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(42)帝国への帰還

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 ウィスタリア鮮やかな青紫に輝く艇体は外装に銀細工の意匠が施され、ミヒテの光を反射して眩しいほどに輝いている。

「へえ、大したもんだな。整備も行き届いてる様子だけど、これほどの飛翔艇がどうしてブスダニアに」

「型は古いが速さは帝国の最新式にも引けを取らないだろうな。クレアが傭兵の頃の戦利品だ」

「母さん、そんな賊みたいな真似を……」

「戦利品だ。盗んだ訳じゃなくて、助けた礼に貰い受けた物だよ」

 マーベルとリルカが水入らずで会話をする中、ムゥダルはタラップを昇り、操舵室ブリッジで操舵盤の確認作業を開始する。

 確かに年式は古い物だが、当時の最新鋭の技術が詰まった珍しい装置に心を躍らせて、つまみやレバーを次々と確認していく。

「ねえムゥダル、なんかかなり個性的な癖の強い飛翔艇みたいだよ。そもそも俺、ムゥダルが飛翔艇を飛ばすの見たことないんだけど大丈夫なの」

「あの親父オッサンが、俺にふねの飛ばし方を叩き込まねえワケねえだろ」

 小さいながらも備え付けられた艇倉に荷物をしまい入れると、買い込んだ食材の調理に取り掛かる。調理と行っても切って挟む程度だ。

 リルカは今回女装するために、付け毛で長くなってしまった髪を大雑把に纏めて、手首に巻いていた組紐で結い上げると、女装は意味がなかったなと苦笑する。

 そんなリルカの様子を見つめて複雑そうに微笑むと、マーベルは柔軟運動から徐々に激しく身体を動かして来たる戦闘に備えて体を温め始めた。

「飛ばすぞ」

 ムゥダルの掛け声と共に、飛翔艇は緩やかに浮上すると、ゆっくりと加速したのちに、グンっと急上昇して空に昇っていく。

「いい風だな」

「父さん、雰囲気に酔ってないで、帝国に着いたらどうするか決まってるの」

「本来ならテンペリオスに向かってイドリースに合流したいんだが、お前の話だとイドリースはアエスにいる可能性があるな」

「そうだね。〈ストラヴァル〉のセルゲイさんと〈レヴィアタン〉のベイルさん、この二人が向こうで調べを進めてて、イドリースおじさんも協力してくれてるから」

「……なら試す価値はあるな」

 マーベルはシドラルで合流した仲間から受け取った荷物を取り出すと、その中から紋様の刻まれたユグシアル鉱石を取り出す。

「まさか、また転移術を応用した魔術を使うの」

「魔術を使うことで行き違いが生じないように、お前とムゥダルにも一筆添えてもらうが構わないか」

 マーベルはそう言うと手紙をしたためて、ムゥダルやリルカにも状況報告を書き込ませてから、〈ストラヴァル〉の座標を確認し、手紙と石を手に文言を唱える。

 淡い光がマーベルの手の中で広がり始めると、瞬く間に強い閃光を放ち、次の瞬間にはその手の中の石も手紙も消えてなくなっていた。

「無事に届いてることを祈るしかない」

 マーベルはひと言そう呟くと、リルカの頭を撫でてて操舵室ブリッジに姿を消した。

 全ての事件を引き起こしたナファニスは、皇帝イジュナル、つまりルーシャの命を狙っている。
 その理由までは分からないが、幼かったルーシャの目の前で彼の母親を陵辱してから、八つ裂きにして殺した話を思い出すだけで身震いする。

 マーベルは詳しく話さないが、もしかするとクレアもまた同様に辱めを受けて殺されたのではないかと思うと、リルカは身が引き裂かれる思いがした。

 甲板デッキの欄干にもたれて眼下を眺めながら、ふとルーシャのことを思うとリルカの胸は張り裂けそうに痛む。

 母親を殺した男を呪い、まずはそれを命じた実の父親を手に掛け、それでも満たされずに父親を唆し、母を陵辱した男を殺そうとしている。

 ルーシャの人生は血塗られた記憶が多過ぎて、その身に抱えた傷の深さと重みを考えると、どんなことをしてでもそばにいてルーシャを癒してやりたいとリルカは思う。

 吹き付ける風に長い髪が揺れると、決意を結び直すようにルーシャと揃いの組紐を固く結び直した。

「ルカ、大丈夫か」

「ムゥダル。操舵は大丈夫なの」

「このふねあり得ねえんだよ。自動操縦装置がついてやがる。年式は相当古いのにとんでもねえよ」

「なら母さんに感謝しないとね。あれ、父さんは」

「下の艇室の様子を見てくるって。まあ備蓄倉庫程度のもんだろうけどな」

「そっか」

「ルーシャに会いたいか」

 ムゥダルはリルカの隣で同じように欄干にもたれると、空を眺めてからリルカに視線を移す。

「そうだね、仇同士みたいに剣を交わしたのが最後の思い出になるのは後味悪すぎるかな」

「でも誤解は解けてるんだろ」

「分からない。だけど信じてくれてるって信じたい」

「無責任に大丈夫なんて言いたくねえけど、きっと上手くいく」

 ムゥダルはそう言うと、リルカの頭に手を乗せて、上手くいかせてやると笑顔を浮かべた。

 それから軽く食事を済ませ、三人でこれからの動きを擦り合わせてから、予定よりも早くイゴラス大陸の上空に差し掛かった辺りで、ムゥダルが声を上げる。

「ルカ、お出ましだぞ」

 甲板デッキでマーベルと肩慣らしに手合わせしていたリルカは、その声に辺りを見渡して目当ての影を見つけると、目を輝かせて大きく手を振る。

 大空を飛ぶ〈ファフニール〉は、パールホワイトの艇体にミヒテの光を反射して、眩しいほどの輝きを放っている。

「リルカ、あれは?」

「俺の仲間だよ」

「俺、か」

「変かな。自分では気に入ってるよ、この生活」

「そうか。お前だけの世界を見つけたんだな」

 マーベルはリルカの隣に立つと、その凛々しく輝く顔に寂しそうな、それでいて誇らしげな目を向けると、そのまま肩を抱いた。

「このまま〈ファフニール〉について飛翔場に降りるぞ」

 ムゥダルの宣言通りに旋回すると、〈ファフニール〉に先導されてアエスの飛翔場に向かって飛翔艇は進む。

「ルカ、髪は無理でも着替えなくていいのか」

 ムゥダルが何気なく声を掛けると、リルカはようやくヒラヒラしたスカートに目を向けて、慌てて艇室に駆け込んで、すっかり馴染んだ衣装に着替えて眼帯をつける。

 髪だけは複雑に編み込んで長い付け毛を取り付けてあるので、今すぐに元に戻すのは難しく、仕方がないのでそのままにしておく。

 そうしてようやく〈ファフニール〉と共に飛翔場のエプロンに停泊すると、タラップを駆け降りて、〈レヴィアタン〉の面々と久々に合流する。

「グリード!」

「思ったより早かったな。無事に親父さん見つけたらしいじゃないか。紹介してくれるか」

「うん。父さん! 俺の仲間を紹介するよ」

 リルカが呼び寄せると、圧倒的な威圧と存在感を放ち、威風堂々とした姿でマーベルがタラップを降りてくる。

「……剣聖の再来、マーベル・レインホルン。話は本当だったんだな」

「普通にクソオヤジだけど。だって事情があったか知らないけど、酒浸りで賭博で借金作って失踪するようなクズだよ」

「そんなこと言えるのはお前だけだよ」

 グリードは苦笑すると、目の前にやってきたマーベルに帝国式の敬礼でで迎える。

「お会いできて光栄です」

「うちの息子が世話になるね。マーベル・レインホルンだ」

「グリード・ディアハートです。ギルマス不在のため、代行してご挨拶させていただきます」

 リルカも見たことがないほど緊張した面持ちのグリードは、改めてマーベルに敬意を表する礼を繰り返した。
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