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 私の代わりにテキパキ答える倉本さんに、浦野さんは柔らかく笑って返事をすると、待たせてもらうと言う代わりに、私の目を真正面から射貫くように見つめて来た。
 こうなってしまっては、浦野さんと二人きりになるのを避けられない。
 きっと浦野さんは私に気付いているし、相手が私だからこそ話がしたいと言う意味なんだろう。
 一旦退室するために浦野さんに挨拶を済ませると、助けてくれなかったクセに何か言いたげな倉本さんを少し睨んでドアを閉めた。
「ちょっと、着任早々どうなってるの」
 部屋を出るなり嬉々とした表情で、倉本さんが私の腕を掴んで白状しなさいよと体を揺する。
「いや、私が聞きたい」
「あれって個人的に話したいって意味でしょ」
「個人的にっていうより、着任にあたって人事に条件をつけたくらいだし、その辺りを釘刺しときたいってことじゃないかな」
「ああ、そういう展開もあるわね」
 倉本さんは妙に納得したように頷くと、それはそれで大変よねと、同情するような顔をして私の肩に手を置いた。
「気難しい感じには見えなかったけど、最初が肝心だから。頑張ってコミュニケーション取ってきてね」
「胃が痛い」
 お腹をさすりながら秘書室に戻ると、青木室長に口頭で報告を済ませて、早速帰り支度を整える。
「胃薬あるよ、飲んどく?」
「助かる。凄いキリキリする」
 倉本さんが引き出しから取り出した市販の胃薬を、ウォーターサーバーから汲んだ水で胃に流し込む。
「そんな緊張しないで。だってほら、想像と違って親睦を深めたいだけかも知れないし」
「それはないでしょ。元々トラブルが嫌で男性秘書を希望されてたんだし」
「まあ確かにね」
 薬に即効性がないことは分かっていても、せめて今にも吐いてしまいそうな緊張感から解放されたくて、今もミーティングルームで私を待っている浦野さんの元に向かう決意をする。
「では、お先に失礼します」
 周囲の社員に挨拶をして、小さく頑張れと拳を握る倉本さんに手を振ると、私は一人で秘書室を後にした。
 そしてミーティングルームに向かい、大きく深呼吸して心を落ち着けると、ドアをノックして返事を確認してから中に入る。
「失礼します。お疲れ様です。お待たせして申し訳ありません」
「構わないよ。慌てさせたかな」
 浦野さんは答えると同時に席から立ち上がり、移動しようかと私の前を通り過ぎてミーティングルームのドアを開ける。
 自然と退室するのをエスコートされて廊下に出ると、会話もないままエレベーターホールに向かい、到着したエレベーターに乗り込んだ。
 そして再び二人きりの気まずい沈黙が訪れると、不意に伸びた浦野さんの手が私の髪に触れた。
「髪、伸ばしてるのか」
 さっきまでとは明らかに違う声のトーンは、ずっと前に聞き慣れていた大好きな人に重なる。
「似合ってる」
「あ……の、浦野さん」
「なに?」
「断りもなく触れるのはどうなのかと」
「それは失礼。それにしても、警戒してるのは相手が俺だからかな」
 当時と何も変わらない様子で声を掛けられて、私は凍り付いたように動けなくなる。
「まあいい。時間はたっぷりある」
 浦野さんが呟くと、エレベーターは一階に到着して、髪に触れていた手もゆっくりと離れていく。
 そうして二人でエレベーターを降りると、受付の社員から好奇の視線を向けられて居心地の悪いままエントランスを抜け、浦野さんが手配したらしいハイヤーに乗り込んだ。
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