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26.何気ない大切な時間③

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(私、本当にこの人よりも夢の方を優先したいのかな)
 確かに今でも自分のワインバーを持つのは夢だけど、こうして慶弥さんと過ごす時間も有限だと思うと、堪らなく愛おしくて大切なものだと思う。
 それに子どものことも、実際に欲しいと思ってもすぐに授かるかどうか分からない。こんなに素敵な恋人がいるのに、夢がどうだとか拘ってる場合だろうか。
「ねえ瑞穂。スモークチーズ買ったらダメ?」
「別にいいよ。メモにないからダメなんて言わないよ」
「やった」
 ニッコリ笑う慶弥さんに、はしゃぎすぎだと苦笑する。
(だって、こんなにも些細なことが楽しくて愛しくて仕方ない)
「子どもみたいだよ」
 慶弥さんに前髪がピンで留まったままだと教えてあげると、急に恥ずかしそうに顔を赤くして、消えたいと小さな声で呟く姿が堪らなく可愛い。
「早く教えてよ」
「気付いてると思ってたから」
 そんなやり取りをしながら買い物を終えると、思ったよりもたくさん買い込んだ荷物を積んで車に乗り込んだ。
 帰り道はすっかり暗くなっていて、陽が落ちるのが早くなったなんて話をしつつ、社員寮に戻ってから私が料理してる間に慶弥さんにはお風呂に入ってもらい、早速夕飯の支度に取り掛かる。
 慶弥さんのリクエストに応えて魚料理を一品、安売りしてた塩鯖を塩抜きして唐揚げにしてから、炒めた野菜と一緒に特製の甘酢だれに漬け込む。
 多分それだけでは足りないだろうから、もう一品かぼちゃのそぼろ煮も作る。
 慶弥さんの味の好みがまだいまいち分からないので、とりあえず今日のところはお酒が進むように少しだけ濃い味付けにしてみた。
 そして小松菜と厚揚げで和え物を作ると、ちょうどいい頃合いでご飯が炊けて、慶弥さんもお風呂から上がってきた。
「ご飯出来てるよ」
「いい匂いだね。瑞穂もお風呂入ってくるよね?」
「うん。先に済ませてくる」
「分かった。もしかしたら電話してるかもしれない、ごめんね」
「いいよ。じゃあちょっとお風呂入ってくるね」
 慶弥さんと入れ替わるようにお風呂を済ませると、上がったタイミングで、やっぱり慶弥さんは電話をしていた。
 そっと近付いてお風呂から上がったことを知らせると、すぐにキッチンに引き返して料理を温め直し、少し味見した鯖の南蛮漬けが、いい感じに味が染みて美味しくなっている。
「うん。美味しい」
 炊き上がったご飯をさっくり混ぜて、いつでも盛り付けられるようスタンバイすると、ようやく電話が終わったらしい慶弥さんが寝室から顔を出した。
「ごめんね瑞穂、お待たせ。念の為にタブレット持ってきてて正解だった」
「お疲れ様。すぐ用意出来るけど、どうする?」
「食べるよ。俺も手伝うよ」
「じゃあご飯よそってくれるかな。ごめんね、食器が少ないから丼鉢になるけど」
「構わないよ。じゃあ俺がやるね」
 狭いキッチンに二人で並んで食事の用意をすると、冷やしておいたビールも出して、段ボールが積まれたリビングでようやく乾杯する。
「はい乾杯、いただきます!」
「乾杯。いただきます」
 缶ビールのまま乾杯すると、やっとゆっくりしてテレビを見ながらたわいない話をしつつ夕食を楽しんだ。
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