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中学生編

3 二度目の

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颯斗さんのマンションに着くと1階のエントランス内にあるソファーに深緑のコートを着た男性が座っていた。
長い足を組んで深くソファーに座り、スマホを何やらいじっていた。

「あ、ヒロ!」

颯斗さんが声をかけて近寄ると、男性は片手をあげて応えた。
あ、あれ?あの人って…。それに、近づくと甘くスパイシーな香りが漂ってくる。この香りってもしかして…。

「久しぶりー!あれ?ヒロくんまた大きくなった?」
「久しぶりって3ヶ月ぐらいでしょ?そんな変わってないって。」
「え~そうかなぁ、なんか大きくなった気がするけどなー。」

立ち上がった彼は颯斗さんより少し低いぐらい。
180cm近くはありそうなスラリとした長身。
多分見間違いじゃなければ…颯斗さんの弟だと思われる彼は昨日空港であったあの男…。鼻をくすぐる様なこの香りも…間違いなく昨日嗅いだものと同じだと思う。

僕は礼央くんと颯斗さんに隠れるようにして少し様子を伺うと、思いっきり彼と目が合ってしまった。

「…。ん?あれっ?お前昨日の…」
「ん?ヒロ…凛くんのこと知ってたっけ?」
「いや、知ってるっていうか、知らないっていうか…。凛?って事はじゃあお前が礼央さんの従兄弟?」
「こら、ヒロ!お前なんて言わない!」

やっぱり昨日の男で間違いないらしい。
いや間違いようもないか…こんなイケメンそうそういない。
でもまさか二度と会うことも無いと思って啖呵を切った相手が颯斗さんの弟だったなんて…。颯斗さんは物腰も柔らかくて、優しくて、頼りがいのある人なのに…。この人が弟なんて信じられない。
でもよくよく考えてみたら2人とも顔似てる。ただ颯斗さんの方が少しばかり目尻が下がり気味なので優しげな顔をしてるかも。
弟の方はもう少しキリッとした目元をしてる。でも顔の作りは似てる…って弟なんだから当たり前か…。

「へぇへぇ、昨日ぶりだな!コーヒーちゃんと飲めたか?」
「こーひー?どういう事?昨日ぶりって?」
「昨日空港で転びそうになってんの助けたんだよな。んでそん時ちょっとだけコーヒー溢しちゃってさ。」
「へぇ、そうだったんだ。凛も言ってくれれば良かったのに。」
「…。別に…言うほどのことでもないし…。っていうか颯斗さんの弟だって知らなかったし。」
「ま、そういやそうか!」
「べ、別にコーヒーだっていつも飲んでるから飲めるし…。」

揶揄われる様に言われた事に少しムッとしながらモゴモゴと小声になってしまう。

「体も小さければ、声も小さいんだな。」
「こら!ヒロ!」

彼がフッと鼻で笑いながら目を細めた。
そんな顔ですらイケメンに見える…悔しい!たしかに僕は小さいけど!でも160…行くか行かないかだし…。一般男性よりかは大分小さいけど、でもまだ成長期だし男の子は高校生になってから背が伸びる子だっているって家族にも言われたし!!

口の片端だけを上げて笑っていた彼を颯斗さんが諌めてくれたけど、彼は肩を竦めるだけで全然悪びれた様子もない。

「あ、あなたって颯斗さんと違って失礼なんですね!」
「は?」
「颯斗さんは優しくて…大人なのに…。」
「…。」
「ぼ、ぼく…帰ります…。」
「あ、凛!」

くそ!こんな口撃にもならない口撃しか出来なかった!悔しい…。
口喧嘩なんてほぼした事ないから語彙が圧倒的に足りない!
馬鹿にされたのが悔しくって、僕は礼央くんと颯斗さんが止めるのも構わずにエントランスを飛び出して自分の新しい家へと向かった。


****


僕はとぼとぼとすでに水を含んでしゃばしゃばになった雪の上を歩いてた。
なんであんなバカにされなきゃいけないの…。
体が小さ…くないけど…いや、小さいのか…αから見たら。でも、身長が伸びないのだって筋肉がつきづらいのもΩだからだ。それに伸び代があるんだよ!伸び代がっ!!

そんな事を思いながら歩いていたけどなんだか体が重い。あの匂い嗅いだからかな…少し、フラつく気がする。
すごく嫌なやつだった。でも甘くていい匂いがしてソワソワする。優秀なαはそのフェロモンも甘美で多くのΩを誘惑する香りだった聞いた気がする。

「…熱い…。」

厚着したまま歩いていたからかな、体が熱い。
すこし覚束ない足元が水分を多く含んだ雪にとられて転びそうになった時、さっきの甘い香りが強くなった気がした。
体が傾くのを止められない、もう倒れる!僕の意識はそこで途切れた。


****


甘い香りがする。
いい匂い…ずっと嗅いでいたような。ずっと嗅いでいたいような。
上品なお香の様に少しクセのある甘さと土を思わせるような香り。
僕はこの匂いが大好きだ。


「####くんって、いいにおいがするね!」
「りんもいい匂いするよ!甘くて優しいミルクみたいなかおり。」
「そうかなぁ…じぶんじゃ、わからないなー。」

「りーん、####くーん。そろそろお家の中入りなさーい。」

「「はーい!」」

「ねぇ、####くんはいつにほんに帰っちゃうの?」
「うーん。おとう様は来週にはしごとが終わるっていってたから。それぐらいかな。」
「そっか…。####くんとはもう会えなくなっちゃうんだ…。」
「りん。泣かないで…。また来るよ。それに、りんが大きくなったら…ぼくと…。」


「りん…。」
「####くん…きっとだよ?」
「うん。」

僕は溢れそうなほどの涙を湛えて男の子の手を握った。
まだ小さくて、柔らかい手だ。
でも僕の手は彼の手よりもさらに小さくて細かった。

この記憶…いつの頃だったかな…。
こんなこともあった気がする、忘れてたな。
彼の名前は何だったかな、霞がかかったように途切れ途切れの記憶。

彼の名前も、顔も思い出せない。

きっとまだ僕が小さい頃の記憶だ…。

少し冷たい手の感触がする。
僕の額に触れた手のひらは頬へと移り、さらに唇をなぞるように優しく触れる。
熱くなった僕の肌にはひんやりとした手が心地よくて、少し擦り寄るように頬を寄せた。

その間ずっと甘くていい匂いが僕を包み込んでいた。


****

「ん…。」
「凛?気がついた?」

ここは…?
礼央くんの家じゃない。多分僕の家でもなさそう。
無機質で真っ白な空間。でも香る消毒薬の匂いでここが病院であろう事はなんとなくわかった。

「ん…れおくん…ここ…ぼく…。」
「ここは颯斗の病院だよ。ちょっと待ってね颯斗呼ぶね。」

僕の頭を撫でてくれていた礼央くんの温かい手が離れてナースコールのボタンを押す。

この手じゃない。もう少し冷たくて、少しだけかさついてて、節ばった大きな手。あの手が気持ち良くて、あといい匂いがしてたな。

ノックの音と共に颯斗さんが入ってきた。
さっきまでのセーターとデニムのパンツに白衣だけを纏ったラフな姿。

「凛くん、どう?気持ち悪かったりしない?」
「ん…大丈夫、です。」

僕は1人で飛び出した後に熱を出して倒れてしまったらしい。
僕を追いかけてきたはずの大翔さんが僕を抱えて戻ってきたので2人は驚いて病院に連れてきたんだって。

「熱も下がってるし。転びそうになってたって聞いたけど、足も捻ってなさそうだし。」
「あ、あの弟さんは…?」
「ん?ヒロ?今日は夕方から外せない会食があるからって帰ったよ。」
「そ、そうですか。」

そうか…嫌なやつだけど、2回も助けてもらってしまった…。
嫌なやつだけど…お礼ぐらいは言わなきゃって。
思ったんだけどな…。

「そういえば、凛くん熱だけで特に風邪の症状は見られなかったんだけど。倒れる前なんか変わったことなかった?」
「変わったことですか?」
「ヒロから昨日空港でも突然フラついた所を助けたって聞いてるから。」

ベッドに上半身だけを起こして座ったまま、颯斗さんと礼央くんに話し始める。

「…いい…匂いがしたんです。」
「良い匂い…?」
「うん。ちょっと甘くて…スパイシーな感じの嗅いだことない香り。その香りを嗅いだ後、ちょっとふわふわして…お酒が入ったチョコとかあるでしょ?あれ食べた後みたいな…。」
「…なるほど…。」
「ねぇ、颯斗…。」
「…そうだね、もしかしたらαの香りに酔ったのかもね。」

なんだか颯斗さんの顔が曇った気がしたけど。気のせいかな。

「まだΩの機能は完全じゃないからね、充てられたっていうか。」
「そうなんだ…。」
「まぁ、そんなに気にすることはないよ。抑制剤って今一番軽いやつだよね、一つ上のやつに変えてみようか。」
「わかった…。」

まだ成長期の僕はΩの機能が安定してないせいだと説明された。あとは長旅と新しい生活が始まることでホルモンのバランスが崩れたんだろうって。

僕はとりあえず一晩病院に泊まらせてもらう事になり、明日迎えに来ると言う2人を見送った。


****

「ねぇ、颯斗…。」
「…礼央が思ってることでほぼ間違いない…かな?だけど…。」
「…僕…凛が泣くのは見たくないんだ…。」
「それは僕も同じだ…凛くんは僕にとっても弟のように可愛い…。でも…。」

薄暗い車内は空気に重力を感じる。
もう夜の帳が下りたころ。礼央と颯斗は2人の家へ戻る車中、可愛い従兄弟のことを少しばかり憂いていた。

「…どうにもならないかな…。」
「2人が…"運命"であれば…。」
「僕は…そうだと思う。凛の反応も…それに…。」
「ああ、僕もあんなとこ見たことなかった。」

あの時の顔は間違いなく、自分の番を想う顔だった。少しでも他人が触ることを許さないあの威嚇するような目。

覚えのある感情を颯斗は思い出していた。
そして深い溜息を吐いた。
まだ若い彼らの将来を憂いて…。
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