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 だけど当然のことながらこの仕事は、どんなに煮詰めても机上の空論扱いを受けて、他部署と意見が割れることもある。
 それを独自のやり方で難なくこなしていくリンダさんの仕事、特に交渉術は一言一句聞き漏らさないように、必死で喰らい付いて覚えていく毎日が続いた。
「どうした。溶けるぞ」
「いや、リンダさんに仕事を教えてもらえる立場で、本当に良かったなと思ってたところです」
「なんだマキ。褒めても何も出やせんぞ」
「ダメか、残念」
 リンダさんと顔を見合わせて笑うと、どこのお店のソルベだろうかと、フライヤーを探してスマホで検索しつつ、雑談をしながらおやつタイムを過ごした。
「ごちそうさまでした! 緊張してた頭がほぐれた気がします」
 ペロリと二個平らげてから改めてお礼を言うと、はいよと片手を挙げてからリンダさんは休憩室の入り口を指差す。
「あれ見ろ、マキを探しとるんだろ」
「ヤバ。次の打ち合わせ行ってきます」
「おう」
 慌ててデスクに戻って資料を掻き集めると、取り急ぎフロアの隅にあるパーテーションで仕切られた打ち合わせブースに入って、後輩の恩田おんだくんと擦り合わせをする。
「ごめんね、リンダさんとおやつ食べてた」
「それは大丈夫ですけど、本当に林田さんと仲良いですよね。おっかなくないですか」
「そりゃ仕事は厳しいけど、リンダさんはめちゃくちゃ優しいよ」
「そう思ってるのは槇村さんだけですからね? 槇村さん異動しちゃったら、誰が林田さんの手綱握るんだって、みんな困惑してます」
「そんな猛獣使いみたいに」
「みたい、じゃなくて本気で言ってるんですよ。残される身にもなってください。死活問題なんですよ」
「それはまた別口で聞くからさ。ほら、時間ないからさっさと擦り合わせるよ」
「……はい」
 まだまだ愚痴を言いたそうな恩田くんを宥めると、印刷した資料に赤ペンを走らせて仕事の話に切り替えていく。
「エンジンオイル挙動のこの論文から、オイルリングのスペーサの間隔を新しく開発検討出来ないかって話を進めてて、こっちがその構造と理論値を出した資料ね」
 恩田くんは元々バイクが好きでウラノに入ったクチで、設計部を経て去年からうちの研究改良室に入った後輩だ。彼はエンジンオタクだから、マニアックな話でちょくちょく盛り上がる。
 とはいえ口数が多い子ではないので、いつも私から声を掛けることが多くて、恩田くんと話すためにバイクについてめちゃくちゃ調べたことを思い出すと、彼の成長には頼もしさを感じる。
「よし、確認はこんなものかな。次は会議室どこだったっけ」
「会議フロアですよ、Bの6です。あと十分だから、そろそろ向こうも来てるかも知れません」
「ヤバいね、急ごうか」
 資料を掴んでクリアファイルに入れると、頼んだよと恩田くんを鼓舞するように肩を叩く。
「槇村さん居なくなるの、やっぱり相当な痛手ですよ」
 しみじみと、心の底から吐き出すような恩田くんの顔は本当に残念そうで、なんだかそれが少し嬉しかった。
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