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前園さんのご自宅は会社から電車で三十分ほど移動したところで、ここ数年で駅前が再開発されて、都内の住みたい街ランキングの上位に入っていた気がする。
そんな便利な駅前からさらに五、六分歩いたところに六階建てのマンションがあり、エントランスに立って手を振る親子連れが私たちを出迎えた。
「ママ! おかえり」
「ただいま、楓」
前園さんは男性に抱っこされた女の子に駆け寄って、会社で見せる笑顔とはまた違う、とても優しい顔で女の子と話をし始める。
「こんばんは、初めまして。前園の夫の剛志です。こっちは娘の楓。ほら楓、ママのお友だちのお姉さんにご挨拶は?」
「こんばんは!」
「こんばんは。初めまして、槇村華恵です。素敵な招待状、ありがとうございます」
「ふふふ」
楓ちゃんは照れたように、それでいて得意げな笑顔で鼻先を指で擦ってる。
「さあ、外じゃ暑いわ。中に入りましょ」
前園さんの掛け声でエントランスを離れると、意外にも一階だというご自宅に案内されて、玄関で脱いだ靴を揃える。
「小さい子どもがいるとね、歩く音でも騒音になるって聞いて、楓が生まれてからここに引っ越したの」
「そうなんですね」
「そんなに走り回る子じゃないんだけど、やっぱり気になるからね。さあ、遠慮なくくつろいで」
通されたリビングのソファーに座ると、テッテッと足音を立てて楓ちゃんが私に駆け寄ってきた。
「おねえちゃん」
「なあに」
「あのね、お客さまのしるし出して」
満面の笑みを向けられて、もしかしなくてもアレのことだろうかとバッグから招待状を取り出すと、楓ちゃんは手に持っていたウサギのスタンプを押してくれた。
「はい。あと四回遊びにくると、良いことがあるからね」
小さくて可愛らしい手の指を折って、四回だからねと繰り返す姿が、たまらなく愛おしい。
「そうなんだね! 楽しみ」
スタンプカードのことを、買い物について行った時に覚えたんだろうか。
可愛らしい接客についつい笑顔になっていると、ごめんなさいねとドリンクを持った前園さんがやってきた。
「うちには祖父母以外、お客様が来ることなんて滅多にないから、こんなにはしゃいじゃって」
「いえいえ。歓迎してもらえて嬉しいです」
「歓迎どころじゃないわよ。昨夜もなかなか寝なくて、今日も保育園行きたくないって大騒ぎよ」
「そうだったんですか」
そうして和気藹々とした空気の中、楓ちゃんが考えたというプログラム通りにパーティーは進み、ゲームを交えながら、剛志さんの手作り料理を楽しんだ。
前園さん一家を見ていると、結婚がとても幸せなものに見えてくる。
あの夏の日の先に、私が浦野さんと一緒に手に入れていたかもしれない光景。そう考えて、所詮幻想に過ぎないことだと苦笑する。
「楓、ごちそうさまして」
デザートのシャーベットを食べながら、ゆらゆらと船を漕ぐように居眠りをし始めた楓ちゃんの頭を、仕方ないわねと言いながら前園さんが優しく撫でる。
「おねえちゃん、楽しい?」
「すごく楽しいよ。楓ちゃんのパーティー、また呼んでもらえたら嬉しいな」
「ぜったい、やくそくよ」
「パパ、あとはお願いね。片付けは私がするから」
「ありがとう。それじゃあ槇村さん、ごゆっくり。さあ楓、おやすみなさい言おうね」
「おやすみなさい」
そんな便利な駅前からさらに五、六分歩いたところに六階建てのマンションがあり、エントランスに立って手を振る親子連れが私たちを出迎えた。
「ママ! おかえり」
「ただいま、楓」
前園さんは男性に抱っこされた女の子に駆け寄って、会社で見せる笑顔とはまた違う、とても優しい顔で女の子と話をし始める。
「こんばんは、初めまして。前園の夫の剛志です。こっちは娘の楓。ほら楓、ママのお友だちのお姉さんにご挨拶は?」
「こんばんは!」
「こんばんは。初めまして、槇村華恵です。素敵な招待状、ありがとうございます」
「ふふふ」
楓ちゃんは照れたように、それでいて得意げな笑顔で鼻先を指で擦ってる。
「さあ、外じゃ暑いわ。中に入りましょ」
前園さんの掛け声でエントランスを離れると、意外にも一階だというご自宅に案内されて、玄関で脱いだ靴を揃える。
「小さい子どもがいるとね、歩く音でも騒音になるって聞いて、楓が生まれてからここに引っ越したの」
「そうなんですね」
「そんなに走り回る子じゃないんだけど、やっぱり気になるからね。さあ、遠慮なくくつろいで」
通されたリビングのソファーに座ると、テッテッと足音を立てて楓ちゃんが私に駆け寄ってきた。
「おねえちゃん」
「なあに」
「あのね、お客さまのしるし出して」
満面の笑みを向けられて、もしかしなくてもアレのことだろうかとバッグから招待状を取り出すと、楓ちゃんは手に持っていたウサギのスタンプを押してくれた。
「はい。あと四回遊びにくると、良いことがあるからね」
小さくて可愛らしい手の指を折って、四回だからねと繰り返す姿が、たまらなく愛おしい。
「そうなんだね! 楽しみ」
スタンプカードのことを、買い物について行った時に覚えたんだろうか。
可愛らしい接客についつい笑顔になっていると、ごめんなさいねとドリンクを持った前園さんがやってきた。
「うちには祖父母以外、お客様が来ることなんて滅多にないから、こんなにはしゃいじゃって」
「いえいえ。歓迎してもらえて嬉しいです」
「歓迎どころじゃないわよ。昨夜もなかなか寝なくて、今日も保育園行きたくないって大騒ぎよ」
「そうだったんですか」
そうして和気藹々とした空気の中、楓ちゃんが考えたというプログラム通りにパーティーは進み、ゲームを交えながら、剛志さんの手作り料理を楽しんだ。
前園さん一家を見ていると、結婚がとても幸せなものに見えてくる。
あの夏の日の先に、私が浦野さんと一緒に手に入れていたかもしれない光景。そう考えて、所詮幻想に過ぎないことだと苦笑する。
「楓、ごちそうさまして」
デザートのシャーベットを食べながら、ゆらゆらと船を漕ぐように居眠りをし始めた楓ちゃんの頭を、仕方ないわねと言いながら前園さんが優しく撫でる。
「おねえちゃん、楽しい?」
「すごく楽しいよ。楓ちゃんのパーティー、また呼んでもらえたら嬉しいな」
「ぜったい、やくそくよ」
「パパ、あとはお願いね。片付けは私がするから」
「ありがとう。それじゃあ槇村さん、ごゆっくり。さあ楓、おやすみなさい言おうね」
「おやすみなさい」
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