9 / 80
4-①
しおりを挟む
着任の挨拶で役員フロアを回り、浦野さんだけでなく、当然私も緊張の中挨拶を済ませると、いよいよ二人きりになって国内販売事業部に向かうためにエレベーターに乗り込む。
「国内販売事業部では、着任のご挨拶のために、十六時から十分ほど時間を取っていただく手筈になっております」
「なるほど」
短く答える低めの声は、いつかの記憶より少し穏やかになったかも知れない。
だけど感傷に浸る訳にもいかず、背筋を伸ばして必要なやり取りをこなす。
「本格的な引き継ぎと業務の開始は明日以降ですので、本日はご挨拶のみを予定しております。スピーチ原稿をご用意しておりますので、ご利用いただくのであれば、お目通しください」
秘書室に立ち寄って回収してきたタブレットを操作しながら、不自然にならないように充分気を付けて声を掛ける。
「いや、結構」
「承知しました」
目線を合わせることなく淡々と会話を済ませると、エレベーターは国販のフロアに辿り着き、相変わらず冷たく硬くなった指先でボタンを操作して、浦野さんの後にエレベーターを降りる。
国内販売事業部は契約社員や派遣社員も含めると、事業部だけで百人近い社員を抱えている。
「へえ。随分と人が多い」
事業部長室があるセクションですら、群島のようにデスクが並ぶフロアを見渡して、レイアウト変更が優先事項かなと、浦野さんは独り言のように呟いた。
そのまま刺すような視線を感じながら、フロアの奥にあるガラスで仕切られた部屋の前まで辿り着くと、事前にやり取りをしていた、現事業部長の秘書である前園さんに声を掛ける。
「前園さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です、浦野さん、槇村さん。お待ちしておりました。早速お部屋にご案内しますね」
デスクから立ち上がった前園さんは、事業部長の部屋のドアをノックすると、返事を待ってからドアを開けて私たちを案内してくれる。
「柳川さん、浦野さんがお見えになりました」
柳川事業部長は浦野さんと私を見るなり、悠然と立ち上がると、応接用のソファーに座るように促して、私たちの正面に立つ。
「待ってましたよ。さあ、掛けてください」
「失礼します」
柳川事業部長と浦野さんが着席したのを確認すると、私は前園さんと一緒に一度部屋を出て飲み物の支度をする。
「びっくりした。本当に凄いイケメンなのね、浦野さんって」
前園さんは部屋を出るなり肩をすくめて、苦労しそうだねと私を励ますように笑顔を向ける。
「そうですね、ここに来るまでも好奇に満ちた視線を集めてらっしゃいました」
「お若いから特に大変そうよね。独身なんだもんね」
「どうなんでしょうね」
「あら、興味なさそうね」
前園さんは驚いたように目を丸くしながらも、だから選ばれたのかもねと手を動かす。
部屋のすぐ隣に併設されたカフェスペースで、使い捨てカップにホルダーを着けて、コーヒーメーカーからコーヒーを注ぐと、これは事業部長専用のスペースなのだと教えてくれる。
「お客様がいらした場合は、ここで用意してお茶出しします。お客様に応じて緑茶だったり、この時期は冷茶をお出しすることもあるからね」
小さな冷蔵庫を開けてペットボトルに入ったドリンク類を私に見せ、今はとりあえずお茶出しに行こうかと、二人分のコーヒーをトレイに載せて事業部長の部屋に戻る。
前園さんから頑張ってと渡されたトレイから、冷たくて感覚のない手でコーヒーを掴み、緊張しながら二人の前にゆっくりと置く。
「へえ、そんなことがあったのかい」
浦野さんの話を興味深く聞き入っている様子の柳川事業部長は、コーヒーを置いた私にさりげなくありがとうと声を掛けて微笑んだ。
直視することは出来ないけど、もちろん浦野さんのお礼の声も聞こえる。
「国内販売事業部では、着任のご挨拶のために、十六時から十分ほど時間を取っていただく手筈になっております」
「なるほど」
短く答える低めの声は、いつかの記憶より少し穏やかになったかも知れない。
だけど感傷に浸る訳にもいかず、背筋を伸ばして必要なやり取りをこなす。
「本格的な引き継ぎと業務の開始は明日以降ですので、本日はご挨拶のみを予定しております。スピーチ原稿をご用意しておりますので、ご利用いただくのであれば、お目通しください」
秘書室に立ち寄って回収してきたタブレットを操作しながら、不自然にならないように充分気を付けて声を掛ける。
「いや、結構」
「承知しました」
目線を合わせることなく淡々と会話を済ませると、エレベーターは国販のフロアに辿り着き、相変わらず冷たく硬くなった指先でボタンを操作して、浦野さんの後にエレベーターを降りる。
国内販売事業部は契約社員や派遣社員も含めると、事業部だけで百人近い社員を抱えている。
「へえ。随分と人が多い」
事業部長室があるセクションですら、群島のようにデスクが並ぶフロアを見渡して、レイアウト変更が優先事項かなと、浦野さんは独り言のように呟いた。
そのまま刺すような視線を感じながら、フロアの奥にあるガラスで仕切られた部屋の前まで辿り着くと、事前にやり取りをしていた、現事業部長の秘書である前園さんに声を掛ける。
「前園さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です、浦野さん、槇村さん。お待ちしておりました。早速お部屋にご案内しますね」
デスクから立ち上がった前園さんは、事業部長の部屋のドアをノックすると、返事を待ってからドアを開けて私たちを案内してくれる。
「柳川さん、浦野さんがお見えになりました」
柳川事業部長は浦野さんと私を見るなり、悠然と立ち上がると、応接用のソファーに座るように促して、私たちの正面に立つ。
「待ってましたよ。さあ、掛けてください」
「失礼します」
柳川事業部長と浦野さんが着席したのを確認すると、私は前園さんと一緒に一度部屋を出て飲み物の支度をする。
「びっくりした。本当に凄いイケメンなのね、浦野さんって」
前園さんは部屋を出るなり肩をすくめて、苦労しそうだねと私を励ますように笑顔を向ける。
「そうですね、ここに来るまでも好奇に満ちた視線を集めてらっしゃいました」
「お若いから特に大変そうよね。独身なんだもんね」
「どうなんでしょうね」
「あら、興味なさそうね」
前園さんは驚いたように目を丸くしながらも、だから選ばれたのかもねと手を動かす。
部屋のすぐ隣に併設されたカフェスペースで、使い捨てカップにホルダーを着けて、コーヒーメーカーからコーヒーを注ぐと、これは事業部長専用のスペースなのだと教えてくれる。
「お客様がいらした場合は、ここで用意してお茶出しします。お客様に応じて緑茶だったり、この時期は冷茶をお出しすることもあるからね」
小さな冷蔵庫を開けてペットボトルに入ったドリンク類を私に見せ、今はとりあえずお茶出しに行こうかと、二人分のコーヒーをトレイに載せて事業部長の部屋に戻る。
前園さんから頑張ってと渡されたトレイから、冷たくて感覚のない手でコーヒーを掴み、緊張しながら二人の前にゆっくりと置く。
「へえ、そんなことがあったのかい」
浦野さんの話を興味深く聞き入っている様子の柳川事業部長は、コーヒーを置いた私にさりげなくありがとうと声を掛けて微笑んだ。
直視することは出来ないけど、もちろん浦野さんのお礼の声も聞こえる。
2
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~
けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。
秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。
グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。
初恋こじらせオフィスラブ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる