上 下
19 / 67

(19)芽吹いたなら枯らせばいい

しおりを挟む
 私たちのヒモと飼い主の生活は、一稀さんがスマホを持ったことで一気に「恋人」成分が投下されて、毎日ドキドキだったりキュンとさせられるメッセージが届くようになった。
 2週間近く続いてるメッセージに、本音を言えば、私が一稀さんにお願いしたのはあくまでも恋人のフリだから、こんなことまでして欲しくはない。
 なのに次々と届くメッセージに、何が書かれてるのかウキウキしてる自分に気付いて、一稀さんとどんな関係で居たいのか足元が揺らぐ。彼はあくまで契約して恋人のフリをしてるだけ。
 だからすっかり芽吹いて日に日に育ってしまう彼への想いを、私は必死に枯らそうとしてる。それが凄くキツい。
「奏多ぁ、なにスマホ見て溜め息吐いてんの」
「え、いやいや。なんでもないよ」
 休憩室で気分転換にコーヒーを飲んでいるところに、愛花から声を掛けられて誤魔化すようにスマホをポケットにしまう。
「まさか吉澤くん?だったら相手すんのやめなよ」
 元彼の名前が出て、こんな場所でプライベートな話をする愛花にちょっとうんざりする。
「ないない。そんなことする人じゃないよ」
「だったらどうしたの。あ、親御さん?」
 自販機に小銭を入れると、どれにしようかなと指を彷徨わせながらミルクティーのボタンを押して愛花が振り返る。
「まあね。お正月帰るのかどうしようか迷ってて」
 年末年始は毎年実家に帰省しているけど、今年は一稀さんが居るので、実際のところそれについてどうするべきなのか考えあぐねてる。
「そっか。私みたいに結婚諦めてる親と違って奏多のところはね。それに彼氏と別れたってまだ言えてないんだもんね」
「まあ事実なんだけど、休憩室でその話はやめてもらえない?誰に聞かれるか分かんないし」
「あ、ごめん。私のこういうところがね、本当ごめん」
「うん、今度また呑んだ時にね」
 愛花は別に悪い子じゃないけど、時々こういうことを無神経にしてしまうところがあって、私は苦笑いするとこれ以上出てない埃を叩き出されないようにフロアに戻った。
「あ、梅原さん。お疲れ様です」
「お疲れ様です、何かありましたか」
 同じ企画部の藤巻さんが、フロアに入るなり私の姿を見て片手を上げた。
「イーグランドホテルの改装の件で、先方からメール送付してるのでと、確認依頼のお電話が今さっき」
「ああ、ありがとうございます」
 すぐに着席してパソコンをアンロックすると、新着メールの中から、伝言のあったメールに目を通して仕事を再開する。
 私が今度受け持つクライアントであるイーグランドホテルは、首都圏を中心に展開するレジャーホテルで、近年では女子会プランなどを打ち出して人気を得ている。
 そのイーグランドホテルが新たに人気ソーシャルゲームとコラボすることになり、今回の企画はゲーム会社アイザニュートとの共同プロジェクトになる。
 具体的には、割り振られた客室の壁面にキャラクターのイラストが入り、その世界観とマッチする家具やインテリア、照明などの細部に至るまでをプロデュースすることになっている。
 ちなみに限定デザインが予定されたシーツや枕カバーなどは、期間中ホテルのみで購入出来るグッズ展開をする予定で、アメニティを含めたグッズ作成も絡んだ大型プロジェクトだ。
「おい梅。デュオスタの件、メール見たか」
「はい。今返信の問い合わせ文面作ってます」
 統括の枝野利一さんは、このロケパッケージに在籍するインテリアコーディネーターをまとめる責任者だ。
「だよな。アイザからデザイン画回ってきてないよな、これ」
「はい。うちにはまだ来てないので、恐らくイーグランドさん側にだけに、ラフの段階で打診があったのかと」
「じゃあ、そのままアイザの担当者に確認しといて」
「了解しました」
 ゲーム開発会社アイザニュートが運営する、女性向けソーシャルゲーム〈デュオリンクルスター〉通称デュオスタは、推し活を謳った人気の男性アイドル育成ゲーム。
 主要キャラクターだけでも38人、さらにそのキャラクターたちがそれぞれ所属するユニットが8組、スペシャルユニットを含めば12パターンまでその種類は増える。
 個々のキャラクターだけでなく、ユニットによってイメージカラーやモチーフアイテムが固定化される上に、曲によって衣装も変わるという繊細な設定が肝だ。
 だからこそアイザニュートが出すデザイン画は、それがあくまでラフだとしても、うちとしては目を通す必要がある。
 急いでメールを送信すると、担当者宛てに電話を入れて状況を確認し、早急にラフ段階のデザインパターンを流してもらった。
 そんなこんなでバタバタ過ごすうちに、気が付けばフロアの人影はほとんどなくなって、仕事を終えた頃には22時半を過ぎていた。
 ようやく仕事が終わった安堵感から、喫煙ブースでタバコに火をつけて何気なくスマホを手に取ると、そこには夥しいほどの着信通知が残されていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】獣欲な副社長はドライな秘書を捕まえたい。

花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 エタニティ賞受賞 皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。 ありがとうございます。 越智美琴(おちみこと)は元彼に「お前とのセックス、気持ちよくない」と言われたことをきっかけにセックスを探求し続けていた。とはいえ、相手はいないので玩具を使った一人エッチ。おまけに探求しすぎた結果、玩具でしか快感を得られない身体になってしまった。 そんなある日美琴は大事な玩具の入ったポーチを会社に忘れてしまう。慌てて取りに戻ったものの、副社長であり美琴の上司である蓮見慧士(はすみさとし)にポーチの中身がバレてしまった。 「黙っててやるから俺にも見せろよ」 そこからはじまった二人のオトナの関係。 昼間は上司と部下。 夜はセフレ。 しかし、セフレにしては距離感が近いような気がする。 「俺たちは俺たちの関係を作ればいい」 ドライな秘書×欲深な副社長 カラダから始まる愛欲強めのラブストーリー。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~

中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。 翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。 けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。 「久我組の若頭だ」 一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。 ※R18 ※性的描写ありますのでご注意ください

処理中です...