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(14)翼人の末裔

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 ごうごうと炎が燃え上がり、優しい母との思い出が焼き尽くされていく。

 血塗れの指先が土を抉るように引っ掻いて、力の限り伸ばされた手が幼い指先に触れた気がしたが、ぬるりとした生温かさだけが記憶に絡み付く。

「っ!」

 薄暗い部屋の寝台で夢と現実が交錯し、体を起こして見つめる手のひらを数度握り直すと、ようやく悪夢から逃れたのだと悟り、背中をじっとりと濡らす汗を不快に感じて吐き捨てる。

「忌々しいわね……」

 久々に夢で見た光景を振り払うように、ルーシャは首を振る。

 思い出したくも無いその光景は、今でも記憶にこびり付いてルーシャを解放してくれない。

 父親を知らずに育った幼少期、母と二人で森の奥深く、人里離れた小屋とも呼べない粗末な家に住み、それでも母は愛情深く、毎日生きるのに必死ではあったがそれなりに幸せだった。

 その日はいつものように水汲みをして、小屋の脇に据えた水瓶に汲んできた水を注ぎ入れ、心配して中からそれを見守る母と何気ない会話をしていた。

 しかし突如として辺りに闇が広がり、風に揺れる木立のざわめきが焦燥感を掻き立てる。

 気が付くと、黒い外套を頭まですっぽりと被った男が現れて、その人影がなにかを呟いた途端、辺りに煙毒ポイズが溢れ出してみるみるうちに骸獣フリークが集まって来た。

『母さん!中にっ』

 幼いルーシャの声は骸獣フリークの咆哮に掻き消され、襲い来る骸獣フリークに母もろとも引き摺られ、吹き飛ばされる。

 狩りを楽しむように時間を掛けて嬲られ、どれくらいの間そうされていたのかは分からないが、視界は血で赤く染まり、目の前の母の様子すらはっきりとは見えない。

『…………』

 声を上げて叫ぼうにも喉元を噛み切られ、ひゅうひゅうと空気が抜ける音だけが鼓膜に響く。

 黒い外套を頭まですっぽりと被った男が、またなにか得体の知れない言葉を呟くと、あれほど居た骸獣フリークが霧散して姿を消した。

 一体なにが起こっているのか分からなかった。

 そしてその男は家に火を放つと、母の髪を毟るように掴んで美しい顔を確認し、あろうことかルーシャの目の前で瀕死の母を犯して蹂躙し始めた。

『…………』

 発狂する声は声にならず、力なく漏れる息になってその場に溶けるように消えていく。

 血の滲む視界の端に映った男は、幼いルーシャに向かってニヤリと口元を歪めて白い歯を見せ、母を犯し終えるとその体に何度も刃を突き立て、母の断末魔の声が辺りに響く。

 ボロボロになった母が最後の力を振り絞って伸ばした手を掴んだ時、ルーシャは燃え上がる廃材を背中に押し当てられ、背中が焦げる匂いを嗅ぎながら痛めつけられて意識を失った。

『……坊主、なんとか生きてたな』

 次に意識を取り戻した時、目の前の男は優しげに微笑むとベイルと名乗り、血塗れで一人倒れていたお前を拾ったのだと言った。

 この時ルーシャは凄惨な事件の記憶が曖昧で、自分が何者かすら分かっていなかった。

 それからベイルや彼の仲間たちと一緒に、飛翔艇で空を飛び回る生活をするようになると、記憶は戻らないが、声を出すことも出来るようになり、ルーシャに笑顔が見られるようになった。

 しかししばらくしたある夜、ルーシャが酷くうなされ高熱を出すと、痛めつけられた惨たらしい背中が疼き、その皮膚を突き破るように翼が生えて来た。

『お前、翼人の生き残りか』

 ベイルは驚いた様子を見せたが、ルーシャを酷く扱うようなことはしなかった。

 貧弱で華奢だったルーシャは、思春期を迎えて翼が生えたことで、燻んだ色の頭髪は翼人特有の華やかな赤い髪に変化した。

 そしてある日、仲間たちの噂話を耳にする。

『そういえば古代遺跡レリーク近くで、惨殺された翼人の女がいたな』

 ルーシャの中でなにかが膨れ上がり、それが弾けるように様々な記憶が蘇って来る。そうだ、母はあの日やって来た骸獣フリーク使いの男に陵辱されて殺されたのだと。

『ヤツを探してぶっ殺してやりたい』

 ルーシャはベイルの力を借りてその惨殺された翼人について調べ始める。しかし調べを進めると、思わぬところに行き着いた。

 浮遊大陸の使者であった母らしき女性が、時の皇帝ネクロミスの目に留まり、しかし奴隷のように扱われて慰み者にされ、その果てに子どもを孕ったと。

『そんな……』

 命からがら皇帝の手の内から逃げ出したことで、その事実を子どもの命もろとも消すために、母はあんな辱めを受けて始末されたのだと知った。

『そんなくだらないことで』

 湧き上がる怒りは火山のように燃え上がり、狂気に支配されたルーシャは背中に生えた翼をもぎ、このことを死ぬまで忘れぬようにと、自分を救い受け入れてくれた仲間を示す、古代竜レヴィアタンのタトゥを背中に刻んだ。

 そしてルーシャは年月を掛けて剣技や体術の技を磨き、万全の体制を整えると、計画通り単身で皇宮に忍び込み、迫り来る何百もの敵を全て血飛沫を上げて薙ぎ払った。

 狩ったばかりの生首を二つほど引っ提げて、血塗れの姿で押し入った隠し部屋で恐怖に失禁する皇帝ネクロミスに対峙すると、並べ立てる言い訳が止まる前にその首をねた。

「……どうりで夢見が悪いワケね。そんなところで、なにをしてるの」

 艇室の窓に向かってルーシャが声を掛けると、影が入り込むように人影が現れた。

「なにしてるのとは、また冗談が上手くなったな」
「アンタこそ、随分とふざけた口利くじゃない」

 すっかり調子を取り戻した様子でルーシャは鼻を鳴らす。

「どうやら楽しく遊んでるみたいだな」

「遊んでるワケじゃないんだけどね。これが本来のアタシだもの」

 寝台から起き上がると、現れた人影に背を向けたままランプを灯し、ルーシャは無防備な姿で身支度を整える。

「確かにどちらもお前だが、こちらと違ってあちらは替えが利かない」

「あら、こっちだって替えは利かないわよ」

「お前と言葉遊びをするつもりはない。支度は出来たのか」

 暗闇から二歩ほど移動すると、開け放たれた窓から吹き込む夜風がダークチェリーの髪を揺らし、ヌセの明かりに照らし出された男の顔が真剣な眼差しでルーシャを射抜く。

「本心だからな、元より言葉遊びをしてるつもりはない」

 ルーシャはアッシュグレイの髪を後ろで一つに縛ると、はらりと落ちた髪が美しい相貌を撫でるように頬を覆い隠す。

「持ち込まれた死骸から、やはり一定量の魔素が検出された。お前が探しているヤツが背後に居る可能性は高い」

「魔術か、そんなものが実際にあるとはな」

「お前も承知している通り、古来より存在する魔素は枯れることがない。あくまでも使い方を理解したヤツが居ると言うことだ」

「意図的に尻尾を掴まされたか、或いは……」

 身支度を終えると黒地に赤と銀の刺繍が施された軍服に身を包み、踵まで垂れたマントが飜る。

 そこにはもうルーシャの姿はなく、血塗られた皇帝イジュナル・ブランフィッシュの姿があった。
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