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中学生編

1 空港

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定刻よりだいぶ遅れた便が滑走路に降り立った。
今日は関東にも大雪の予想が出ていて、着陸できないんじゃないかとハラハラしてしまった。久しぶりに日本へ帰ってきた僕は、暖かい機内から薄暗い外を眺めた。定刻から1時間以上の遅れだ。
機内から眺める外の景色は冷え切った寒さの色を強くしていた。

機内から出て預け荷物を受け取ると、到着ロビーへと出てきた。
スマホを機内モードから戻しSMSを確認しつつ、今日向かえにきてくれる予定の従兄弟の礼央へと連絡を入れる。

ーーー
RIN:着いたよー!
礼央:ごめん!この大雪のおかげで道が渋滞してて、もうちょっとかかりそう!
RIN:了解!じゃあどっかカフェでも入ってるね
礼央:ほんとごめんね~(;▲;)
ーーー

お迎え予定だった従兄弟はこの大雪の影響か大渋滞にハマって動けないらしい。
待ち時間潰しと機内の乾燥でやられた喉を潤すためにチェーン店のコーヒーショップへと向かった。

昨年の6月エレメンタリースクールを卒業した僕は、日本で言うところの高校であるセカンダリースクールに進むことなく日本の高校へ進むことを希望した。生まれてからの殆どの時間を親の仕事の関係でカナダで過ごしてきたけれど、自分のルーツでもある日本で学んでみたいという理由で単身日本に戻ってくる決意をした。

幸い日本には僕と仲の良い母方の従兄弟である礼央もいるし、生活に困ることはなさそう。家族や向こうの数少ない友達と離れるのは寂しいけれど大人になる前のちょっとした冒険心のままに決めてしまった。
日本での高校受験まで大分日にちはあるが、日本での受験勉強や日常生活に慣れるため少し早めの帰国となった。

受験から(受かれば)入学までの間は礼央と礼央の番である颯斗さんの家の近くに、単身者Ω専用のアパートを借りた。僕が希望している高校は全寮制なので、自立した生活を送るための予行練習みたいなものだ。

頼んだホットコーヒーをレジでそのまま受け取り、席を見回すがどうやら満席の様子。少し混んだ店内は早々に諦めて到着ロビー内のソファがあるエリアまで戻ることにした。

大きめのスーツケースと手荷物のスポーツバッグをかかえ片手にコーヒーを持ち、空いてるソファを探してロビー内をウロウロとする。

あ、あそこに空いてる席あるじゃん!
ラッキー!

少し足早に向かおうとした時、嗅いだことのない甘く少しスパイシーな香りがすることに気付いた…。
香水?甘く鼻腔をくすぐるその香りは今まで嗅いだ香りの中で抜群に良い匂い。

なんか、この香り…少しクラクラする…。甘くて少しクセのある香り。
お酒は飲んだ事無いけど、きっとお酒を飲んで酔った感覚に近いのかも?少しフワフワとするような、体が少し熱くなるような…。

もしかして、これってαの…

そう思った時フワフワと酔ったような感覚に陥った体がぐらりと傾き目の前が揺れた。

「あっ!」
「おいっ!……熱っ!!」

あっと思った時には思っていた以上に体が傾いていたようで、近くにいた人がふらつく僕を片手で抱きとめてくれたみたいだった。
持っていたコーヒーはぶちまける事は無かったが、ぶつかってしまった人の袖口と手にかかってしまったみたいだった。
さらに強くなった香りに脳がクラクラとするようだ。

「す、すみません!!」
「いや…。」

僕は咄嗟に謝罪するとすぐさまポケットからハンカチを取り出し相手の手と袖口を拭いたものの少し大きめのシミを作ってしまっていた。

このコート、この肌触り…カシミアかな?…カシミアのコートって…高いじゃん…ど、どうしよ…。
彼は僕よりも10センチは背が高いだろうか、少し困った顔をしながら相手を見上げる。

この香り…、それにこの体躯…。

見上げた彼の顔は驚く程に整っていた。くっきりとした二重にスッと伸びた鼻梁。びくともせずに僕の体を片腕で支えてくれていた。それにこのオーラを纏うような雰囲気は紛れもなくαの物だとわかる。
年は…同じくらいかそれよりちょっと上ぐらい?
整いすぎた顔と恵まれた体躯のおかげかαは少し年齢より上に見られることがあるから、多分僕と同じぐらい…かな?うちの兄さんもそうだったみたいだし。

「顔が赤いな…、熱でもあるのか?」
「い、いえ…大丈夫です。」
「子供はあまりカフェインを取らない方がいいぞ?」
「っえ??」
「コーヒー」
「あっ、えっと…。」

ちょっと待って今子供って言った?
たしかに…まだ子供だけど…。

「…アナタも…そう変わらない年齢だと思うんですが…。」
「キミ…小学生だろ?」
「はぁ??違います!!!!」

しょ、小学生!!!?!???
たしかに僕はΩだからか身長もそこまで高くないけど…これでも160cmはある!まだ成長期だし!童顔ではあるけど…。まだ成長期だし!!!!

っていうか初対面で失礼じゃない??\
なんなのコイツぅ!
僕はカバンから財布を取り出すとお札を数枚取り出して彼の胸元に押し付けた。

「これ!!コートのクリーニング代です!!!」
「あ、おい!」

なんなの!失礼なやつ…。
僕は彼から香る甘い香りにフラつく足を心の中で叱咤しつつ、足早にその場から立ち去った。

コートのポケットが震えると、SMSの着信を知らせる表示が出ていた。

ーーー
礼央:りーん!もうすぐ着くよー!
ーーー

従兄弟の礼央くんだった。
手早く返信すると、送迎用の車停めのエリアまで急いで向かった。


****


「りーん!!久しぶりー!!welcome back!!」
「Long time no see 礼央~!」

送迎エリアで出迎えてくれた礼央くんにひしっとハグをして感動の再会を演じる。
僕たちはいつも会うたびにこれをやっている。『お約束』ってやつだ。

僕たちがイチャイチャとしている様を荷物をトランクに詰め終えたあと、微笑ましそうに見ている優しそうな男性は礼央の番である颯斗さん。

「礼央、凛くん。ほら冷えるから早く乗って。」
「「はーーい!」」

雪は今もなおチラついている。
雪の季節特有の肌を刺すようなツンとした寒さに2人とも鼻の頭が赤くなる。僕らはいそいそと車に乗り込み、礼央くんと颯斗さんの住む家に向かって出発した。

「2人ともありがとう!迎えにきてくれて、まだちょっと日本で電車に乗るの怖かったんだ。」
「雪さえ降らなければもっと早くついてたんだけど、遅くなってごめんね?大丈夫だった?」
「う、うん。」
「??凛?なんか顔赤いけど大丈夫?風邪?」
「えっ!?いや、大丈夫…空港ちょっと暑かったからかな…。」
「そ?」

なんとなくさっきのことは言えなかった。
αっぽい甘い匂いに酔って、フラついてコーヒーを溢した挙句に相手に失礼なこと言われて怒ってクリーニング代だけとりあえず無理やり渡して逃げたなんて。

「そういえば、今日颯斗の弟も帰国するとか言ってたよね?」
「あー、なんかそんなこと言ってたね。柴田が迎えに行くし、あいつが海外行くのなんてしょっちゅうだからあんまり気にして無かった。」

ふーん、颯斗さんの弟さんも今日帰国だったんだ。
颯斗さんの家は日本で有数の企業で4人兄妹の次男。
兄妹全員がαというエリート家系だ。
颯斗さんはバース研究も行うお医者さんで、今後僕の主治医になる人でもある。

「そういえば颯斗の弟くんて凛と同い年だったよね?」
「ああ、そうだね。でも凛くんみたいに可愛くないんだよー、最近生意気でさー。」
「まぁ、うちの凛は特別可愛いから仕方ないよねー。」

そう言って礼央くんはフンっと自慢げに鼻を鳴らしている。
僕は別に自分のことを可愛いとも可愛くないとも思ったことはない。
多少形の大きな色素の薄い目はグリーンが混じっていて、純粋な日本人の色はしていないのは母方に外国の血が混ざってるからだと思う。\
日焼けのできない肌はなまっ白く、頬や唇は男としては赤みを帯びていてやや精悍さに欠けるし、Ωだからなのか身長もまだ成長途中とはいえ高くはない。体つきも筋肉が付きづらいので細くもやし体型だ。
ただのすこーしだけ女顔でそこら辺にいそうな平凡なもやしっ子。

「確かに凛くんは可愛いね。最初会った時は人見知りで全然目を見て話してくれなくて…。」
「あ、あの時はごめんなさい…。緊張しちゃって。」
「ははっ、いやいやあれはあれで可愛かったよ。物陰からこっちを見てるのに、凛くんのこと見ようとするとすぐ隠れちゃって。子猫とか小動物みたいで可愛いなーって思ってたんだよね。」
「そ、そうですか?…こ、こねこ。」
「礼央は最初会った時なんて子猫って言うよりは手負いの獣ぐらい威嚇されて大変だったなぁ。」
「ーーー!?ちょっと!颯斗その話はやめてよ!」
「えぇ?礼央は礼央で可愛かったよ?」
「ぎゃぁあああ!!!やめてってば!!」

礼央くんが手負いの獣…どんな感じだったんだろ。
確か礼央くんが高校の頃知り合ったって言ってたけど。その頃あんまり礼央くんに会えなかったからあんまり知らないんだよね…。聞いても教えてくれないし。


空港を出て少し混んでいた道は、都内に近くなるほどに渋滞の列が伸びていた。
いつもの倍以上の時間をかけて礼央くんの住む街(これからは僕の住む街でもある)に到着した。

都心からは程よく離れていて緑も少なくない、典型的なベッドタウンと呼ばれる街だ。この街に僕の通いたい高校がある。
受験まではもう少し時間があるから勉強して、日本での生活に慣れないと…。

「りーーん!晩御飯食べよ?今日は寒いからおでん準備してたんだ!」
「わぁっ!おでん!!やったー!!」
「今日はここに泊まって、明日住む部屋見に行こう!あと買い物!」
「うん!」

僕たちは久しぶりのおでんをお腹いっぱい食べて、いつの間にか今日あったことなんてほとんど忘れて眠りについたのだった。
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