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高校生編

17 ハレの日は春の晴れ【当日】

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本日は快晴、小春日和となった今日は少し暖かい。
真っ青に広がった空、今年は春の嵐が少なかったからかまだ桜が元気に残っている。

真新しい制服に袖を通す。
試着で1回、学生証発行の際に使う写真撮影で1回着たきりだった。

カナダにいた頃は公立校だったから制服が無かったので、人生で初めての制服で少しワクワクする。
黒のブレザーで白のパイピング、左胸にはエンブレム。スラックスは少し細身でグレーのタータンチェック柄かベージュのチノパン風か2種類。シャツは白でネクタイは差し色に学年色を入れた青系のストライプ。

僕らの学年は赤なので、青地のネクタイに細く赤いラインが入っている。

僕が選んだのはチノパン風のベージュのスラックスで、日替わりでも大丈夫な様にチェックも持っている。

鏡の前でネクタイが曲がってないかチェックして、髪型を少し整える。

「凛準備できた?そろそろ彼氏迎えにくるんじゃないの?」
「ぅえ!?か、彼氏!?」
「なんでそこびっくりするかなぁ。」

だ、だって彼氏って…あ、や…彼氏か…?…彼氏か…。
なんか、改めて言われると恥ずかしい。
なんだか顔が熱くって、両手でパタパタと顔を扇ぐけど全然覚めてくれなかった。

「あんま可愛い顔させると僕が六浦くんに睨まれそうだな…。」
「ん?なに?」
「なんでもないよ。」

何か言ってたみたいだけど全然聞いてなかった。
なんでもないなら良いか。

2人でああだこうだと言いながら準備してたら大翔から連絡が来たので、急いでカバンを持って1階へ降りようとすると廊下で知らない人にぶつかってしまう。

僕は少しよろけてコケてしまったので、起きながら謝ろうとすると思い切り肩を押されて再び床に尻もちをついてしまった。
驚いてぶつかった人を見ると、昨日大翔の周りにいた人だと気づいた。

「ほんと、なんでこんな奴が…。」
「…え…。」
「なんでお前なんだよ!」

僕を押してきた人は顔を歪ませながら僕に詰め寄ってくる。

ど、どうしよう。

「おい!何やってんだよ!」
「チッ…。」

物音に気づいたのか明くんが部屋から飛び出してきてくれた。
押してきた人は舌打ちをして踵を返し足早に立ち去ってしまった。

「凛!大丈夫だった!」
「あ、うん。平気…ありがとう。」

明くんは僕を起こすと廊下に落ちたカバンも拾って渡してくれる。

「僕も一緒にエントランス行くよ。まだいるかもしれない。」
「あ、うん。ありがとう。」

一体なんだったんだろう…もしかして…嫌がらせ?大翔と僕が一緒にいるから…?
でも、この学校で揉め事を起こすとペナルティがあるはずだから大丈夫だと思ってた。
ちょっと油断してたかも…まさか倒されるなんて思っても見なかった。

明くんとエントランスを出て寮の門のところに行くと大翔は待ってくれていた。

「おはよう、凛。」
「おはよう、大翔。」
「九条くんもおはよう。」
「おはようございます。」

校舎まで僕が歩き出そうとすると、明くんに腕を引っ張られてしまう。

「ちょっと!凛、さっきのこと言わないの?」
「え?」
「え?じゃなくて、廊下での話。」
「あぁ、でも大翔これから式で挨拶もあるから心配かけちゃ悪いし。」
「いや、そう言う問題じゃないでしょ!」

なぜか僕らはヒソヒソと小声で話しているが、なんだか大翔の視線が痛い。
やきもち…?でも明くんは僕と同じオメガだし、対象外じゃない?前に3人で会った時もそんな話したし。

「式が終わった後にでも言うよ。」
「…どうなっても僕知らないからね。」
「え?」
「僕は言ったからね…。」

ちょっと押されただけだし、まぁなんか言われたけどそこまで酷いことじゃなかったし。
入学式が終わったら報告すれば大丈夫じゃないかな?
明くんはてば心配性だなぁ。

「凛、どうした?」
「ん?なんでもない。大翔行こう!」

僕は大翔の手を引いて僕らは校舎まで向かう。
入学式の前にクラス発表だ。
そこはアプリではなく、校舎のエントランスにあるデジタルサイネージに掲示される。

やっぱそっちの方がドキドキするよね。
3人で自分たちの名前を探す。

大翔はやっぱり特進のA組、僕も頑張ったおかげか特進のAで明くんはあんまり自信ないって言ってたけどおんなじクラス。

めでたく僕たちは3人とも同じクラスになれだのだった。よかった…。

僕たちは一安心しながらクラスに向かう。
さすが特進のAだけあってクラスの9割以上がアルファで、オメガの生徒は片手で数える程度だった。
全クラス大体40名程度で、みんな国内有数の名家の子息達。その中には神宮寺もいた。

「おっ!凛ちゃん!」
「じ、神宮寺さん…。」
「豊杜で良いって言ってんのに、つれないなぁ。」
「凛、コイツとは話さなくて良い。」
「でた!良いじゃんかよちょっと話すぐらい。」
「うるさい。凛が減るだろうが。」
「なんだよそれ、減らねぇよ。」

神宮寺さんは相変わらずニコニコと人好きする笑顔を浮かべて挨拶をしてきたんだけど、すぐに大翔が僕との間に割り入って来たので挨拶もそこそこに席に座ることになった。

席は最初名前順なので僕は1番廊下側の一番前なので、大翔とは席が離れてしまった。
僕らが席に着いた時、後ろの扉が大きく開いたのでクラスのほぼ全員がそちらを注目した。

「大翔さん!」
「…!?」

そこに立っていたのはあの花火大会の時に見かけた『影森 亜里沙』だった。
見かけないと思ってたけど…この学校に入学したのか…。

こんなこと思っちゃいけないけど…あの人、特進入れたんだ…。

「うふふ、何を驚いてらっしゃるの?私も同じクラスですの。嬉しいわ。」
「…。」

大翔はすごく驚いているようだ、僕も驚いたし…。
さっきのサイネージの所に名前あったかな…?見落としてただけ?

入ってきただけでわかるぐらいきつい香水のような毒々しい香りをさせながら大翔に近づこうとするとちょうど担任の先生が入ってきたので、大人しく座ったようだった。

影森さんは僕と同じ列の後方で、なんだか後ろからすごくやな視線を感じる…。
明くんは運良く僕の隣になった。良かった…。

「…ねぇ、凛…すごいのが来たね。」
「え?う、うん。」
「凛のことめちゃくちゃ見てるけど…。」
「えぇ…どうしよう。」

こそこそと僕たちは話しながら明くんがちらっと影森さんの方を見た。
僕は怖くて見れない…。
この前は大翔と柴田さんが助けてくれたけど、何事もなければ良いな…。

担任の先生から自己紹介と簡単に今日の流れを教わる。
今日は入学式とオリエンテーションで半日。
明日からは普通に授業開始らしい。

クラス全員で自己紹介をした。
トップバッターは僕。

「芦屋 凛です。去年カナダから帰国してきたので、日本の学校に通うのはここが初めてになります。えっと…特技…は特にないんですが料理を作るのが好きなので、料理研究部に入ろうと思っています。よろしくお願いします。」

僕はペコリと頭を下げるとクラスのみんなが拍手をしてくれる。
ただ一つの視線を除けば好意的と言えるかな。
影森さんの視線だけはヒリヒリとするものだった。

みんな順々に自己紹介をしていく、途中影森さんが「大翔の婚約者」だと宣言した時はクラスがざわついた。僕は前に話を聞いていたので、その事について驚きはしなかったけど…でも普通こんなとこで言うかな…違うところで驚いてしまった。

でも大翔の順番になった時に、大翔がバッサリと影杜さんの発言を訂正していた。
「今後もその予定はない。」とハッキリと言ったことで、何となくクラス内での彼女の扱いが決まった気がした。

腫れ物というか…何というか…。
なぜだか僕は周りの生徒に同情的な目で見られるようになってしまった。

そもそもクラスのみんなは僕と大翔のこと知ってるんだね…。そっか…。

一通り自己紹介も終わったので入学式に向かう。

しかし、影森さんこの学校入ったの全然知らなかった。今の今まで見かけたこと無かったし。
あんな感じなら毎日でも大翔のところに押しかけそうな勢いなのに不思議だな…。

「ねぇ、凛…あの影森って人…会ったことある?」
「うーん、喋ったことはないけど…ある、かな?」
「そうなんだ、なんか凄いね…しかもあの匂い…。」

前にあった時も遠目でも感じたけど、彼女の匂いはとにかくキツい。
明くん曰くデパートの化粧品売り場の倍ぐらい濃いって言ってた。
まわりのアルファもあまり良いと思ってないのか、彼女の周りには少し空間ができている。顔は美人なんだけど…それ以外がちょっと…残念な感じなのもあるかもしれないけど。

通常僕らの年代のオメガは抑制剤の効果でヒートにならない限り、過剰にフェロモンの香りは出ない。
それにフェロモンの香りは番を持たないアルファには有効な筈だから通常であれば、あんだけ匂いをさせてたらアルファはラットと呼ばれる発情の状態になってもおかしくない筈。

それになんだか、すごくイヤな感じがする。
オメガやアルファのフェロモン香は総じて天然の花の香りなどに近いのに、彼女の匂いは少し人工的なものを感じる。だからだろうか、凄く不安になる感じの匂いがする…。


****


講堂について名前順に座った。僕はクラスの1番前の端っこ。
式は滞りなく進み、次は大翔の挨拶だ。
壇上に上がる大翔は1年生の代表としてあの場に立つ、成績も勿論のことながら家柄も容姿も秀でていて、壇上に一人立つ大翔からはいつもは抑え目にしているであろう多分この学校でトップとも言える優秀で上質なアルファのオーラを存分に放っている。

選ばれたものだけが入れるこの学校の中でも、段違いであるアルファのオーラを感じるその他のオメガやアルファでさえもうっとりとした目で彼を見つめる。
上に立つものの風格をまざまざと感じた。
彼はゆったりとそれでいて心地よく、僕から見たら少しだけ緊張したような声色で宣誓を行なう。

どこかの国の王様か王子様の様だ。

あの彼が本当に僕を選んだのだろうか、そう思ってしまうぐらいに壇上に立つ大翔は少しだけ遠く感じた。

気づいた時には新入生代表の挨拶はすでに終わっていて、大翔はゆっくりと自分の席に戻るところだった。席に着く間際、一瞬彼と目が合った時にはいつもの大翔の笑顔に戻っていた。

少しはにかんだ様に薄く笑う大翔の笑顔は、人前で僕に見せる笑顔だ。
僕の胸は少しだけ擽ったくなる。
あの笑顔は僕を選んでくれた時の大翔の笑顔だ。

大翔の笑顔に恥ずかしかったけど僕は少しだけ笑顔で返した。



****

入学式も無事に終わり入学生達はクラスに戻る前に列席してくれた家族と少しだけ話を交わす。
明くんも両親が来てくれているらしくそちらに向かった。
大翔と僕も家族の元へ向かうと、一際輝いている集団がいてすぐに六浦家の人たちだとわかった。

そこにはパパさんとママさん、理人さんも今日は来ていて、未亜さんは大学があるから来れなかったみたい。あと礼央くんと颯斗さん。それに柴田さんも近くに立っていた。

「凛!入学おめでとう!」
「礼央くん!ありがとう!」

ほんの1週間ぶりだというのに礼央くんと僕はぎゅっと抱き合った。

「凛ちゃん制服似合ってるわね~。」
「ほんと可愛いらしい。」
「へへへ、鞠さん、信人さん有難うございます。」

「凛ちゃん俺ともハグしよう。」
「何で理人とハグするんだよ。」
「別にいいだろ家族みたいなもんだし。」

僕がパパさんとママさんの所で制服姿を見せていると、理人さんと大翔がまた何やら言い合ってる。

「ほらほら二人とも、今日はそれぐらいにして。」

颯斗さんに言われて少し大人しくなる二人を見る。
理人さんより颯斗さんの方がお兄さんみたいだ。

「あ、凛ちゃん今颯斗の方が俺より兄貴見たいとか思ってるだろ。」
「え!?」
「図星かよ。颯斗が俺より枯れてるだけだからな。」
「別に私は枯れてないけど、理人が子供っぽいだけじゃない?」

今度はこっちで何やら始まってしまいそう…。
僕がソワソワしてると大翔がぎゅっと僕の肩を抱いてきた。

「大翔?」
「嬉しいな。」
「なにが?」
「凛と同じ学校に通えて、しかもクラスも一緒で。」
「うん!」
「ちょっと影森がいたのが…。あ、柴田ちょっといいか?」
「はい。」

大翔は僕のそばから離れて柴田さんと何やら話をしている。
確かにクラスが一緒になれて嬉しいけど、影森さんのことは気になる。

「ねぇ、凛くん?」
「はい。」
「影森も同じクラスなの?」
「…そうなんです。」
「…そうなんだ…。」

颯斗さんは何か考えるように顎に手を当てている。

「そう言えば、凛くん新しい抑制剤はどう?体の方は平気?」
「それは問題ないです。不調もないし。」
「高校に入ってからヒートが起こる可能性高くなるからね、必ず緊急抑制剤は常に持つこと。あと、何かあったら必ず大翔に連絡してね。」
「はい。」

高校に入るにあたって3月から新しい抑制剤に切り替えて1ヶ月以上が経った。僕の体に合っていたのか特に副作用も出ることなく通常通り暮らせている。

「…そういえば颯斗さん。」
「なに?」
「普通抑制剤を飲んでいる場合フェロモン香ってかなり抑えられる筈ですよね?」
「そうだね、凛くん達の年代用はかなり通常時の香りは抑えられる作りになっているよ。ヒートの時でも成人に比べればだいぶ抑えられている筈なんだけど。それがどうかした?」
「影森さんなんですけど…彼女…ちょっと香りが強くって…。それに…普通のフェロモン香と違うんですよね…。」
「香りが強い…?違うって?」

僕は今日教室で感じた事を颯斗さんに相談した。
ヒートも起こしてない通常の状態であれほどの匂いをさせるのはおかしいし、香水なのかもしれないけど完全に人工のものとはいえないあの不思議な匂い。

それを辿々しくも颯斗さんに説明した。
薬があっていないのか、それとも…。

「わかった。ちょっと僕の方で調べてみよう。ありがとう凛くん。」

颯斗さんはそう言って僕の頭を撫でた。
大翔はまだ柴田さんと何やら話している様で、颯斗さんも混ざって話し始めてしまった。

「凛!」
「あ、明くん!」
「いやぁ、ちょっとここ凄いね…オーラが…。」
「そうかな…。なんか慣れちゃった!」

そう言って笑う僕に明くんは何ともいえない顔をしてた。なんだっけこの顔のどうぶつ…あ、チベットスナギツネだ。
明くんはなぜかチベットスナギツネの顔をしてた。

明くんに明くんの両親を紹介してもらい挨拶をして、代わりに僕も礼央くんを紹介する。
僕の両親は海外にいて今回は参加できなかった。

そうこうしてたらパパさんとママさんに見つかって九条家と六浦家の挨拶になって、明くんのお父さんはかなり恐縮した様子だった。

「あれ、六浦くんは?」
「今ちょっと話してるみたい。さっきの影森さんの匂いの件…気になったから颯斗さんって大翔のお兄さんがバース研究してるから聞いてみちゃった。」
「ああ、なるほどね。確かに薬を飲んでてアレなら異常だし…。」

程なくして大翔達の話は終わったらしく、みんなに挨拶をしてゴールデンウィークには家に帰ると伝え僕らは教室に戻った。

「そういえば凛…。」
「ん?」
「俺に何か話す事ないか?」
「…話すこと…?」

話すことなんてあったっけ?
あ、朝の事かな…?

「あーー、あった…かなぁ…。」
「凛、学校が終わったらそのままカフェテリアに行こうか。」

大翔はにっこりと僕を見ている。
でも何だろう、ゾクゾクと悪寒が走る…。

「ほら言わんこっちゃない。」

明くんがそう言ってた気がするけど、僕はこの後のことを思ってそれどころではなかった。
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