上 下
4 / 42
中学生編

4 おつかい

しおりを挟む
あれから半年が経った。
季節はもう夏もまっさかり。

彼にはあれから一度も会わなかった。
彼は学校が始まったらしくそもそも頻繁に颯斗さんのところにも来てたわけじゃないから、結局お礼は颯斗さん経由でお願いして僕から直接言う事は無かった。

僕は日本の受験対策のために家で勉強したり、たまに礼央くんや颯斗さんに勉強を見てもらったりしつつなんとなく日本の暮らしにも慣れていった。

オメガの成長期に多いとされる体の不調はあれから一度も出ることは無かったし、何度か検査して僕は少し人よりフェロモンの出方が少ないらしいこともわかった。
抑制剤も再び一番低いやつに戻った。

街でアルファのフェロモンを嗅いでも倒れることもないし、僕が無意識にフェロモンを出すこともない。
至ってベータと変わらないような生活にいつの間にか慣れていった。


****

僕は一つ歳を取り15歳になった。
あと半年ほどで受験。
中学までの授業はカナダにいた時にすでに修了しているのでこっちでは在宅で受験勉強をしている。
高校へは帰国子女枠で受験予定、来年1月の受験に受かれば数ヶ月後には入寮して日本での高校生活がはじまるはず。受かれば…だけど。

僕が単願で受験する予定なのは『私立 帝明高校』
アルファとオメガのみを受け入れてる全寮制の高校で令嬢令息が通う様なお金持ちの学校だ。
けれどただお金があるだけでは通えない。勿論頭も必要だけど、入学にはパーソナルな部分が重要視されていて紳士淑女である事が念頭に置かれているせいか、内申点を重要視しているらしい。
噂では入学前に内定調査が入って学校に相応しくない判断されればいくらお金持ちで頭がよかろうと入れないらしい。
内申点だけでもダメ、頭だけでもダメなので入学するのは国内でも最難関だと言われている。

なんで僕が帝明高校に決めたかと言うと、勿論オメガに対する扱いもそうだけど、カリキュラムが素晴らしかったからだ。
単位制をとっている高校はそう多くない。
専門科もあるし、より将来を見据えた授業内容となっていて一般の進学校よりも抜きん出ていた。
僕は『オメガとしての普通の暮らし』、『全寮制であること』、『ある程度自由度のある生活』、『将来への選択肢の多さ』これを希望していたのだけど、全てを兼ね揃えていたのは帝明高校だけだったのもある。

夏に入って高校受験のための夏期講習にも参加したけど、既にA判定は貰っているし今のままで行けば問題なく合格できるところまでは持っていけている。帰国子女枠はとても少ないのもあって通常の受験よりも狭き門ではあるけれど、国内の中学を修了していない僕が受験できる枠はそこしかないので仕方がない。

今日は勉強を休みにして礼央くんのお店でお手伝いをしている。
礼央くんのお店は木目調の落ち着いた雰囲気で、駅前から少し歩いたところにあるせいかお客さんは近所の常連さんがメイン。
その中には礼央くん目当ての人もいるらしくって颯斗さんは最初お店を出すことに反対だったらしい。

礼央くんは僕より身長が少し高いんだけど、オメガとしては平均の165cm前後だったはず。顔も美人さんだから男女関係なくファンがいるとかいないとか。そんなこともあって颯斗さんは反対していたんだけど、礼央くんがどうしてもカフェをやりたい。料理を仕事にしたいと何度も話し合った結果、颯斗さんが色々条件をつけてOKを出したらしい。(それでも渋々だったらしいけど)

「凛。ランチプレート上がったから持っていってくれる?」
「うん。」

広くない店舗をちょこちょこと忙しなく動くと、常連さん達は何故だか優しげな笑みを浮かべている。
なんだろ…なんかおかしいところあったかな…。

「いやぁ~今日は来てよかった。」
「ほんと、美人さんと可愛らしい少年が見れて眼福…。」
「…尊い…。」
「一生推せる…。」
「りんたんしか勝たん…。」


みんなが何を言ってるのかほぼ理解できなかった。
尊い…?押す?かたんってどう言う意味なんだろ…。
生まれも育ちもカナダだけど、家族で会話する時は日本語だったから日本語には問題ないはずなんだけど…スラング?って言っていいのか最近の言葉?とかだと急にわからなくなっちゃうんだよね。

「ねぇ、礼央くん…かたんってどう意味?」
「んー、僕もよくわからないんだよね。颯斗が来た時とかもなんかみんなよく興奮してるんだけど…なんて言ってるか実はわかってないんだ!」
「そうなんだ…。」

同年代の友人が日本にほぼいないからこう言うの聞ける人いないんだよね…。
颯斗さんに聞いてみようかな…。

「私ははやれお一択…。」
「「それな!」」

また分からない言葉が飛び交ってる…。

「あっ!」
「礼央くんどうしたの?」
「昨日発注でレモン頼むの忘れてて…ちょっと無くなりそうかも…今日暑いせいかアイスドリンクいっぱい出てるし。凛おつかい頼んでもいい?」
「うん!駅前のスーパーでいい?」
「そうだね、他にもちょっと頼んでいいかな?レモンとあとレタスを2つと…」

礼央くんが買い出しリストを書いてくれたので、僕はそれを持ってお店を出た。
外は茹だるような暑さだ…。確か今日は酷暑になると朝の天気予報で言ってたっけ。日本の夏は何度か体験したことあるけど慣れない。
礼央くんも生まれてからずっと経験してるのに慣れる気がしないって言ってたな…。

駅前まで10分少々…スーパーに着く頃には僕は汗だくになっていた。

「えっと…、レモンを10個と…レタス2個、あとは缶詰のパイナップルとチェリーが3つずつか…。」

うーん、全部重そう…。自転車でくればよかったな…。
礼央くん思いの頼むなら先に言っておいて欲しかったな…。

スーパーで目的のものをゲットしてお店を出る。
やっぱり重たい…。
ずっしりとしたマイバッグを手に礼央くんのお店へ戻ろうとした時、後ろからバッグを持ってる方の手首を掴まれた。

「ぎゃっ!」
「お前…何してんの?」

驚いて後ろを振り返ると彼が…大翔さんがいた。
大きめの白のTシャツとタイトなデニムにスポーツサンダルっていうラフな格好なのにメンズ雑誌のモデルにも見える。
イケメンってすごいな…。

「え、、、か、かいもの?」
「なんで疑問系なんだよ。体調大丈夫なのか?」

ぎゅっと眉間に皺を寄せて少し不機嫌そうな声で話しかけてくるけど…心配してくれてるのかな…?

「あ、うん。体調は平気。」
「ならいいんだけど、ってかこれ重くない?」

大翔さんは僕の手首ごとバッグを持ち上げると、サッとバッグだけを取り上げた。

「あ、ちょっ!」
「いいから。…家帰るのか?」
「あ、いや…今日は礼央くんのお店お手伝いしてて。それで、お使い頼まれて来たんだ…。」
「じゃあ店まで送ってやるから。」
「え!いや、いいよ悪いし…。」
「どうせ車だし、いいから乗ってけよ。こんな暑いのにまた外歩いてて倒れたらシャレになんねぇぞ。」

そう言うと空いているほうの手で僕の空になった手首を掴むと駐車場まで引っ張られて行く事になってしまった。
えっと…この腕は離してくれないのかな…?そんなことしなくても逃げないのに…。

「あ、あの…。」
「…。」
「あの!」
「なんだよ。」
「この前って言っても大分前だけど…あの時はありがとうございました…。」
「…?」
「雪の日…。」
「ああ、気にすんな。成長期の時はバースの機能が安定しないからよくあるって颯斗も言ってたろ?」

「うん。でも…2回も…。」

2回も目の前でフラフラして倒れるなんて、そうそう無いよね…。
普通…いくら安定してないとはいえ…。

「まぁ、確かに驚きはしたけど。」
「いつもはあんな事ないんだけど…。」
「気にすんなって言ったろ?」
「うん、ありがとう。」

なんだか1回目と2回目の印象最悪だったのに。
今日はだいぶ様子が違う。ぶっきらぼうなんだけど、なんていうか優しく感じる…。
き…気がするだけかな…。

「ほら、乗れ。」

気づくと黒塗りのセダンの前に来ていた。
後部座席のドアをスーツを着た男性が開けて待っていてくれた。

「あ、はい。」

僕の家も比較的裕福ではあったけどお抱えの運転手なんて父親が会社に行く時ぐらいしか見た事なかったからちょっとソワソワしてしまった。

「あ、えっと…お邪魔します…。」

なんか…後ろでくつくつと笑う声が聞こえる。
どうせ僕はほぼ庶民だよ…。

僕の隣に大翔さんが乗り込んで後部座席のドアが閉まる。
スーツの男性が回り込み運転席に戻ってくると大翔さんが行き先を告げた。

「なぁ、お前…礼央さんの従兄弟なの?」
「凛…。」
「え?」
「お前じゃなくて、凛です!芦屋 凛!」
「あぁ、悪い悪い。凛な。」
「大翔さんは…颯斗さんの弟なんでしょ?」
「なんだ、俺の名前知ってたんだ。」
「颯斗さんに聞いたんで…。」

そうか、と笑った彼はやっぱり1回目と2回目とは違って優しげな目元だった。
なんだかちょっと…居心地が悪いというか…落ち着かない雰囲気だ。

「凛は学校は?」
「え?」
「颯斗から聞いたけど14?15?俺と同学年だろ?学校はどこ行ってんの?」
「あ、僕カナダで中学校のカリキュラム修了してるから、こっちの中学には編入してないんだ。」
「へぇー。そうか向こうは1年早いんだったか。」
「うん、今は在宅で高校受験用の勉強してる。」

「帝明?」
「うん、そのつもりだけど…大翔さんもだっけ…?」
「あ、"さん"はいらない。タメだろ?呼び捨てでいいよ。」
「あ、うん。わかった。」
「高校はおんなじ、帝明だろうな。あそこが一番だし。受かったら同級生になんのか。」
「そうだね。」

ものすごく穏やかに会話できてる。
意地悪なことも言われないし。
気付いたらもうお店の前まで来ていた。

「俺もちょっと挨拶していくか。」
「では私は一旦社に用事があるので戻りますが、後ほどお迎えにあがりますので。」
「ああ、よろしく。」

大翔はそう言うとずっしりと重いマイバッグを持って車を降り、僕の手を引いてカフェの扉を開いた。

「いら…あ!ヒロくん!…ってか凛も!?」
「ああ、駅前で見かけたから送って来たんだ。」
「そうなんだ!ありがとう!」
「ってか礼央さん…おつかい…重くね?」
「あはは、やっぱ?頼んだ後気付いたんだよね!」

突然の大翔の登場に礼央くんは目を丸くして驚いていたけど、すぐいつも通りに戻っていた。
ケラケラと笑いながら悪びれることなく大翔から荷物を預かると、「重ッ!」って言いながら冷蔵庫にしまっていた。

というか全然大翔が手を離してくれないんだけど…車からお店迄で別に迷子になったり逃げたりしないから手を繋ぐ必要ないと思うんだけど。
ふと客席がざわついているので見ると、お客さん達は大翔と僕のことを見ながら何やらコソコソ話している。

どうしたんだろ…。あっ!大翔がイケメンだから?
まさか似合ってないとか、なんであんなオメガが…とかなのかな…。

「新たな供給キター!」
「脇カプか…捗る。」
「手繋いでるの離さないとか…溺愛執着大好物なんだけど…。」
「無自覚りんたん至高やん…。」


全然違った…いつも通り…いつも通り何言ってるか全然分からなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の番が変態で狂愛過ぎる

moca
BL
御曹司鬼畜ドS‪なα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!! ほぼエロです!!気をつけてください!! ※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!! ※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️ 初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀

あと1年

BL
暇さえあれば俺を口説いてくるけどさ、僕に婚約者がいることわかってるよな? わかってるけどさ、俺の方が幸せにできると思うんだよね~ 20歳の時、俺は一個下の誠と婚約した。いや、させられた。 婚約したって話をしてからちょっかいをかけてくる充樹。 俺と誠が結婚するまであと1年

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編連載中】

晦リリ
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

監禁されて愛されて

カイン
BL
美影美羽(みかげみう)はヤクザのトップである美影雷(みかげらい)の恋人らしい、しかし誰も見た事がない。それには雷の監禁が原因だった…そんな2人の日常を覗いて見ましょう〜

〔完結済〕この腕が届く距離

あさじなぎ@小説&漫画配信
BL
気まぐれに未来が見える代わりに眠くなってしまう能力を持つ俺、戸上朱里は、クラスメイトであるアルファ、夏目飛衣(とい)をその能力で助けたことから、少しずつ彼に囲い込まれてしまう。 アルファとかベータとか、俺には関係ないと思っていたのに。 なぜか夏目は、俺に執着を見せるようになる。 ※ムーンライトノベルズなどに載せているものの改稿版になります。  ふたりがくっつくまで時間がかかります。

愛されなかった俺の転生先は激重執着ヤンデレ兄達のもと

糖 溺病
BL
目が覚めると、そこは異世界。 前世で何度も夢に見た異世界生活、今度こそエンジョイしてみせる!ってあれ?なんか俺、転生早々監禁されてね!? 「俺は異世界でエンジョイライフを送るんだぁー!」 激重執着ヤンデレ兄達にトロトロのベタベタに溺愛されるファンタジー物語。 注※微エロ、エロエロ ・初めはそんなエロくないです。 ・初心者注意 ・ちょいちょい細かな訂正入ります。

可愛くない僕は愛されない…はず

おがこは
BL
Ωらしくない見た目がコンプレックスな自己肯定感低めなΩ。痴漢から助けた女子高生をきっかけにその子の兄(α)に絆され愛されていく話。 押しが強いスパダリα ‪✕‬‪‪ 逃げるツンツンデレΩ ハッピーエンドです! 病んでる受けが好みです。 闇描写大好きです(*´`) ※まだアルファポリスに慣れてないため、同じ話を何回か更新するかもしれません。頑張って慣れていきます!感想もお待ちしております! また、当方最近忙しく、投稿頻度が不安定です。気長に待って頂けると嬉しいです(*^^*)

処理中です...