには、風邪引き心和の印象は強すぎる。でもここで「忘れらんねぇよ」とか言ったら角がたちそうなのでやめとこう。

「分かった。綺麗さっぱり忘れるからデートしてください。アレー?ボクコノマエノホウカゴナニシテタンダッケー」

「その調子で記憶喪失にでもなっててください。話はそれだけです。では」

「ちょっとお待ち。貸し借りで思い出したんだが……よし、着いてこい心和クン。君に世界の真理を見せてやろう」

「?急になんですか。もう帰りたいんですけど」

「着いてこなきゃ保健室の件は忘れないしクラスのみんなに言いふらすもんねっ!」

「……はぁ、だるい」

   渋々俺の後に続く心和。あからさまに面倒くさそうだ。しかし嫌味なところは多々あれど、なんだかんだ素直である。俺はコイツのことがそこまで好きじゃない。が、こういう点は評価すべき長所だと思う。
   俺は自販機の前まで心和を誘導し、ポケットを漁る。

「えーと小銭小銭……あ、てかお前。風邪もう治ったん?」

「大丈夫です、ご迷惑をおかけしました。で、なんで自販機……」

「それは後々分かるとして~?……お、あった」

   小銭を入れボタンを押す。ガコンっと落下音がすると同時に、ポップなパッケージのオレンジジュースが出てきた。オレンジジュースを心和に手渡すと、ポカンとした顔になる。

「ほいこれ」

「世界の真理……」

「俺の奢りだぞ?これはもう世界、いや宇宙の真理と言っても過言ではないっ!」

「益々意味が分かりません。いきなりなんですか?怖い」

「ボクってば、心和を保健室に運んだことは忘れちゃったけど、ジュースを頼まれたことだけはなぜか覚えてるんだナ~……いいから、大人しく受け取りやがれ」

   今更感はあるが、頼まれた以上、ちゃんと役目は果たしたい。……というのは建前で、実はこれも作戦の一つ。「そんなどうでも良いこと覚えててくれたんだ……キュン♡」という反応を狙っているのだが、果たして。

「ほんと、どうでもいいところは律儀なんですね……まあいいや。ありがとうございます。では、今度こそこれで」

(チッ、失敗か)

「いいや、まだだね。デートするとなると、日程や待ち合わせ場所を決める必要がある」

  これで諦めまいと、俺はおもむろにスマホを取り出して心和の前に突き出す。

「れ・ん・ら・く・さ・き!教えろ」

「無理です。連絡手段は自分でなんとかしてください」

  心和は即座に却下すると、全速力で俺の前を去った。

「あ、ちょっ!」

   相変わらず逃げ足の速い奴だ。俺といるのってそんなに面倒臭いか?男心、ちょっと傷ついちゃう。

「ま、とにかく。一歩前進……かな」

◇◇◇

  実のところ、俺はデート初心者である。ここまでモテておきながら、女子と出かけた経験が無い。我ながらなんとも恥ずかしい話だ。付き合ってたのも非常に短期間だったため、デートにまで至らなかったのだ。

(つかデートってどこ行きゃいいんだよ……いっそ吹っ切れて、メイド喫茶にでも誘ってみるか?)

   もちろん冗談。さすがにメイド喫茶は本気で引かれかねないのでやめておこう。
   しかしいざ考え出すと、全くもって思いつかない。モテてはいても恋愛に免疫がない男、それが朝日空だ。

「……マジでどうしよう」

「あのぉ、ちょっと良いですかー?」

   行き詰まる俺の耳に、なんとも軽薄な声が飛び込んでくる。心なしか、教室もざわついているような……。

(この声はっ……!)

   クラスの一人が、その声の主に話しかけた。

「どうかしました?」

「朝日センパイのクラスって、ここであってます?あってますよね!あたし、ちょっとセンパイにお話があるっていうかぁ……一緒に帰りたいなって♡」

   声の主と目が合う。こちらの視線に気づいたのか、狐のようにニタリと目を細めて笑みを浮かべている。
    そう、奴《ツヴァイ》だ
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