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売られていくモノ(五)
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「どういうこと?」
思いを普段口にすることなどないミルティアナでさえ、思わず心の声がこぼれ落ちる。
「……ミルティアナ、隣町の町長さんがあなたのことを養女にしてくれるんだって」
一番上の姉が食事の手を止め、ミルティアナに声をかけた。
「養女?」
それはどういう言葉の意味だっただろうかと、一瞬ミルティアナは考える。
この貧しい村では、時折生まれたばかりの子が養子として里親の元へ行くことがあった。
しかしミルティアナはもう十代の少女だ。そんな大きな子どもが里親の元へ行くなどということは、今まで聞いたことがない。
「良かったじゃない? この家から出られて。こんな家にいるより、
幸せでしょ?」
「うん、おめでとう、ミルティナア。羨ましいわー」
姉たちは、口々にミルティアナへお祝いの言葉を述べる。しかしミルティアナの心には、全く正反対の疑問だけが積もっていく。
確かにこの家は誰の目から見ても、ミルティアナに優しい環境ではなかった。
だとしても、ミルティアナには分からなかった。これは、本当におめでたいことなのだろうか。
そしてなにより、目が笑っていないこの姉たちは、本当に自分のことを想って『おめでとう』を言ってくれているのだろうかということが。
「……おめでとう?」
「だってそうでしょ。ミルティアナは裕福な家の子になるのよ。わたしたちみたいに、貧しく何もない生活から抜け出せるのに、なんの文句があるというの」
「そうよ。ミルティナアは一人だけ幸せになるんだから、いいじゃない」
「幸せ……?」
この二人はなにを言っているのだろうか。ミルティアナは心の底からそう思った。
外の世界を知らない姉たちこそ、ミルティアナにとっては幸せに思えて仕方ない。
あの悪臭漂う空間も、撫でまわす気持ちの悪い客たちも、何も知らないのだから。
「養女……」
わめく姉たちの言葉を無視し、先ほどの会話を思い出す。
養女に出されるために支度をするように言われたとするならば、あの小袋はおそらく支度金なのだろう。
でも本当にただの支度金なのだろうか。
少なくとも父と母は、ミルティアナが養女に行くからと言ってご馳走を食べさせたり、お祝いをしてくれるような人間ではない。
そう考えると、このご馳走も違う意味をもつことになる。
ミルティアナは自分の中に沸いた答え合わせを行うため、奥の部屋へと歩き出した。
「お父さん、お母さん」
ミルティナアが扉を開けながら声をかけると、二人は驚いた表情をした後、テーブルの上に並べていた金貨を隠す。
「金貨!」
金貨。それは、この家でもあの店でも到底見られないような高価なモノだった。
たった一枚で、この貧しい一家がゆうに一年以上は普通の暮らしが出来るほどの価値がある。
その金貨が、今ちらりと見てただけで少なくとも五枚はミルティナアにも見てとれた。もしかすると、十枚はあったのかもしれない。
十年近く遊んで暮らせるような大金が手に入れば、確かにこの一家にとってはお祝いだ。
「そのお金」
「こ、これはミルティナアが養女に行くにあたっての支度金としていただいたのよ」
「ミルティナア、勝手に入って来てはダメだろう」
弁明と叱咤を二人はそれぞれ口にするものの、明らかに二人の目はミルティナアを見ないようにやや視線を外している。
やましいことがある。つまりは、そういうことだろう。
いくら裕福な家庭に養女として行くとしても、支度金が金貨十枚などというのは、貴族でもない限りあり得ない。
この金は支度金などではなく、ミルティアナが想像した通り、自らが売られて行く金なのだろう。
(……ひどい)
ミルティアナはその表情を歪ませたものの、必死に涙を堪える。
泣いてしまえば、弱い自分を曝け出せば、なにかに負けてしまうような気がした。
そうやっていつも、ミルティアナは自分の心を守ってきたから。
「と、ともかく明日はあなたの服を見に行きましょう。ちゃんと仕度をしないと」
「お祝いだから、派手にしないとな」
お祝い。その言葉がミルティアナの心に重くのしかかってきた。売られて行くことよりも、売れれることをお祝いと言うその表現が……。
思いを普段口にすることなどないミルティアナでさえ、思わず心の声がこぼれ落ちる。
「……ミルティアナ、隣町の町長さんがあなたのことを養女にしてくれるんだって」
一番上の姉が食事の手を止め、ミルティアナに声をかけた。
「養女?」
それはどういう言葉の意味だっただろうかと、一瞬ミルティアナは考える。
この貧しい村では、時折生まれたばかりの子が養子として里親の元へ行くことがあった。
しかしミルティアナはもう十代の少女だ。そんな大きな子どもが里親の元へ行くなどということは、今まで聞いたことがない。
「良かったじゃない? この家から出られて。こんな家にいるより、
幸せでしょ?」
「うん、おめでとう、ミルティナア。羨ましいわー」
姉たちは、口々にミルティアナへお祝いの言葉を述べる。しかしミルティアナの心には、全く正反対の疑問だけが積もっていく。
確かにこの家は誰の目から見ても、ミルティアナに優しい環境ではなかった。
だとしても、ミルティアナには分からなかった。これは、本当におめでたいことなのだろうか。
そしてなにより、目が笑っていないこの姉たちは、本当に自分のことを想って『おめでとう』を言ってくれているのだろうかということが。
「……おめでとう?」
「だってそうでしょ。ミルティアナは裕福な家の子になるのよ。わたしたちみたいに、貧しく何もない生活から抜け出せるのに、なんの文句があるというの」
「そうよ。ミルティナアは一人だけ幸せになるんだから、いいじゃない」
「幸せ……?」
この二人はなにを言っているのだろうか。ミルティアナは心の底からそう思った。
外の世界を知らない姉たちこそ、ミルティアナにとっては幸せに思えて仕方ない。
あの悪臭漂う空間も、撫でまわす気持ちの悪い客たちも、何も知らないのだから。
「養女……」
わめく姉たちの言葉を無視し、先ほどの会話を思い出す。
養女に出されるために支度をするように言われたとするならば、あの小袋はおそらく支度金なのだろう。
でも本当にただの支度金なのだろうか。
少なくとも父と母は、ミルティアナが養女に行くからと言ってご馳走を食べさせたり、お祝いをしてくれるような人間ではない。
そう考えると、このご馳走も違う意味をもつことになる。
ミルティアナは自分の中に沸いた答え合わせを行うため、奥の部屋へと歩き出した。
「お父さん、お母さん」
ミルティナアが扉を開けながら声をかけると、二人は驚いた表情をした後、テーブルの上に並べていた金貨を隠す。
「金貨!」
金貨。それは、この家でもあの店でも到底見られないような高価なモノだった。
たった一枚で、この貧しい一家がゆうに一年以上は普通の暮らしが出来るほどの価値がある。
その金貨が、今ちらりと見てただけで少なくとも五枚はミルティナアにも見てとれた。もしかすると、十枚はあったのかもしれない。
十年近く遊んで暮らせるような大金が手に入れば、確かにこの一家にとってはお祝いだ。
「そのお金」
「こ、これはミルティナアが養女に行くにあたっての支度金としていただいたのよ」
「ミルティナア、勝手に入って来てはダメだろう」
弁明と叱咤を二人はそれぞれ口にするものの、明らかに二人の目はミルティナアを見ないようにやや視線を外している。
やましいことがある。つまりは、そういうことだろう。
いくら裕福な家庭に養女として行くとしても、支度金が金貨十枚などというのは、貴族でもない限りあり得ない。
この金は支度金などではなく、ミルティアナが想像した通り、自らが売られて行く金なのだろう。
(……ひどい)
ミルティアナはその表情を歪ませたものの、必死に涙を堪える。
泣いてしまえば、弱い自分を曝け出せば、なにかに負けてしまうような気がした。
そうやっていつも、ミルティアナは自分の心を守ってきたから。
「と、ともかく明日はあなたの服を見に行きましょう。ちゃんと仕度をしないと」
「お祝いだから、派手にしないとな」
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