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第8話 気安くするんじゃないわよ

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「今後一切、あの子に近づかないで」

    言われた。言われてしまった。ここに来て接近禁止令出されちゃったよ。前途多難すぎでしょ俺の道。

「……どうして、ですか」

「あの子……瑞月はね、恋にうつつを抜かすような阿呆とは違うのよ。真面目で、努力家。勉強は人並み以上に出来て、部活も県大会の決勝まで進出。結果はまあ、惜しくも負けてしまったけれど」

 部活、という言葉でピンと来た。確か響先輩は弓道部の部長。てことは、心和って弓道部だったのか!心和と先輩の関係性が分からなかったが、部活が一緒なら知っていても無理はない。むしろ知らない方がおかしいだろう。

「そんなあの子が、貴方のくだらないお遊びに付き合う暇って、あると思う?」

  実際、心和は俺を鬱陶しがっているし、正直邪魔者なんだろう。心和にとっても、先輩にとっても。いくらなんでも、相手に対する配慮が足りなかったかもしれない。

「それにまず大前提として、貴方は瑞月の可愛さを熟知しているの?」

   は?

「なんすかいきなり……」

「良い?あの子はね、可愛いのよ。何事にも真摯な対応をするし、その辺のギャル女と違って、変に飾らない。気になったから、この前それとなく『瑞月ってメイクしてるの?』って聞いてみたら『いえそういうのには興味が持てなくて……』と返されたわ。すっぴんよあれ。ノーメイクよ?何あのデカい目は。二重綺麗すぎない?」

  すげー饒舌になってる。もしかして俺、なんかのスイッチ入れちゃった感じ?

「あとは身長。小さいけど、小さすぎない。話す時に少し見上げられてる感。あれ堪らないのよね。天然上目遣い、末恐ろしいわ……。いつか思うままに撫で回してみたい」


オタクだ。オタク特有の早口だ。俺もゲームとかは結構やる方だが、こういう、美少女萌えするタイプでは無い。先輩の趣味趣向があまりにイメージと違いすぎて、頭の処理が追いつかん。
   ジト目で見つめていると、自分が興奮していることに気づいたようで、先輩は軽く咳払いをした。

「とにかく。あの子は貴方みたいなドブネズミが噛み付いていいような相手じゃないのよ。分をわきまえなさい」

「先輩こそ、心和を独占されたくないだけじゃないですか。俺は端からそんな気無いです。ていうかここで勝負やっぱなしとか言ったら、それこそコイツなんだったん?って思われちゃいますよ。向こうだって、それを了承した訳ですし」

「独占も何も、私はあの子に悪い虫がつかないよう潰して回ってるだけよ。それに本来なら、貴方みたいなのがあの子の名前を呼ぶのだって憚られるんだから」

「心和は御神体かなんかですか?!」

  威圧感はあるけど、怖くは無くなってきた。思ったよりコミカルな人なのかもしれん。先輩は、もはや心和教の教祖ってイメージしかない。

「まあ、あの子自身が勝負を認めたというのなら、もう何も言うことは無いわ」

「さっきからそう言ってるじゃないですか!」

「ただしその間、私は貴方を監視する。少しでも怪しい動きをしようものなら、その時は……分かるわよね?」

「なんで監視なんか……」

「これは命令よ、貴方に拒否権はない」
 
  コイツ……なぁんでこんな上から目線なんでしょうね。女王様気取りかよ。でもこういうセリフ、この人だと似合っちゃうのが悔しいんだよなあ。

「……分かりました。でも、言い忘れてたんすけど。一週間以内に、心和が照れたら、卒業までこの勝負続行することになってるですよ。先輩、自分が卒業しても俺の事監視するんすか?」

「安心して。あの子が貴方に惚れる可能性なんて、1ミクロンも無いから」

   こいつら揃いも揃って!何?弓道部にはSな奴しかいねーの?!?!サディスト部に改名すれば?!


◇◇◇

「心和が弓道部ってことと、紫水響は心和を溺愛していること。以上が本日の収穫か。どっちも落とせる要素かって言われると、ビミョーだな」

    本当は好きな男のタイプとかが分かるといんだけどな~。ま、ボッチな心和のことだ。そんなこと、本人しか知らないんだろうけど。実質今日も収穫無し。ノリで色々やるより、ちゃんと計画立ててから挑むか。
   階段を降り、昇降口に向かっているといきなり襟をグイと引っ張られた。

「ぐぉえっ!」

「ちょっと」

「ゴフッゴフッ……紫水先輩、首締まるとこだったっすよ?!」

    先輩は不機嫌そうに俺を見ている。連続してなんなのこの人は!

「また心和関連のことですか?言っときますけど、俺今日は話しかけて無いですからね」

「当たり前でしょ。私が瑞月に関すること以外で下水道の小汚いネズミなんかに声かけることなんて無いから」

「そのドブネズミ呼ばわりやめてくださいね?!」

    人生で初めてだよ。王子だ貴公子だってチヤホヤされることはあっても、まさかネズミ。しかもドブというオプションまで付けられたの。もしかして俺は出っ歯なんじゃないか、と口元を触って確認してしまう。

「それよりも。部活の時、瑞月が深いため息をついていたのだけれど。貴方なんかした?」

「だーかーら!俺今日はなんもしてないって」

「今日は?」

「昨日も一昨日もその前も!勝負を仕掛けたこと以外、なんもやましいことは無いですからね!」

   俺の発言一つ一つに過剰反応されるのなんで?さすがに疲れてきたぞ……。

「あれ、響先輩」

    階段から、聞きなれた声が降りてくる。

(噂をすればなんとやら……なんか呼び寄せてんのかなぁ俺)

   横を見ると、響先輩が先程とは比べ物にならないくらい明るい表情をしていた。笑っては居ないのだが、雰囲気でなんとなく分かる。それに、先輩の目がきらきらと光っている。あんな純粋な目するんだ。俺にはメンチしか切らないのに?

「瑞月じゃない。お疲れ」

「先輩こそ、お疲れ様です。珍しいですね、先輩が誰かと話してるなん、て……え?」

   心和は困惑した表情で俺と先輩を見る。

「失礼ね。私とて話くらいするわよ」

「朝日くん……?どうして先輩と……」

「ち、違うんだ心和!これにはわけが……」

「まさか、先輩のこと誑かそうってんですか?そうなんですか?」

「なわけないから!少し落ち着けって!」

「有り得ません……女性であれば見境なんて無いんですね。君は顔が良ければ全て許されると思っているかもしれないですけど、世間はそう甘くないですから」

「心和さーん?何か勘違いしてらっしゃらなーい?俺は確かにモテてるけど、女たらしでは無いからね?」
 
   出た。奥義・朝日空罵倒術。俺あと何回心和に貶されるんだろ……メンタル持つかな?

「大丈夫よ瑞月。私はこんな男に落ちたりなんてしないから」

「そ、そうですよね。はあ、良かった……」

(あー、やばい。可愛い。毎日地球が回ってるのはこの子がいるからであって地動説とか何とかのおかげじゃない。あー!語彙力無くなる。可愛さに脳みそ溶かされる)

    紫水先輩、絶対内心限界化してるでしょ。もう何しても可愛いとか思ってそう。心和はな~、喋んなきゃ可愛いんだよ喋んなきゃ。

「それよりさあ!俺昨日聞きたいこといっぱいあったのに、結局お前帰っちゃったじゃん!今日こそ最低でも一つは吐いてもらうからな!」

「君に言うことなんかありません。朝日くんこそ、先輩と何か話してたんじゃないんですか?」

「私はこの男に用なんて無いわよ。瑞月、こいつと変な勝負してるんでしょ?こいつ多分弱小メンタルだから、少しは構ってあげないと孤独死しちゃうわよ」

「大丈夫ですよ、多少適当に扱っても。自称モテ男のナルシスト感染者なので、女性の伝手はいくらでもありそうですし。というか朝日くん、勝負のこと喋ったんですか?信じられない……口の軽さがヒート〇ック」

   前々から思ってたけど、心和のあの分かりずらい例え何?いや確かにヒート〇ックって防寒着にしては軽いけども。冬場便利よね、あれ。

「それはいいのよ。私が無理やり引き出したから。ま、とりあえず私の用は済んだから。後は若い男女でどうにかしなさい」
 
   先輩は俺の背中を押して、ぐいと心和に近づける。

「ちょっ、すみませんあんまり近づけないで下さい。私朝日くんアレルギーなので」

「私も今我慢して触ってる。このままだと手がかぶれちゃうから、早く受け取って」

「要らない、死ぬほど要らないです。お気持ちだけ受け取っておきますね」

「そんな遠慮しないの。ほらほら」

   二人の間で俺の押し付け合いが始まった。これって、普通「ちょっと!私の朝日くんに何触ってるんですか!早く離れてください!」、「嫌よ。貴方みたいなちんちくりんに、この子を渡すものですか!」って取り合いが始まるところじゃない?なんで俺腫れ物みたいな扱いされてんの?正直めっちゃ傷つくんですけど。

「良いですほんとに!間に合ってますから」

「またまたそんなこと言って。瑞月は遠慮がちなところあるわよね。無理しないで、いいのよ?」

「それ居た方が無理なんですが」

それ、それって……ついに人ですら無くなっちゃったよ、俺。あ、そっか。俺ってドブネズミか。ならしゃーないしゃーない。あはは、あははははははは……

「いいよ、2人共。俺もう、帰るから。じゃな……」

    今までに感じたことの無いこの脱力感はなんだろう。もう何もかもが虚しい。俺はネズミ。ドブネズミ。所詮下水道がマイスイートホーム。
  


   モテ男、病み期に突入しました。
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