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第18話 決戦前夜

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各位置に設置されたカラーコーン、簡素な地面に引かれた石灰の白線、端で構えるテントの数々。グラウンドが、みるみるうちに彩られていく。
    明日は、ついに体育祭だ!

「明日の集合は他の生徒と同じく8時40分。君達ラッキーだね、保健委員はほとんど仕事無いよ」

    保健委員は救急箱などの移動が終わった後、金平先生から明日の説明を受けている。
    体育祭で唯一面倒なのが委員会。去年俺は放送委員だったのだが、即興で競技の状況を説明するのが難しく、放送機材の搬入も大変だった。

「私からは以上。何か質問は?無い?無いよね。うん、帰ってよし」

「それ、せんせーが早く帰りたいだけじゃないのー?」

「今日久々に定時で帰れるんだよ。いいから、解散解散!」

   金平先生は生徒と仲がいい。今他クラスの委員が言ったような冗談も通用するし、運が良ければお菓子を奢ってくれる。色々寛容な人だ。
   さて、体育祭に関することだが。今回俺は白組。去年とは逆である。前回は強い選手がほぼほぼ白組にいってしまったので、赤組は圧倒的に不利だったが、今回は満遍なく双方に散らばっているイメージ。勝率は五分五分だ。

「勝つ。ぜってー勝つ!」

「脳筋は気楽で良いですね。その浅はかさが心底羨ましいです」

「いつになくキレキレの罵倒だなぁオイ。言っとくけど、俺が言う勝つ、ってのは、お前との勝負に勝つことも意味してるから。ダブルミーニング!」

「はいはい、凄い凄い。よくそんな元気でいられますね。体育祭なんて、暑苦しくて面倒なだけなのに」

「お前、運動部の癖にスポーツ興味無いの?」

「弓道は普通ですけど、その他はあまり……」

   心和は軽くため息をついた。本当に、めちゃくちゃ面倒くさそうな顔をしている。コイツ、人生つまらなさそうだな。イベント事を素直に楽しめないなんて、可哀想に……

「あ、もう帰っていいんですよね。朝日くんのせいで無駄な時間を使ってしまいました……」

「俺の話すのそんなに嫌?」

「嫌です」

「……言い切るなぁ。まあいいや。お前、明日俺がイケメンだってこと、多分思い出すぜ」

   俺は心和を指さし、宣言する。今の、結構かっこよく決まったな。
   なぜこんなに自信があるのか、と言うと。俺が最も得意とする競技。それはリレー。俺はクラス対抗と学年対抗どちらにも参加する。つまり、美味しいところを二回も見せつけられるのだ!

「へーそうなんですか。楽しみだなー」

「その棒読みやめません?地味にハートがハートなの……あ、今のは心臓のheartと痛いのhurtをかけた高度なギャグ」

(しょうもねぇ……)

   あれ、あんまウケてない。きっとこの高度なギャグについていけてないだけだな。うん。
   見てろよ冷徹女。お前が惚れるところを、ゴールテープ切った瞬間拝んでやるっ!

◇◇◇

「空ちゃん、明日体育祭だってねー!頑張ってぇ。お母さん、チアガールの衣装着て応援しちゃおっかな~」

「いい歳して何しようとしてんの?!お願いだから大人しくしてて……」

「そうだぞ。それに、ママのチアガール姿を見ていいのは俺だけなんだからなっ!」

「やめてよパパァ、子供達の前で……もうっ♡」

  この親もうヤダ!食事中に惚気けるわトンデモ発言するわ。助けて、オジサンオバサン怖いよ。

「2人共、それほんとに見苦しいからやめてくれない?」

「やぁ~ん!翼ちゃんいっつもママ達に冷たいんだからぁ」

「いつもじゃないよ?!僕としては、食事中にイチャつかれても困るっていうか……」

「なんで困るんだよ。いいじゃないか。幸せを共有するって感じでさ。ね、ママ」

「うん、パパ。私もそう思うぅ。あ、このお肉上手く焼けたかも~。はい、あ~ん♡」

「あ~ん♡」

   共有してんの2人だけやが。俺らこれっぽっちも共有されてないんですけど。

「翼、仕方ないから俺と翼で幸せをシェアしよう。俺にもあーんしてくれ」

「なんで?!というかお皿に同じのあるんだし意味無くない?!」

   大丈夫かな……コイツら明日俺が走ってる時「空ちゃん見えてるぅ~?」みたいなの大声で言わないよな?言いそうで怖い……そしたら俺のキュン堕ちも失敗、朝日空マザコン説浮上でモテ度もガタ落ち。シャレにならんほんと。
   
「空」

「なんだよアホ親父。惚気話なら他所でやってくれ」

「応援してるからな。去年のリベンジするんだろ?あの時相当悔しがってたもんな……お前達がテッペン取る瞬間、今年こそ俺は見たいよ」

   たまに。極たま~に、こういう父親らしいことを言ってくるから憎めない。いつもアホアホバカ夫婦のクセにさぁ。

「ん、任せろ」

「空ちゃん照れてる~。可愛い!」

「うっせ!あーもう、ご馳走様」

    おもむろに食器を片付け自室へダッシュ。すぐさまベッドに潜り込んだ。べ、別に恥ずかしいとかじゃないんだからねっ!

   しかし、さっきの二人の様子を見て思ってしまったことがある。もし仮に心和を落とせたとして、俺はそれを承諾するのか。以前翼に聞かれたことを思い出した。
 心和の事なので、明日終わってすぐ告白!とかはないだろうけど、キュン♡くらいはするかもしんねぇ。てかしてくれないと困る。

   俺がこう思うのは、あくまで勝負をしているからだ。でももし決着が着いたとして、その先は?付き合うのか、それとも振るのか。俺には恋がよく分からない。中学の時付き合った子も、告白されたからなんとなく。といった感じで、見てるとドキドキするだとか、四六時中その人のことばかり考えてしまうとか、そういった感情が一切芽生えなかった。だから振られたんだろうな、と思う。
   そしてそれは、心和に対しても同様だ。可愛いと思ったことはあっても、好きにまで到達するかと言われれば、答えはNo。

「自分で自分がよく分からねぇよ……はぁ、俺ってこんな面倒臭い男だったっけ?」

   でも。もし、心和に好きと言って貰えたなら。それは多分。
   素直に、嬉しいと思う。

「いやでも付き合うかって言われたらちょっと……考えさせられるなぁ。相手のためにも自分のためにも、もう中途半端な恋愛したくねぇよ」

   体育祭前日になぜこんなことを考えているのだろうか。ここ最近新たな出会いとか環境の変化で、気持ちが若干ナイーブになってるのかもしれない。
   風呂入って寝よう。明日になれば、きっとその全てがどうでも良くなるくらい、白熱するだろうから。
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