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中学生編

5 午後のひととき

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礼央くんに「買い物頼んじゃったしそのまま休憩でいいよ。」と言われたので2人がけのテーブル席に座ってアイスティーを飲む。
その目の前には大翔が座ってる。

対面に座るからとりあえず手は離してもらったんだけど…。

なんだか周りの目が気になる…。

「あ、甘酸っぱい…。」
「初々しい…。」
「新たな推しの爆誕に立ち会ってる…。」
「DCの初デートか…。」

なにやらみんなぶつぶつ言ってるけどほぼ聞き取れなかった。

「凛って元々カナダにいたんだって?」
「う、うん。僕が生まれる前に父親の仕事の関係でカナダに引っ越したみたい。だから生まれてからずっとカナダで暮らしてたんだよ。」
「へぇー。じゃあ日本で暮らすのって今回が初めてなんだ。」
「そ、そう。あの、大翔のうちで作ったっていうあの単身者用のマンションに住んでる。」
「颯斗の家に居候してるわけじゃないんだな。」

大翔がアイスコーヒーを飲みながら外を見るのにつられて僕も視線の先を追う。
駅から少し離れた場所だけど、人通りもそれなりにあって街行く人達は暑そうに少ない日陰を歩いたり、ポータブルの扇風機を使ったりしている。
先程の暑さを考えるとあの扇風機が役目を果たしてるのかは些か疑問だ。

「…そういや、今日はあんまり匂いしないな…。」
「匂い…?え?汗臭い?」

すんすんと自分の腕を嗅いでみるけど無臭だ…。
すると持ち上げてた腕を掴み大翔が引き寄せるようにひっぱるので僕は驚いて前のめりになる。
一気に大翔の顔が近づくと首筋を嗅がれた。

「いや、するか…。でも弱いな…。」
「い、いや!ちょっと!!」

いきなりの事に驚いて嗅がれていた首筋を手で押さえる。
え!そんな汗臭かった??ってか何?

「フッ…悪い、そんな顔真っ赤にすんなよ…。」
「だって!急に…そんな臭かった…?」
「は?」
「え?僕が汗臭いんじゃ…。」
「は?…違うって。前に会った時は凛から甘い匂いしてたのに今日はあんまり香らないから…。」

え?甘い匂い?
するかな…っていうか今まで言われた事ないな…。

クンクンと自分の腕をもう一度嗅いでみるけどやっぱり無臭だった…。

「コラ!ヒロくん!ダメだよ急にうなじの匂い嗅ぐなんて、僕らにとったらうなじは急所なんだから!」
「あ、そっか。悪い。」
「あ…うん。ビックリしたけど…平気。」

僕はうなじに手を当てがいながらぶんぶんと首を横に振った。
でも、嫌な感じがしなかったな…。
たまにうなじを嗅がれそうになったり、触られそうになると寒気がするほど震えたりするのに、大翔に嗅がれてもそんな感じがしなかった。

そう言えば大翔の香りが今日はあまり感じられない。
今までは酔うほどに漂っていたあの香り。
すごく好きだったんだけど…。

「大翔は…今日あんまり匂いしないね…。」
「え?」
「あ!いや…この前とか初めて会った時とかすごくいい香りがしてたから…。」
「あぁ、ちょっと最近強く出過ぎてるのか自分でうまく制御できてなかったから強めの抑制剤に切り替えてもらったんだ。」
「そ、そうなんだ。」

「まぁ、これぐらいの距離だと分からないぐらいには抑えてるんだよ。出っ放しにすると面倒臭いし…。」

そう言うと大翔は首の後ろをかきながらフッと息を吐くように笑った。
少し大人びたような笑顔は同い年に見えないほど大人っぽくて色気がある。
優秀なトップクラスのαである大翔は大翔で大変なんだろうな…。なんとなくそんな感じを思わせる哀愁を帯びた笑顔だった。

「あ!そう言えば凛!来週納涼花火大会があるんだけど。」
「うん?」
「さっき町会長さんにお願いされてね今年は出店をやることになったんだ。凛手伝ってくれる?かき氷出そうかと思って!」
「うん!いいよ!」
「ついでにヒロくんも手伝ってよ!颯斗は日勤だから夕方からしかこれなくって。」
「ついでかよ…。別にいいよ。来週末なら空いてるし。」
「ほんと?デートのお誘いあったんじゃないのー?」
「頼んだ後にそれ聞くの?誘われたけど断ったよ。俺人多いとこ嫌いだし。」
「へぇ、じゃあお願いね!」
「わかったよ。」

来週は花火大会かぁ、楽しみだなぁ。
大翔も一緒なんだ。
今日会うまでは嫌なやつって印象しかなかったけど、今日会ってからの大翔は優しい。
口調はぶっきらぼうだけど、なんとなく雰囲気がすごく柔らかい。
かき氷屋さんやるっていうのも、前に漫画で見た日本の『文化祭』みたいで楽しみ。なんかワクワクするなぁ。

「凛に可愛い浴衣着せよー!」

礼央くんはタブレットでなになら物色してる…。浴衣かぁ、小さい時以来着てないかも…。

「礼央さんも浴衣にすんの?」
「そうだねー、ヒロくんも浴衣にしようよ!夏祭りっぽいじゃん?」
「あー、浴衣なら家にあるし。なんなら柴田に頼んで2人の分も用意させるよ。」

「ほんと?じゃあ凛のは可愛いのにしてね!」
「なんで僕だけ?礼央くんも可愛いのにしようよ!」
「えー、もう可愛いって年齢じゃないし…凛の可愛い浴衣が見たい…。」

「礼央くんも可愛いじゃん!」
「えー、僕は無地とかでいいんだけど。」

「はいはい。2人とも可愛いの選んどくから。」
「「ーーーーー!?」」

か、可愛い!あ、別に僕のことじゃないか…。
急に言われたからドキッとしてしまった…。
可愛い浴衣ね…僕なんかが似合うのかな…。

「礼央たんとりんたんのわちゃわちゃ可愛すぎない…。」
「尊すぎてもはや拝みたい…。」
「浴衣姿見たら死人が出るのでは…。」
「必ずこの目に焼き付けよう…。」

お客さん達は何やら盛り上がってるみたいだ…花火大会行くのかな?

「凛は確かに可愛いから白地に花柄のとか似合いそうだな。」
「えっ!?」

大翔くんはそう言いながら僕の頭をポンポンと撫でてきた。か、かわいい??僕が??
え??

「「「「ーーーーー!?」」」」
「と、ととと突然の展開すぎて…」
「萌えの供給過多!!!」
「頭ポンポンとか…萌え死しそう…。」

なぜか隣の席もガタガタし出した!
いや!待って!!なに?なんで頭ポンポンされたの…。
驚きで目を見開いたまま硬直した僕は、多分今耳まで顔が真っ赤なんじゃないかってぐらいに顔が熱い。

「ハッ、凛…顔真っ赤なんだけど。」
「だ、だだだって!急に!」

ひぇ!頭撫でないで!!
目の前でイケメンが目を細めながら柔らかい笑顔で僕の頭を撫でてる!!
え!?なんで??どうした?そんな空気でしたっけ?

「…やっぱ可愛いな…。」
「え?」
「なんでもない。」

ん?今なんか言ってた?小声で聞こえなかった…。
頭を撫でてた手がするりとテーブルの上に戻されるのに安堵したけど少し寂しくなってしまった。
もっと撫でてほし…

ゑ?何??待って??今何考えた??
いや、違う…そんな!もっと撫でてほしいなんて!
ダメだ頭パンクしそう!

「ぐぅ…はや×れおに続き…ひろ×りん…尊すぎやしまいか…。」
「くっ…鼻血出そう…。」
「尊すぎてもはや拝みたい…。」

あ、なんか拝んでる人いる…。
あっちの席見てると冷静に戻れるかも…。


「ふぅー。」
「凛…どうした?」
「急に、大翔が変…なこと、言うから…ビックリしちゃっただけ。」
「俺変なこと言ったか?」

うーんと顎に手を当てて斜めを上を見ながら考えてるみたいだけど…アレは大翔にとって変なことじゃなかったの?
あ!言い慣れてるのか!そうかそうか!
大翔モテそうだし。言い慣れてるから気付かないだけか!

うんうんと一人で納得して頷いていると、何に頷いてるのかさっぱりわからない大翔は怪訝な顔をしてこちらを見ていた。

なるほどね!こんな地味な僕にも可愛いなんて言うんだもん。そらモテるだろうなー。

「どうした急に頷いて…。」
「ううん!なんでもない!」

やっぱりわからないって顔をしながら眉を顰めて大翔は僕のことを見ていたけど。
僕は勝手に理解して少し薄くなったアイスティーを飲み干した。


****


あれからお客さんもそんなに来なかったからか、お手伝いを免除された僕は大翔と他愛もない話をしていた。
僕たちは受験生だから主に勉強のことだけど、日本の中学ではどんな勉強してるのかとか、逆にカナダだとどうだとか。

気づけば夜も暮れ始めてきた頃、仕事を終えた颯斗さんがお店にやってきた。

颯斗さんが日勤の時は毎回お店まで礼央くんを迎えに来る。夜勤の時は帰り道が心配らしくて必ず帰りの車を手配してるみたい。

お店をクローズさせて礼央くんと僕は裏のキッチンで晩御飯の準備をしている。今日は大翔も食べていくって言うから4人分。

「今日は凛に任せよっかな!久しぶりに凛のはご飯食べたーい!」
「え、僕が作って良いの?」
「たまには僕を楽させて~!」
「ふふっ、わかった!」
「やったー!」


****



「あ、ヒロ!珍しく、来てたんだ!」
「おー。たまたま凛に会って送ってきたんだけど。柴田が来るまでここで待たせてもらってる。」
「凛?へぇ、ずいぶん仲良くなったんだね。」
「なんだよ。」

颯斗は大翔の前の席に座りにっこりとした笑みを浮かべる。
この前まで凛は大翔のことを失礼なやつだとよく思ってなかったみたいだけど。
今日1日でずいぶん仲良くなった印象だ。

店に入ってきた時も二人は顔を付き合わせて何やら受験勉強のことを話し合ってたみたいだし。
凛は日本の学校に通っていないから同世代の友人が少ない。
颯斗としては二人がいい友人関係になればいいなとそれぐらいの感覚だった。

「別に?そう言えば影森のお嬢さんの件どうなった?」
「ああ、あれか…。」

大翔は少し憮然とした表情になる。
影森は六浦ホールディングスの子会社の一つを任されている家の一つで、ゴリ押しで大翔の婚約者候補として名が上がっている。
本人は大翔に懸想しているのかずいぶんと付き纏っていると言う噂だけは颯斗の耳にも入っている。

「相変わらずって感じだね。」
「親父も乗り気じゃないんだけどな…影森とその周りがうるさくて…。」
「まぁ、歳が近くてそれなりの家でΩとなるとな…影森が有力なのはしょうがないけど…。」
「正直合わない…匂いもなんか違うんだよな。」
「もっと決定的に何かあれば簡単に断れるんだろうけど…。」

颯斗も影森に関しては随分と悩まされた。
礼央が運命の番だとわかる前、影森の縁者であるΩを番にしようと画策されて随分と付き纏われた。
礼央の実家は中の上ぐらいの一般家庭で、父親はサラリーマン、母親は専業主婦。頭はまぁまぁ良かったので帝明学園卒業ではあるが。家格としては六浦からだいぶ劣る。

それをネタに礼央にも裏で色々と嫌がらせをしていたらしいと聞いたのはかなり後になってからだった。

ただ、影森の家は狡猾で尻尾をなかなか出さない。
颯斗の時は礼央が運命の番であると分かったため、正式に婚約を経て結婚となったので影森からの攻撃は収まった。

「まぁ、どうにかするよ。」
「ヒロにも運命の番が現れるかもしれないしね。」
「どうだろうな。」

運命の番に出会える確率はすごく低い。
颯斗と礼央は運命の番であるが、両親は運命の番ではない。ただ、好きあって結婚し番となったので仲はとても良い夫婦ではある。

自分もいつか運命の番に会えるのだろうか。
大翔は嘆息し大きく伸びをする。
すると奥のキッチンからいい匂いが漂ってきた。
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