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10-②

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「表情も声も硬いな。もっと気楽にしたらどうだ、華」
「あの。さっきから気になってましたけど、槇村とは呼ばないんですか」
「今はもう仕事中じゃない」
「それは、そうですけど」
「ビビ先輩って呼ばないのか」
 楽しげにクッと喉を鳴らし、赤信号で停止すると、浦野さんは品定めでもするように私を見つめてきた。
「呼びませんよ」
「なんだ。つまらないな」
「つまらないって」
「華に、そう呼ばれるのが好きだった」
「……そういうのは、ズルいです」
「本当のことだよ」
 信号が青に変わって車が発進すると、浦野さんはパネルを操作して音楽を流し始めた。それはあの頃、二人でよく聴いたバンドの曲で、濁流のように過去の記憶が蘇ってくる。
「疲れてるだろ。寝てたら良い」
「いえ、大丈夫です」
「そうか」
 彼の言葉に耳を貸さずに断っていれば、今こんな風にドキドキしながらも穏やかなんていう、奇妙な時間を過ごすことはなかったはず。
 そう思うのに、どうしたって彼の隣で運転する姿を見ていると、あの夏が再び動き出したみたいで心がザワザワする。
 四月生まれのビビ先輩は、高三で既にバイクと車の免許を持っていた。
 タンデムは危ないからって、バイクに乗せてもらうことはなかったし、車を買うまで待ってろってよく言われた。
 それに当時は、整備士をしながら車の勉強をしてて忙しいと言っていたけど、今にして思えば林田さんが話してた通り、仕事と夜間大学の両立ゆえの忙しさがあったのかもしれない。
(私、先輩のこと、なにも分かってなかったんだな)
 毎日のように顔を合わせていたのに、あの頃、彼が大学に通っていたなんて全然気付きもしなかった。
 夕暮れの帰り道を並んで歩きながら、いつか車でデートしようって話をしていたのを思い出す。
 だからあの頃は、こんな風に助手席に乗せてもらう日が来ることを心待ちにしていた。
(本当に、私以外は乗せないんですか)
 どこか楽しげな表情でハンドルを握る浦野さんを盗み見ると、あの日見た白いワンピース姿の女性の後ろ姿が鮮明に蘇ってきた。
 どうしたってこの人と一緒にいると感傷的になる。
「ディスカウントショップなら開いてるだろうから、ちょっと遠回りだけど買い物してから帰って良いか」
「えっと、帰るって」
「ここまできてその反応か」
「あの、えっと」
「実はな、華。引っ越しの荷物がまだ片付けきれなくて、段ボールが溜まってるんだよ」
「ああ、引っ越しの荷解きがまだなんですね」
「そんな部屋だけど、すぐにでも華をお招きしたいワケ」
「片付け要員ってことですね、分かりました」
「分かってないだろ」
 ボソッと呟いた浦野さんの声は聞き間違いだったのか、言葉が続く様子はなく、ナビのアナウンスに沿ってディスカウントショップに向かって車が進んでいく。
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