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(25)深く刻まれたトラウマ

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 啄むだけのキスは、重ね合わせる度に深さを増していき、潤んだ感触が何度もリルカの唇を這うと、つぐんだ唇を割ってそのまま歯列をなぞり、更にその奥へと潜り込んでいく。

「んふっ」

 初めての感覚にリルカが甘い息を漏らすと、ルーシャの舌がリルカの舌を捉え、口腔内を舐るように緩やかに蠢く。

 くちゅりと空気を含んだ水音が響くと、リルカは羞恥で逃げ出したい気持ちになるが、ルーシャの手に顎を捉えられて顔を背けることも出来ずに貪られる。

 互いの唾液が混ざり合い、鈍く泡立つ水音が身体の中から響いて、リルカは言いようのない甘い痺れを感じながら、懸命にルーシャの舌の動きを追うと、その背中に腕を回す。 

「ねえ、まさかと思うけど、ムゥダルとキスしたことがあるのかしら」

「な、ないですよ。なんでですか」

「じゃあ、故郷に恋人が居たのかしら」

 嫉妬が滲む眼差しに、リルカの方こそ嫉妬が込み上げて顔を背ける。

「そんなの居ませんよ。ルーシャさんの方こそ、大人ですもんね。私みたいな小娘相手じゃ、さぞかし物足りないでしょうね」

「リルカ……違うのよ、ごめんなさい。機嫌を直してちょうだい」

 そっぽを向いたリルカの頬を撫で、自分の方を向かせると、ルーシャは真っ直ぐにリルカを見つめて改めて優しく頬を撫でる。

「アナタはこんなに可愛いんですもの、誰かにそんな蕩けた顔を見せたんじゃないかと思うと、どうしてもイライラしちゃうのよ」

「そんなの私だって同じです」

「アタシ言ったわよね。誰かを特別に思うのも、触れたいと思うのもリルカが初めてだって」

「でも、男の人は好きとか関係なく、その……誘われたらこういうことも出来るし、娼館とかにも行くんじゃないんですか」

「リルカ、それは偏った一部の特殊な例だわ。アナタちょっとムゥダルに毒され過ぎよ。本当にあの歩くイチモツはロクでもないわね」

「だってムゥダルだけじゃないですよ。ギィタスもアーサーもジュダルだって、男所帯じゃその、色々と発散出来ないからって。私も何度か娼館に誘われましたし」

「アイツら……」

 腹の底から湧き上がるような低い声を出すと、ルーシャはリルカの手を両手で包むように握って、よく聞いて欲しいと話を続ける。

「確かに男の中には、好きって感情とは別にそういうことをしたくなるヤツも居るわ。でもアタシは違うの」

「でもルーシャさんは素敵だし、そう言われても私、不安です」

「そうね、好きって言葉だけじゃ足りないかも知れないわね。でもね、リルカはきっと優しいから、アナタが傷付くのがイヤなのよ。だからこの話をするかどうするべきか迷ってるの」

「どういうことですか」

「今からする話を聞いた後、アナタは恋情じゃなくてアタシに同情の目を向けるわ。それが怖いのよ」

「ルーシャさん……」

 肩を落として俯いてしまった様子に、以前親を殺されたと言っていたことと関係してるのだろうかと、掛ける言葉に迷う。

 そして言葉を掛ける代わりにルーシャの背中を撫でようとして、リルカの手は躊躇ったように空を切る。

 一見すると双翼を広げ、海原から天に向かって飛翔する古代竜が描かれているが、手が止まったのはその背中を近くで見ると、焼け爛れて引き攣れた痕や、抉れたような痕が見えたからだ。

「一人で、抱えないでくれませんか」

 リルカは膝の上でギュッと手を握ると、震える声を絞り出した。

「リルカ」

「私は貴方に私を知って欲しいし、理解して受け止めて欲しい。それと同じくらいの貴方を知りたいし、理解したい」

「ああ、背中を見たのね」

「ルーシャさんを知りたいです。ごめんなさい、きっと辛いことなのに聞きたがってしまって」

「イイのよ。そうよね、アタシだってリルカのことを知っていきたいもの。ただ、アタシは平気だけどアナタにとっては辛いと思うの。それでも聞いてくれるかしら」

「はい。話してください」

 頷いたリルカを見つめて手を引くと、寝台の枕元に並んで腰掛け、ルーシャはリルカを抱き寄せて壁に持たれる。

「うちは母一人子一人でね、幼い頃は山深い森の中で、アタシは母と二人でひっそり暮らしてたの。貧しいけれど母は愛情深い人でね、苦労はあったけど毎日幸せだった」

 リルカは相槌を打たず、話の続きを待つようにルーシャを見つめる。

「だけどね、ある日骸獣フリークを操る野盗が現れて、母はアタシの目の前で殺されたの」

 ルーシャはそこで言葉を切ると、まだ話しても構わないかとリルカの顔を覗き込む。リルカは黙って頷いてルーシャの手をしっかりと握る。

「ちょっとその殺され方が異常でね、母は骸獣フリークに襲われた後、アタシの目の前で辱められて、何度も剣を突き立てられて絶命したの。最期にアタシの手を必死に掴んでね」

「もしかして背中はその時に」

「ええ。いたぶるために焼かれたわ。アタシその時に死んだと思ったんだけど、ベイルが拾ってくれてね。衝撃が強過ぎたからか幼い頃は記憶も失ってたの」

 リルカは泣きそうになるのを必死に堪え、ルーシャの手を握り締める手に力を込める。

「〈レヴィアタン〉での生活に慣れた頃、アタシの体に起こった異変が切っ掛けで、アタシは記憶を取り戻したの。そして母を殺した相手を調べるうち、意図的に殺されたことが分かったわ」

 ルーシャの表情に苦悩は浮かんでいないが、焦点の合わない視線は遠い昔を見つめているようだった。

「母を手籠にした男が、母を殺せとあの日の骸獣フリーク使いを寄越したの。母は翼人で、その血を引いたアタシにも翼が生えたわ。復讐を決めたアタシは背中の翼をもいで、アタシの命を繋いでくれたレヴィアタンのタトゥを入れた」

「だから火傷以外に抉れたような痕があるんですね」
「あら、それも気付いてたのね」

 ルーシャはすっかり乾いた髪に触れ、この髪は翼人特有のものなのだと呟いた。

「翼人は大陸を地に落とした咎人の象徴よ。女神ユレイシアを唯一神とするリンドルナじゃ、翼人は最も愚かで罪深い存在。だからこの髪は忌み嫌われる不吉な色なの」

「とっても綺麗。私は大好きですよ」
「ふふ、ありがとう」

 ルーシャは握った手を持ち上げてそこに口付けると、話が逸れたわねと苦笑して小さく息を吐いた。

「母の死があって、その凄惨な場面が目に焼き付いてしまったから、アタシは男である自分を受け入れられなくなったの。だから女性を守りこそしても、触れるなんて以ての外だったわ」

「だったらどうして私を?」

「どうしてかしらね。男の子として出会ったからかしら。それに圧倒的な戦いぶりを目の当たりにして、守ってあげたいって気持ちを抱かなくて済む相手だからかも知れないわね」

「女だって分かってもですか」

「不思議よね。もちろん怖い気持ちもあるのよ、母を犯した男となにが違うのかって。だけど愛しくて触れてしまうってことがどういうことなのか、リルカを見てると考えなくても感じるの」

「私やっぱりルーシャさんが好きです」

「あら、ありがとう」

「だから……無理ならやめても良いから、貴方の手で私を女にしてください」
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