殉剣の焔

みゃー

文字の大きさ
上 下
99 / 176

薬酒

しおりを挟む
春陽が定吉の体を拭くと言い出して、定吉は、呆れの入り混じった声を出した。

「はぁ?なんでお前がするんだ?使用人がいるだろう?」

「おなごはダメだ、その…お前だからとか言うんじゃ無くて、普通の男女なら、その…何と言うか…拭く間に何かあってはいけないから…」

春陽は、定吉から目を逸らせ、バツが悪そうにブツブツ呟いた。

確かに、定吉の身の回りの世話をしていたのは女性が多かったが、春陽のその言葉に、定吉は溜め息が出た。

「誰が、女じゃなきゃ嫌だと言った?男の使用人がいるだろう?」

「とっ、兎に角、男でいいなら私がやる!」

「ちょ…おい!」

定吉は、有無を言わさず掛け布団を剥がれ、仰向けで寝たまま寝間着の小袖の前をはだけさせられ、褌が露出する。

春陽とは対極の、筋肉の付いた浅黒い漢らしい身体があらわになる。

春陽は全然平気な様だったが、春陽の中にいる優の方が照れてアセアセとする。

それ位定吉の肉体美は、優から見ても完璧で目の遣り場に本当に困る。

そして春陽は、お湯に手拭いを浸し絞り熱くないか確認して、まず定吉の額に丁寧に置いた。

「どうだ?」

じんわりと温かさが沁みわたり、定吉は大きく息をつき言った。

「ああ…いい…」

春陽の持つ手拭いがゆっくり定吉の顔全体を優しく拭く。

まるで、赤子に対しての手つきの様に。

「どうだ?…」

「ああ…いい…いい…気持ちいい…」

やがて、首に降りていく。

「もっと、強く擦らなくてもいいか?」

春陽が、囁くように尋ねた。

「いや…いい…それがいい…」

手拭いが再び湯に戻し絞られ、今度はケガをしていない肩の方に置かれた。

「どうだこれは?」

「ああ…いい…いい…気持ち…い
い…」

定吉は、時にうっとり呟いたが…

何も見えていない状況でこれを第三者が聞いたら、何か変な誤解をしそうな声色だった。

そこに突然、部屋の入口の襖が物凄い勢いで開いた。

ハッとして春陽と定吉がそちらを見ると、朝霧と春頼が仁王立ちで目を眇めて二人を見ていた。

「ん?どうした?貴継、春頼」

キョトンとして春陽が幼馴染みと弟を見上げると…

二人は厳しい表情でズカズカ入って来て、朝霧が立ったまま座っていた春陽の腕を強く掴んだ。

「どっ、どうした?貴継!」

「ハル…これは、お前がやる事じゃ無い…」

朝霧の声も、険しく棘々しかった。

「えっ、でも、みんな祭りの準備で忙しいから…」

「ハル…こういう事はちゃんと使用人に任せるんだ…」

そう言った朝霧の春陽に向けた視線は否を言わせなかったが、春陽を心配している優しさがあるのも充分分かった。

更に、ふと横を見ると、春頼も同じように兄を見ている。

そして、朝霧、春頼は、次に定吉を又目を眇め見た。

定吉の方は、それに対して全く平然としてはいたが…

なんだか、春陽を挟み妙な雰囲気になり…

「あっ…分かった…誰かに頼む…」

これ以上余り幼馴染と弟に心配をかけられず、仕方無く定吉の寝間着を整え、春陽はそう言いおずおずと立ち上がった。

しかし、頼まれ物もあったので、さっき一緒に持って来た、盆に載せた壺と盃を定吉の前に出し言った。

「この近くの永蓮寺の御住職がさっき来ていて、以前お前に寺で会ったとかで、見舞いに傷の治りにいいらしい薬酒を渡して欲しいと頼まれた。この三河の地で採れた薬草を漬けた酒らしい。それに…もし、ケガが良くなり行く所がないなら、寺に来て住まないかと言ってくれと言われた」

「えっ?!…ああ…あの和尚が?」

定吉は、たった一度、それもほんの少ししか言葉を交わさなかったはずなのにと疑問に思った。

春陽は、じっと定吉を見た。

定吉は、ほんの少し春陽の顔を無言で見詰めて何か考えたようだったが…

そのまま春陽の目を見て、キッパリと返した。

「悪いが俺は、誰かの仕事を一時受け負いはするが、長期に誰かの下で働いたり仕えるのは一生涯まっぴらごめんだ。それが、例え…お偉い誰だろうがな…」

以外な答えに、優はかなりショックを受ける。

てっきりこれから定吉は、春陽と一緒に行動してくれるはずだと思い込んでいたから。

だが、春陽は、クスっと笑って言った。

「分かった。そう伝えておく。でもお前なら、きっとそんな感じの事を言うんじゃないかと思ってたよ…」

定吉は、一瞬ハッとして横たわったまま春陽を見たが…

春陽は、ゆっくり朝霧達と座敷を出て障子を半分締めた。

そして、顔半分だけ定吉に見えた状態で微笑み、去り際の言葉も忘れなかった。

「薬酒だからと言って、あまり飲み過ぎるなよ…」



























































しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

帰宅

papiko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

処理中です...