殉剣の焔

みゃー

文字の大きさ
上 下
62 / 177

光る刃

しおりを挟む

小さな粗末な小屋に激しく打ち付ける雨は、一行に止む気配を見せない。

(朝霧さん…西宮さん…小寿郎…真矢さん…)

優は、心の中で何度も呼んだ。

そして、優と入れ替わってしまった春陽も、きっとこの同じ体の中で自分と同じように心を痛めている気がしていた。

「ハル!ハル!!!」

朝霧の引き裂くような声が、まだずっと耳に残っていて、何度も何度も…優に繰り返し聞こえてくる。

よく考えれば…

優は今まで、生まれ代わりか前世
のどちらかの朝霧が必ず傍にいて離れた事など無かった。

(朝霧さん…朝霧さん…朝霧さん…
朝霧さん…)

優は、膝を抱えたまま震えそうになるのを堪えた。

勿論、囲炉裏の火が暖かいから、理由は体の寒さからでは無かった。

それに…

(俺が、春陽さんと入れ替わってる事で、歴史が変わってる)

(これはヤバい…本当にヤバい事になってしまった…)

(俺がさっき、川にダイブしたみたいに何かしくじって、この春陽さんの体に何かあれば、それこそ、藍の望んだ通りになってしまう!)

(くっそー!くっそー!藍の奴!
藍の奴!)

優は、膝を抱えたまま、藍の凍るような絶世の美貌を思い出しながら丸まり、焦る気持ちを押し殺した。

定吉は、火が小さくならないよう番をしながら、ただ黙って時折枝木をくべる。

優は、定吉の出方を息を潜め探りながら、ただ紅い炎の方をじっと眺める。

そうしながら、さっきの覆面をした忍者のような着衣の定吉を思い出し、ふと思った。

(前世の定吉さんって…一体何者だろう?…)

(まさか、まさか…本当に忍者だったりして…まっ、まさかな…俺、漫画の見過ぎだよな…中二病か?…)

そして、定吉におんぶされてい
た、つい先程の時の事も回想した。

さっき優を背にする定吉から、アルコールの臭いがしていた。

優には不思議だった。

江戸時代の生まれ変わりの定吉は
あの豪胆な見かけで、酒が大嫌いで一滴も飲まないと言っていたから。

変われば変わるモノだが、以前居酒屋で見て、前世の定吉が相当酒好きで癖が悪そうなのが気になった。

この後、言い伝えが本当で何かの切っ掛けで共に行動する事になるなら、きっと春陽は心配するだろうと思った。

しかし、春陽の心配する言葉位
で、目の前の定吉が酒を控えたり辞めたりするなんてとても思えなかった。

これから春陽と上手くやっていくのだろうか?という心配も浮かんでくる。

そんな、色々な事を考えている
と…

突然、優は、鼻に妙な香りが入ってきて驚く。

あの、古道具屋で匂ったモノとは又違う甘い香り…

しかし、定吉の方は、そんな素振りを見せていない。

どうもそれは、囲炉裏の火、つまり、燃やしている枝や葉から出ているようだ。

甘くて、甘くて…

やがて優に急激に眠気が襲って来た。

こんな所で寝ちゃダメだ!

絶対、ダメだ…

そう自分に言い聞かせながらも、優は、急にパッタリと横に倒れ
た。

「おい?おい?どうした?!!」

慌てて定吉が立ち上がり優の側に行き、膝立ちし見下ろす。

「おいっ!どうした?どうしたんだ?!」

両目を閉じ返答無い優に、定吉
は、心は優の春陽の体を上半身抱き起こし、語気に焦りが入った。

「おいっ!」

定吉は、優を起こそうと、その左頬に手を置き揺さぶる。

「なに…か、甘い、匂い…する…眠たい…すっ…ごく、眠たい…」

「甘い、匂い?俺にはそんなモノしねえぞ!」

定吉は、自身の鼻をくんくんとしたが、本当に甘い臭いなど感じない。

「あそこ…燃やしてる所…あそこから、甘い匂い…する…」

優は、自分が閉じ込められている春陽の体の残る力で、僅かに瞼を開け、震える指で真っ直ぐ囲炉裏を指さした。

だが、又すぐ瞳は閉じ、優の意識は眠りの底に沈んでしまった。

「甘い匂いって…言ったって!」

本当に分からなくて、困惑しながら定吉が春陽の体を抱きながら首だけ後ろを暫く振り返った。

だが、その僅かな間に、春陽の体の方に変化があた。

やがて、怪訝そうに前を向いた定吉の目に、その変貌が映る。

春陽の体の頭には、いつの間にか人の中指程の二本角と、口には二本の牙がハッキリ生えていた。

定吉は、一瞬ハッとして目を見開いた。

だが、ただそれだけで、春陽の体の肩から上を、それ以上は驚きもせずじっと見た。

「やっぱり…お前、思った通り淫魔だったんだな…」

定吉はそう小さく呟くと、再び眠りに落ちた春陽の体の左頬に、無骨な手をそっと置く。

定吉は、淫魔を見たのは今日が初めてでは無い。

定吉自身は、淫魔では無い。

しかし、人間だが、身体能力が特別な異能集団の出身。

その集団の特徴上、幼い頃から、暗闇の中活動する事が多かった。

だから、漆黒の中に灯りも持た
ず、角と牙を隠さず蠢く美しい淫魔数人をほんの一度だけ、子供の頃その姿を見た事があった。

それにしても、何かは分からないが木枝や葉の中に、燃やせば人間には害が無くても、淫魔には催眠作用や覚醒作用などがあるモノが混ざっていたのだろうと定吉は推察した。

そして、これはきっと今後色々使えるネタで金にもなり、調べてみる価値があると思った。

しかし、定吉は、優しく優しく春陽の頬を撫でながら、定吉の唇を春陽の唇に近づけた。

そして、触れるか触れ無いかの距離まで来て、定吉は、尚撫でながら吐息混じりに、優しく愛の言葉を告げるように毒を吐いた。

「角と牙のあるお前のこの首を持って帰って売れば…俺は又暫くは面白おかしく遊んで暮らせる…その為に、ずっとお前を付けて来た…」

定吉に、まるで至宝のように頬を撫でられながら、美しい、あどけない寝顔を春陽は浮かべ…

優も、その春陽の中ですやすやと眠っている。

「好きなだけ酒を飲んで、うまい物を好きなだけ食って、どんないい女も何人でも…好きなだけ抱けるんだ…」

定吉は、二人の唇の距離が近いまま撫でていた片手で、袴の腰に携帯していた小太刀を鞘から抜い
た。

「悪いが、この俺の為に死んでもらうぜ…俺は、常に金の山に埋もれながら酒を浴びるように飲んで、肉を食らって、女のアソコにアレを突っ込んでねぇとどうにもならなくなって、すぐ…頭が…おかしくなりそうになるんだよ…」

定吉の独白は、やがて悲痛な色を帯びる。

「俺は…何の為に生きてるのか…分からなくなっちまって…狂っちまいそうになるんだよ…」

定吉は、良く手入れされた光る刃を、春陽の細い首筋に当てた。
















    
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...