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(2)ある日の日常

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 孤独なバースデーを終えて、11月になってしばらく経った金曜日。
「え、なに。今日残業すんの」
 定時退社でパラパラと人影が減っていく中、隣の席で帰り支度を進める村尾愛花むらおまなかは、数少ない中途採用で入社した同僚だ。そんな彼女が困惑した顔をしている。
「そうだよ。どうしても質感確かめときたい商品があるんだけど、営業の今村さんがサンプル持ち出してるらしくて、受け取り待ちなの」
「え、今村って大丈夫なの、約束忘れられてない?」
 今村さんは人当たりは良いけど、口が上手くて適当なところがあるのは周知の事実。
 営業マンとしての実力はあるものの、事務仕事は手抜きが多くて、事務方の社員から不満が上がることもしょっちゅうある。だから愛花が顔を歪めるのも理解はできる。
「大丈夫。これから戻って高嶋部長と出るらしいから、戻ってこないハズはない」
「ああ。新規オープンのショットバーか」
「そうそう」
 ボードを振り返って打ち合わせの文字を確認すると、私はパソコンに向き直ってキーボードを叩く。
 私が勤める株式会社ロケパッケージは、家具とインテリア、海外製品の企画販売を始めとした店舗のプロデュースや、ホテルやオフィス、個人の部屋に至るまでのあらゆる空間デザインを提案、提供する企業だ。
 そして私は、この会社にインテリアコーディネーターとして在籍して4年になる。
「残業になるのは仕方ないけどさ、久々に飲みたいし金曜なら良いって言うから、もうお店予約しちゃってるよ」
「あれ、今日だったっけ」
「大丈夫そう?なんなら別の人に声掛けるし、今日はやめとこうか」
「大丈夫。遅れるけどちゃんと行くよ。久々にゆっくり話もしたいし」
「じゃあ予約の時間もあるから、先に行くね」
 店の場所はメッセージで送ると手を振って、フロアを出ていく愛花を見送ってから企画書の残りを詰める。
 私が今手掛けてるのは、個人宅のプロデュース。お子さんが産まれて新築した家に配置する家具やカーテン、照明に至るまで一式の手配を任されている。
 各部屋ごとに細かい拘りはあるものの、家としての統一感も求められるので、なかなかこれが骨の折れる作業だ。それは同時に力の見せ所でもある。
 家具は出来るだけ同じメーカーで統一することで、とりあえずはご納得をいただいているけど、できる限り要望は叶えたいので、色んなデータをもとに奔走する日が続いてる。
 画面と睨めっこしながら、そろそろ休憩がてら飲み物でも欲しくなったタイミングで、聞き覚えのある声が耳に届いて顔を上げる。
「ういーす、戻りました。あれ、梅原さん残業?」
 人気がなくなってきたフロアに、ようやく営業部の今村さんが戻ってきてボードのスケジュールを書き換えている。
「お疲れ様です。いや、今村さん待ってたんですよ。ナリックのカーテンサンプルお持ちだって、今朝仰ってたんで」
「ああ!ごめんごめん、そうだったね。ちょっと待って、すぐ渡すから」
 やっぱり忘れられていたようだけど、合流できてホッとする。うっかり席を外したタイミングと被らなくて良かった。
 今村さんは今日の新規顧客との打ち合わせでサンプルを使ったらしく、慌ただしくカバンを漁ると新作の生地の束をそのまま渡される。
「評判良いよ。今日もナリックのご希望があったからね。保管はA-2の棚になってるから、ファイルベースの物とは分けてボックスに戻しといてくれるかな」
「じゃあ台帳も戻しでいいんですよね」
「助かる。頼むわ」
「了解です」
 短いやり取りの後、慌ただしく営業の高嶋部長の元へ急ぐ今村さんの後ろ姿を見送ると、カタログとサンプルを照らし合わせて商品を確認する。
 やはりデータで見るのとは光沢の出方が違う。家庭用の部屋で顧客が希望してる照明となると、この生地のカーテンでは要望よりも存在感が強くて重たい印象になるだろう。
 サンプルの質感を確認したところでデータを入力すると、作業台に移動してライトを切り替えて何パターンか写真に納め、すぐに企画書に写真データを取り込む。
「よし。とりあえず今日はここまでかな」
 指示通りサンプルを棚に片付けて帰り支度を始めると、覗き込んだ腕時計は19時半を指していた。
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