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(41)真相
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マーベルを救出したリルカとムゥダルは、一度宿屋〈ブリランテ〉に戻って荷物を回収すると、その足でマスケスを離れて北のフォルサまで移動する。
フォルサにはムゥダルの馴染みの娼館があり、そこの倉庫に旧式ではあるがスチームバギーが保管してあるからだ。
「俺の娘をこんないかがわしい場所に平然と連れてくるとは、なかなかいい度胸してるじゃないか、ムゥダル・イルダニア」
「父さん、ムゥダルは病気なんだよ。そっとしといてあげて」
「おいなんなんだよ。病気じゃねえし、ただの女好きだし、病気持ちでもねえよ!」
「ほぉう。君が言う女好きの女の中に、うちの可愛い娘も入ってるんじゃないだろうな」
マーベルはいつの間にかリルカの帯剣を奪って、ムゥダルの喉元にそれを突き付けている。
「バカこのクソオヤジ、目立つことをするんじゃない」
リルカは咄嗟にマーベルの頬に拳を叩き込むと、奪われた剣を取り返して腰元に戻す。
騒がしくやり取りをしながら、娼館の裏手に隠された車庫に入ると、長年放置されたスチームバギーの整備には少し時間が掛かる様子だとムゥダルが道具を探し始める。
「それにしても父さん、なんで私じゃなくてムゥダルに手紙を書いたの」
「お前が行動を共にしてるのを知ってたからに決まってるだろ。魔術が介在してるとなると、お前より彼の方が理解が早いからね」
マーベルは頬に手を当てながら、また喧嘩が強くなったのかとリルカの頭を愛しげに撫でる。
「そう、魔術だよ。どうしてそんな物騒な物を父さんが扱えるの。だって母さんは魔術で殺されたんじゃないの」
リルカが詰め寄ると、落ち着きなさいと抱き締めて優しく背中を撫で、なにを知ったんだとマーベルはリルカの顔を覗き込んだ。
「イドリースおじさんが教えてくれた。父さんは一人で母さんの事件を調べてたって。それに骸獣を操って使役する部隊だったから疑われた話も聞いた」
「そうか。イドリースが」
マーベルはもう一度愛しげにリルカの頭を撫でると、ムゥダルを振り返って障壁を展開するように呟く。
「北から一人、西には二人かな。少し距離はあるが、様子を伺うように連携を取ってるやつらが居る。機械に余裕があるなら障壁を」
「さっき林道に仕掛けたから容易に近付いて来れないんだろ。二重で張れってことでいいんだな」
「ああ。これから話すことに関わるからね」
ムゥダルは静かに頷くと小さな球体を取り出して、カチッと音が鳴るまでそれを捻る。
初めて見る機械に興味津々のリルカとは対照的に、ムゥダルはそれを投げてリルカに手渡すと、工具を持ったままバギーの下に潜り込む。
「それでマーベル、あんたの話ってのは」
口元の動きを読ませない意図もあるのか、ムゥダルは構わずにバギーの下に潜ったまま話を続け、工具を使って整備の手を進める。
「もう知っているだろうが、アチューダリアの地下はベネンダルの鉱脈だ。それゆえ魔素の一部とされる煙毒を除去する研究が進み、俺もそれに携わっていた」
「煙毒が魔素の一部」
「なるほど、だからあんたは骸獣を使役する部隊を指揮してた訳だ」
「ああ。煙毒に充てられた骸獣から魔素を除去するのはそう難しくない。だから殺さずに骸獣化を強制的に解除することが俺の部隊の任務だ」
マーベルはしかし僅かに舌打ちすると、冷静さを取り戻すためかリルカを見つめて愛しげに髪や頬を撫でてから、大きく息を吐いて話を続ける。
「だがそれは自然の摂理、女神の思し召しに反することだと一部が騒ぎ始めた。その結果迎えたのがクレアの死だ」
リルカは堪らずマーベルの胸に飛び込み、息を殺して肩を震わせる。
「つまり最初から〈ユティシアル聖教会〉はあんたと対立してたのか」
「いいや、他と違って寛容な教えだからね。剣聖アレガルド・ルセメットを神格化する土地で信仰が変容したんだろう。敬虔な信者であっても排他的な方が少数だ」
「なのにクレアは殺された。しかも魔術で」
「ああ。〈ユティシアル聖教会〉教皇ダニエキリル・ツェルナーの養子、ナファニスの手でね」
「教皇の養子? だとしたら聖教会でも要職に就いてるんじゃないのか。でもナファニス・ツェルナーなんて聞いたことがない」
ムゥダルはバギーの下から姿を現すと、油に塗れた手を拭いながら、どういうことだとマーベルに目線を向ける。
「当たり前だ。敬虔な信徒の顔をしてリンドルナ中を巡り、教えを説く顔のない宣教師とでも言うべきか。表向きはな」
「まさか」
リルカが頬を濡らしたまま顔を上げると、マーベルはその涙を指で拭いながら小さく頷く。
「狂信者を煽動して異端者を粛清する殺人鬼だよ。咎人狩りを始めた張本人という訳だ」
「教皇の養子とはいえ、ただの宣教師がなんでそこまで支持されるんだよ」
「彼が持つ女神の贈り物、紅蓮に輝くカージナルレッドの髪に、飾りではない飛ぶための翼、そして魔術という太古の昔に女神が人に与えた知恵」
マーベルは一度言葉を区切ると、信仰は時として人を盲目にさせると目を眇める。
「人に限りなく近く異質な存在、ナファニスは天上の獣人化した翼人の末裔だ。伝承が具現化された姿を見た信者はどう感じるだろうね」
「救世主……」
リルカがボソリと呟くと、マーベルはその背中を撫でてムゥダルを見る。
「或いはそう捉えたからこそ、咎人狩りは狂信者の中に浸透していった」
「マジかよ。翼人だって咎人の象徴じゃねえのかよ。翼人は虐げられてきたじゃねえか」
「堕ちた翼人は、ね。邪道か王道かは問題じゃない。ナファニスが形ばかりの翼じゃなく、空を飛ぶことが出来る翼を持っていることに意味がある。選ばれし者としてね」
「そんなの間違ってる」
「そうだな。さて整備が整ったなら、東の国境から隣国ブスダニアに入って、シドラルの街に向かおう。そこで飛翔艇が手に入る」
スチームバギーの狭い後部座席に乗り込むと、マーベルは信頼できる部下が居ると短く告げる。
「飛翔艇って、まさかエイダーガルナに行くの」
「ナファニスは皇帝イジュナル・ブランフィッシュの命を狙っている。聞きたいことは山ほどあるが、リルカはそれはなんとしても止めたいだろ」
マーベルの含んだ言い方と少し拗ねたような表情は、ふざけているようにも見えるが実に真剣だ。
「そうだね、止めなくちゃ」
「決まりだな」
リルカとムゥダルもスチームバギーに乗り込むと、追手を警戒しながら南下して東に広がるミーエイア大森林から国境を抜けて、隣国ブスダニアに入る。
「ナファニスへの対抗策はあるのか」
「シドラルで待つ部下が全て整えてくれている。もう分かってるだろうが、魔術に対抗するためにはベネンダル鉱石が必要になる」
「魔石か」
「それだけじゃないさ」
ブスダニアに入ると悪天候に見舞われたものの、五時間かけて走り抜けた先のシドラルが見える頃には雨も上がり、晴れ間が広がる。
「詳しくは飛翔艇に乗り込んでから話す。これまでろくに休憩も取っていないが、二人とも大丈夫か」
「父さんこそ、歳なんだから」
「剣聖の再来にそんなことが言えるのはお前くらいだろうな」
ムゥダルは父を労う娘の姿に苦笑して、指示された屋敷の前でスチームバギーを停車させた。
フォルサにはムゥダルの馴染みの娼館があり、そこの倉庫に旧式ではあるがスチームバギーが保管してあるからだ。
「俺の娘をこんないかがわしい場所に平然と連れてくるとは、なかなかいい度胸してるじゃないか、ムゥダル・イルダニア」
「父さん、ムゥダルは病気なんだよ。そっとしといてあげて」
「おいなんなんだよ。病気じゃねえし、ただの女好きだし、病気持ちでもねえよ!」
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マーベルはいつの間にかリルカの帯剣を奪って、ムゥダルの喉元にそれを突き付けている。
「バカこのクソオヤジ、目立つことをするんじゃない」
リルカは咄嗟にマーベルの頬に拳を叩き込むと、奪われた剣を取り返して腰元に戻す。
騒がしくやり取りをしながら、娼館の裏手に隠された車庫に入ると、長年放置されたスチームバギーの整備には少し時間が掛かる様子だとムゥダルが道具を探し始める。
「それにしても父さん、なんで私じゃなくてムゥダルに手紙を書いたの」
「お前が行動を共にしてるのを知ってたからに決まってるだろ。魔術が介在してるとなると、お前より彼の方が理解が早いからね」
マーベルは頬に手を当てながら、また喧嘩が強くなったのかとリルカの頭を愛しげに撫でる。
「そう、魔術だよ。どうしてそんな物騒な物を父さんが扱えるの。だって母さんは魔術で殺されたんじゃないの」
リルカが詰め寄ると、落ち着きなさいと抱き締めて優しく背中を撫で、なにを知ったんだとマーベルはリルカの顔を覗き込んだ。
「イドリースおじさんが教えてくれた。父さんは一人で母さんの事件を調べてたって。それに骸獣を操って使役する部隊だったから疑われた話も聞いた」
「そうか。イドリースが」
マーベルはもう一度愛しげにリルカの頭を撫でると、ムゥダルを振り返って障壁を展開するように呟く。
「北から一人、西には二人かな。少し距離はあるが、様子を伺うように連携を取ってるやつらが居る。機械に余裕があるなら障壁を」
「さっき林道に仕掛けたから容易に近付いて来れないんだろ。二重で張れってことでいいんだな」
「ああ。これから話すことに関わるからね」
ムゥダルは静かに頷くと小さな球体を取り出して、カチッと音が鳴るまでそれを捻る。
初めて見る機械に興味津々のリルカとは対照的に、ムゥダルはそれを投げてリルカに手渡すと、工具を持ったままバギーの下に潜り込む。
「それでマーベル、あんたの話ってのは」
口元の動きを読ませない意図もあるのか、ムゥダルは構わずにバギーの下に潜ったまま話を続け、工具を使って整備の手を進める。
「もう知っているだろうが、アチューダリアの地下はベネンダルの鉱脈だ。それゆえ魔素の一部とされる煙毒を除去する研究が進み、俺もそれに携わっていた」
「煙毒が魔素の一部」
「なるほど、だからあんたは骸獣を使役する部隊を指揮してた訳だ」
「ああ。煙毒に充てられた骸獣から魔素を除去するのはそう難しくない。だから殺さずに骸獣化を強制的に解除することが俺の部隊の任務だ」
マーベルはしかし僅かに舌打ちすると、冷静さを取り戻すためかリルカを見つめて愛しげに髪や頬を撫でてから、大きく息を吐いて話を続ける。
「だがそれは自然の摂理、女神の思し召しに反することだと一部が騒ぎ始めた。その結果迎えたのがクレアの死だ」
リルカは堪らずマーベルの胸に飛び込み、息を殺して肩を震わせる。
「つまり最初から〈ユティシアル聖教会〉はあんたと対立してたのか」
「いいや、他と違って寛容な教えだからね。剣聖アレガルド・ルセメットを神格化する土地で信仰が変容したんだろう。敬虔な信者であっても排他的な方が少数だ」
「なのにクレアは殺された。しかも魔術で」
「ああ。〈ユティシアル聖教会〉教皇ダニエキリル・ツェルナーの養子、ナファニスの手でね」
「教皇の養子? だとしたら聖教会でも要職に就いてるんじゃないのか。でもナファニス・ツェルナーなんて聞いたことがない」
ムゥダルはバギーの下から姿を現すと、油に塗れた手を拭いながら、どういうことだとマーベルに目線を向ける。
「当たり前だ。敬虔な信徒の顔をしてリンドルナ中を巡り、教えを説く顔のない宣教師とでも言うべきか。表向きはな」
「まさか」
リルカが頬を濡らしたまま顔を上げると、マーベルはその涙を指で拭いながら小さく頷く。
「狂信者を煽動して異端者を粛清する殺人鬼だよ。咎人狩りを始めた張本人という訳だ」
「教皇の養子とはいえ、ただの宣教師がなんでそこまで支持されるんだよ」
「彼が持つ女神の贈り物、紅蓮に輝くカージナルレッドの髪に、飾りではない飛ぶための翼、そして魔術という太古の昔に女神が人に与えた知恵」
マーベルは一度言葉を区切ると、信仰は時として人を盲目にさせると目を眇める。
「人に限りなく近く異質な存在、ナファニスは天上の獣人化した翼人の末裔だ。伝承が具現化された姿を見た信者はどう感じるだろうね」
「救世主……」
リルカがボソリと呟くと、マーベルはその背中を撫でてムゥダルを見る。
「或いはそう捉えたからこそ、咎人狩りは狂信者の中に浸透していった」
「マジかよ。翼人だって咎人の象徴じゃねえのかよ。翼人は虐げられてきたじゃねえか」
「堕ちた翼人は、ね。邪道か王道かは問題じゃない。ナファニスが形ばかりの翼じゃなく、空を飛ぶことが出来る翼を持っていることに意味がある。選ばれし者としてね」
「そんなの間違ってる」
「そうだな。さて整備が整ったなら、東の国境から隣国ブスダニアに入って、シドラルの街に向かおう。そこで飛翔艇が手に入る」
スチームバギーの狭い後部座席に乗り込むと、マーベルは信頼できる部下が居ると短く告げる。
「飛翔艇って、まさかエイダーガルナに行くの」
「ナファニスは皇帝イジュナル・ブランフィッシュの命を狙っている。聞きたいことは山ほどあるが、リルカはそれはなんとしても止めたいだろ」
マーベルの含んだ言い方と少し拗ねたような表情は、ふざけているようにも見えるが実に真剣だ。
「そうだね、止めなくちゃ」
「決まりだな」
リルカとムゥダルもスチームバギーに乗り込むと、追手を警戒しながら南下して東に広がるミーエイア大森林から国境を抜けて、隣国ブスダニアに入る。
「ナファニスへの対抗策はあるのか」
「シドラルで待つ部下が全て整えてくれている。もう分かってるだろうが、魔術に対抗するためにはベネンダル鉱石が必要になる」
「魔石か」
「それだけじゃないさ」
ブスダニアに入ると悪天候に見舞われたものの、五時間かけて走り抜けた先のシドラルが見える頃には雨も上がり、晴れ間が広がる。
「詳しくは飛翔艇に乗り込んでから話す。これまでろくに休憩も取っていないが、二人とも大丈夫か」
「父さんこそ、歳なんだから」
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