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新月の夜

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「あ、の……わたし……」

 星明かりしかない夜の闇の中では、シスターの姿までは、ハッキリとは見えない。それでも、声が震えているのが分かる。ここに来るのにも、相当勇気を振り絞ったのだろう。

「手紙を、出すのは……正直悩んだ、んです。ヴェルナー様とリーゼロッテ様を、子供達を、街の人たちを助けて、くれたのは……間違いなく、ハエレ様の魔法があったから、なんです……。でも……」
「でも?」
「……」
「俺が魔族かもしれない、その疑念が拭えなかった、からですか?」

 俺の問いに、シスターは、肩をビクリと跳ねさせながらも、それでもコクリ頷く。

「初めて……ハエレ様を見た時……私の目には、魔族の象徴あるツノが見えたんです。御髪も今のような灰色ではなく、真っ赤な色合いで……」

 シスターは、俺の魔族の時が、やはり見えていたのか。
 瘴気が魔王様トゥルトが生みだしたものだから、影響したとか? それともシスター自体の、視る力が高いのとかだろうか。

「もちろん、すぐに私の見間違いだと思いました。ハエレ様に、ツノはございませんし、……魔族ならば、ありえない聖魔法を、それも高レベルのを、使われたのですから、……それに」
「……それに?」
「あの時、皆、突然倒れて行ったあの日、ハエレ様は、自分が身代わりになる様に、ヴェルナー様とリーゼロッテ様をお救い下さいました。あの時のハエレ様は、本当にこのまま助からないのではという位の、体調だったんです。あれが演技や嘘には、私は到底思えません」

 一呼吸付くと、シスターは話を続ける。

「その姿を見れば、魔族だなんて失礼だなと思うんです。実際、失礼とは思いますが……その、診療室に」
「あぁ、あの水晶?」
「っ……」

 机上に置かれていた青い光を発光していた水晶玉。
 中に刻まれている紋は、教会のシンボルマークでもあり、あの光がある場所は、相当に強力な結界を作る。
 もし、俺が魔族のままなら、間違いなく光は赤になっただろうし、水晶も耐え切れず壊れていたと思う。あの程度の水晶だと、魔族の俺を押さえ付ける事は、無理だからな。

「はい……失礼な事をしたと思っております。でも、それでも確認せずにはおれませんでした。……だから、分からない、分からないのです。証明する物でも、ハエレさんは魔族では無いと、そう、分かるのに……でも、どこかで、恐怖と警戒を感じてるのも事実なんです。ごめんなさい、ごめんなさい……」

 そこまで一気にシスターは口にすると、嗚咽を漏らす。
 俺が恐いからではなく、そう思ってしまう自分が許せないのだと、そう零しながら、ハラハラとシスターは涙を流した。
 謝る必要は全くないんだよな。

「いい事だと思いますよ。生き残るのであれば、そう言った勘や感覚は大切です。大事にしてください」
「で、ですが……」
「いえ、謝らないでいいんですよ。シスターのその感覚は、正しいとも言えるのですから」
「え……?」

 俺の言葉の意味が分からないのか、シスターは顔を上げる。
 さて、どう説明したものか……。

「先に伝えておきたいのですが、俺は何かしようとか、そんな気は一切ありません。そこをまず、信じて頂きたいのですが」
「……」

 ……難しいかな。
 何もしないとか、そんなの言葉だけだと、証拠にもならないし、安心出来るかと言われたら、そんな事ない。
 かと言って、俺自身今はもう魔族じゃないから、例えば安全のために、魔法陣の中にいてもらうとかしても、無意味だったりするし。
 どうしたらいいものかなと、思案に明け暮れていたら、シスターが、ゆっくり「分かりました」と。そう返事をくれた。

「ハエレ様を信じます」
「えっと……よろしいのでしょうか? 自分で言っておいて、なんですが」
「私が恐怖を感じるのは……確かです。ですが、この街を救ってくださり、ヴェルナー様とリーゼロッテ様を助けて頂いたのも事実です。その上で、私のした事を責めないハエレ様に対して、どうしてこれ以上信じられないと、言えましょう。私の方こそ、信じられないと、そう言われてもおかしくない事ばかりしてますのに」
「いえ、シスターは悪くは……」
「いえ、私は、狡いやり方をしたと思ってます。そこを詰られても、おかしくないです」
「ですが……──」
「でも……──」

 ────。

 あ、これ多分、このまま無限に、お互いが悪くないと言って、話が終わらなくなる流れな気がしてきた。そして本題がズレてきた。
 
「..……あー、分かりました。では話をさせて頂くと言う事で……」
「あ、そ、そうですね! すいません、お願いします」

 シスターも、話の論点がズレてきていたのに気が付いたのか、頬に手を当てて赤くなっている。

「さて……俺ですが、まず結果として言えば、今は人間です」
「いま、は……」

 俺の言葉に、少し困惑気味の空気が伝わる。
 何をどう、怖がらせないようにしても、きっとこの後、シスターは、体を震わせてしまうだろう。
 せめて言葉だけでも、柔らかくなる様意識してみよう。(そう言うのは、苦手なんだが)

「でも少し前までは、魔族でした。シスターの見たというツノや髪の色は、その頃の俺の姿です」
「っ……」

 俺が魔族だった、との言葉に、やはり体が震えて来ている。

「話、続けても大丈夫ですか?」
「はい、お願いします」

 震えながらも、俺の瞳をきちんと見据えながらの、その言葉。気丈な事だ。

「色々ありましてね。魔族としての力を、全て奪われて人間にされてしまったんです。その後、人間界に追放(来る事)になりまして……。ですので、シスターが何故、あの時、俺の元の姿が見えたのかは分かりませんが……今は、聖魔法を使うのが、少し得意なだけの人間ですよ」

 一先ず、概要だけを簡単に伝えてみた。
 仔細な事は、問われれば答えるつもりだし。

「あの……どうして聖魔法が、得意なんでしょうか? 私のイメージですと、魔族は、そういった属性の魔法は苦手とするものだと、思ってたのですが」
「さあ?」

 肩を竦めながら、俺は話を続ける。

「それは、俺も分からないんですよね。父も、祖父も曾祖父も、それよりも先代も、得意としてる魔法は、当然闇魔法でしたから。かと言って、母が不貞を働いた訳でももちろんなく、こればかりは、皆、頭を悩ませましたね」

 母が不貞を働いてないと分かるのは、俺の髪と瞳の色、そして問題なく産まれたからだ。

 あの色を持つのは、魔王様の一族か、俺の一族だけ。
 そして魔王様の一族と子を成すには、それ相応の契約や、儀式が必要になるから、母が関係を持つ事は出来ない。
 契約も儀式もなく子を産めば、おぞましい姿の赤子が、世に出るだけだからだ。 

 だからこそ、俺が父の子である事は、間違いなかった訳だけれども。
 それだけに、俺の魔法の属性には、調査もされたし、他に何か起因する物がないかとか、色々調べられたものだ。

「結局調べても、分からないままではありましたが、父も祖父も、俺を子として孫として、認めてくれましたから。それに、他の魔法も、全般程々に使えるのと、階級も高い方の家だったのもあって、表立って何かされることは、一応なかったですしね」

 陰口を囁かれる程度ならよくあったが、その程度は別段気にならなかった。
 ……まあ、だからと、そうやって放置しすぎたのも、良くはなかったようだが..……。

「最終的に、上司の不興を買ってしまったようで、魔界は追放されるし、魔族から人間にされた、という訳です」


 俺は話し終えると、苦笑の意を込めて、軽く笑みを浮かべた。
 
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