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6.③

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「はい、じゃあ乾杯」
「かんぱーい」
 グラスワインで乾杯すると、早速頼んだ牡蠣に岩塩をひとつまみとレモンを絞ってするりと口の中に放り込む。
「んー! 美味しい」
「でしょ」
 得意げな美鳥と一緒になって、サラダと交互に牡蠣を頬張ると、まだまだ食べられるねと追加注文を頼むことにする。
「それよりどうしたの。平日に食事に誘うなんて珍しくない?」
「ちょっと秋菜、アンタ自分の誕生日忘れてたの」
「あ……そっか、今日私の誕生日か」
 歳を取るのが嫌過ぎたのかと可笑しそうに笑う美鳥に苦笑して誤魔化すと、あれほどショックなことが起きたのに、誕生日のことすら忘れてた自分に驚いた。
 もし別の世界線があったなら、私は今頃、大輔と一緒に式場の下見をしたりして、お互い良い相手が見つからなかったなんて笑いながら過ごしてたのかも知れない。
 だけど現実はそうじゃなくて、あんなパーティーに招待までされて、大輔からしたら諦めてくれって意味なのか真意までは分からないけど、随分一方的に酷いことをされた。
 きっと一人だったら立ち直れなかっただろうし、誕生日を忘れるなんてあり得ないことだった。
 凌さんに出会わなかったら、涙なんて枯れ果てるまで泣いて、誕生日がトラウマになるような過ごし方をしてた気がする。
「そっか……」
 凌さんが居てくれたから、今の私はこんな風に笑えてるという事実に、言葉で言い表すのは難しいけど、あったかい気持ちがグッと込み上げてくる。
「ちょっと秋菜、聞いてる?」
「あ、うん。ありがとう」
「今日は美味しいのいっぱい食べようね」
「美鳥は自分が食べたいだけじゃないの」
「そうとも言う」
 毎日が、いつもと変わらない。
 それはあんなことを経験した今の私にとってかけがえのないことで、あの時一人だけで頑張ってもどうにも出来なかったはずだから。
 そう思ったら、凌さんにとって私は何か力になれたのか、どうでも良いことかも知れないけど、急にそんなことが気になった。
「そう言えば秋菜さあ」
「ん?」
「今やり取りしてる賀茂屋かものや百貨店の担当って蔵本くらもとさんだっけ」
「うん。それがどうかしたの」
「あの人、ちょっと気を付けた方が良いよ」
「どういうこと?」
「大人しそうに見えて、かなり遊んでるっぽいんだよね。秋菜はそういう話振られたことないの」
「ないない。仕事の話しかしたことないよ」
「そうなんだ。でもあんまり良い噂聞かないから、個人的な話をされたら気を付けなよね」
 珍しく美鳥がそんな忠告をしてくる。よほど気になる話を耳にしたんだろうか。
 蔵本さんとは二年ほどのやり取りになるけど、商品に対して細かいこだわりや希望が上がってくることはあっても、個人的な話なんてした記憶はない。
 だけどふと、私が大輔に夢中だったから蔵本さんのアピールに気が付かなかっただけかも知れないと思うと、恥ずかしさと情けなさで穴があったら入りたい気分になった。
 自意識過剰かも知れないけど、思い起こせば食事に誘われたことが何度かあった気がして、それにはもしかして意図があったのかと背筋がゾワリとした。
「人懐っこい人だとは思ってたけど」
 ボソリと呟くと、急に恐怖に似た気味の悪い感情が込み上げてきて不安になってくる。
「それ絶対狙われてるよ」
「えー。ちょっと気持ち悪いなぁ」
「ストーカー気質な人って居るからね」
「怖いこと言わないでよ」
「だって秋菜お人好しなんだもん。ガツンと言えないでしょ」
 別にお人好しだなんて自覚はないけれど、確かに他人に対して強く出られるタイプじゃない自覚はある。ましてや取引先の人が相手となると、うちの会社の規模を考えると下手な手を打つのは良くないと思ってしまう。
「ちょっと背筋が冷たくなってきた」
「ごめんって。でも本当に気を付けて」
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