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(40)父との再会

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 ムゥダルと共にアチューダリアに帰国したリルカは、まずは当初の予定通り王都マスケスに向かうと、〈ブリランテ〉を訪れてギレルやその両親と再会を果たした。

「なに泣いてんのギレル」

「だって、もう死ぬまで会えないんだと思ってたからぁあ」

「大袈裟なんだよ」

「リルカ、なんだか言葉遣いが変だよ。それに髪はどうしたんだい」

「細かいことは気にしないの。それより早く泣き止んでよ。あんたいつまで泣くのよ」

「だって、会えるなんて、本当に、思ってなかったからぁああ」

「しつこいってば」

 リルカがギレルの熱烈な歓迎を受ける隣で、ムゥダルは可笑しそうに肩を揺らしながらアーデを呷る。

 〈ブリランテ〉はいつも通り盛況で、全ての食卓が客で埋まり賑わいを見せていた。

 だがそれも閉店の二十八時を迎えると嘘のように静まり返り、ようやく手が空いたギレルの両親からマーベルについての話を聞くことが出来た。

「二節ほど前だったかな。リルカの家に行った時に、机の上にこんな物が置いてあったんだよ」

 ギレルの母ミアンナが差し出した物を見て、ムゥダルとリルカは僅かに目を合わせる。

「おばさん、家の様子っていつも見に行ってくれてるの」

「いつもってほどじゃないけど、だいたい三日おきに、昼過ぎから夕方辺りの手の空いた時間に見に行くようにしてるよ」

「なるほど。その前までなかったから気になったのか」

「片付けまではしないけど、埃を払うくらいはしてるからね。最初からあったら気にも留めなかったと思うんだけど。悪いね、不確かな記憶で」

「大丈夫よおばさん。ありがとう」

 ミアンナが差し出したのは、複雑な紋様が刻まれた透明の石と、宛名もなにもない封のされた手紙だ。

 ムゥダルは目線でリルカに移動すると伝えると、リルカも僅かに視線を動かして了解の合図を送る。

「しっかしどうも、まだ旅の疲れが取れてねえんだよ。急で悪いけど今夜部屋は空いてるか」

 ムゥダルが肩を回しながら凝りをほぐすようなそぶりを見せると、リルカもあくびを噛み殺すように口元に手を当てる。

「なんだい、うちに泊まるのかい。そりゃもちろん部屋は用意できるけど」

「せっかく帰ってきたんだから、リルカだって家の方が寛げるんじゃないのか」

「なにも用意がないから、朝市に行くのも面倒だし。朝はおじさんのご飯しっかり食べたい」

「どのみち明日からは家で過ごすからな。今日くらい客扱いで休ませてくれ」

 リルカとムゥダルが調子を合わせると、夫妻は仕方ないと笑い、ギレルだけは気まずそうな顔をしていた。

 部屋まで荷物運びを手伝うと言って聞かないギレルを伴って移動すると、二人部屋に入った瞬間にギレルがまた泣き出した。

「リルカぁああ、ムゥダルさんと本当に恋仲になっちゃったの」

「なんで泣いてんの」

「ムゥダルさん! リルカは俺の大切な姉なんですよ。いい加減な扱いをするなら許しませんよ」

「ああ、そういうことか」

「ギレル、あんたはいつになったら姉離れ出来るの。鬱陶しいわよ」

「酷いよリルカ」

「ギレル、まあそういうことだから諦めろ。荷物ご苦労さん。こっからは大人の時間だから邪魔しないでくれよ」

 ムゥダルが揶揄うようにリルカの肩を抱くと、ギレルは泣きじゃくったまま、部屋を飛び出して廊下を走り抜けていった。

「ちょっとムゥダル」

「仕方ねえだろ。ありゃお前に惚れてるが、お前には俺が居るんだから」

「ギレルのはそういうのじゃなくて、姉が取られたのが寂しいだけだと思うけど。ていうか俺が居るってなに」

 リルカが面白がるムゥダルを睨むと、意に介さずムゥダルはリルカの首筋に顔を埋める。

「ギレルの坊やが騒いだせいで、二、三扉を開けてこちらを見てる奴が居る。どこに目や耳があるか分かんねえんだから、お前も気を抜くな」

 そこまで言い切ると、ムゥダルはリルカを抱き寄せるようにしてようやく扉を閉めた。

 眼前に迫ったムゥダルの顔を見上げながら、歳を取ったらムゥダルはベイルのようになりそうだなと、リルカはくだらないことを考える。

「なんだよそんなに熱っぽい目で見て。ようやく俺の魅力に気付いたか」

「いや、全然。やっぱりベイルさんと親子なんだなと思って」

「お前本当に動じなくなったよな。お兄さんは悲しい。悲しくて仕方ない」

 ムゥダルは泣き真似をしながら寝台に寝そべると、揶揄い甲斐がないとつまらなさそうに口を尖らせる。

「それより、さっきの話をするために部屋取ったんじゃないの」

 寝そべって脚をバタバタさせるムゥダルの尻を叩くと、ミアンナがリルカの自宅から持ち出した石と手紙を荷物から取り出して、隣の寝台に腰を下ろす。

機械マキナは問題なく作動するんだよね」

「ああ、障壁か。使えるぞ」

 ムゥダルの返答を確認すると、リルカは用意した小箱を操作して部屋を障壁で遮断する。

「ねえ、これって〈オーチャル〉の時に回収されたユグシアル鉱石に似てるよね」

「似てるんじゃねえ、ユグシアル鉱石そのものだ」

「でもユグシアル鉱石なのに色がない。たしか魔素が濃いほど紫が強いんだよね、これは無色だよ」

「これは枯渇した状態だ。魔素を使い切って空になってる。水瓶に貯め込んだ水も全部使えばなくなるだろ」

「つまりユグシアル鉱石は、あくまでも魔素を溜め込むための入れ物ってこと」

「少し違うが、まあそう思っとけば間違いない。俺の子分は物分かりが良くて助かるよ」

 ムゥダルは早速ユグシアル鉱石を観察しながら、刻まれた紋様を手帳に書き込んで写し始め、リルカに手紙を開封してみろとチラリと視線を向ける。

 宛名はなく、差出人が分かる封蝋印もない。

「ムゥダル……」

「なんだよ、聞いてるぞ。障壁張ってんだから声に出して構わねえぞ」

「違うのムゥダル。この手紙、ムゥダル宛てなんだよ」

「どういうことだ」

 ムゥダルは身を起こすと、リルカの手から手紙を受け取ってその中身に目を通す。
 リルカには見覚えのない文字の羅列が並ぶ暗号のような手紙に、ムゥダルは焦った様子で目を走らせて顔を上げる。

「どうやらお前の親父は、マスケスのマグラッシュ大聖堂の地下に投獄されてる」

「マグラッシュ大聖堂って、父さんは〈ユティシアル聖教会〉に捕まったってこと? そもそも、その手紙信用できるの」

 リルカがムゥダルの顔を覗き込むと、信用するしかないだろうとムゥダルは手紙をリルカに突き付ける。

「これを書いたのはマーベル本人だ。そしてこのユグシアル鉱石の魔素が枯渇してるのは、座標を特定した転移術の応用で、マーベルが手紙を出した副産物だ」

「父さんが魔術を」

「その確認は後だ。すぐ出るぞ」

「今から行くの」

「手紙を回収してから二節以上経ってる。今もマグラッシュ大聖堂の地下に居るとは限らない」

 ムゥダルに急かされて装備を整えた上から外套を羽織ると、窓から外に出て一度屋根に上がり、いくつか建物を移動して外階段から裏通りに出る。

 手紙の記載に従ってマグラッシュ大聖堂の裏手に回り、涸れ井戸の一つから大聖堂の内部に通じる狭い通路を警戒して進む。

 そして視界が開けると、辿り着いた先に鎖に繋がれたマーベルの姿があった。

「来たなリルカ。そしてムゥダル・イルダニア」
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