上 下
31 / 41

アーシエと私

しおりを挟む
 ガタガタと揺れる馬車の中で、日記を開いた。

 初めから最後のページまで、漢字を交えて日本語が埋め尽くしている。

 ここから考えられることは一つだけ。

 私は初めからずっと、アーシエだった。

 そう考えれば全ての話の辻褄が合う。

 子どもにしては大人びた日記のワケも、全てが日本語で書かれていたワケも……。

 ただ一つ分からないことがあるとすれば、なぜ今の私にはアーシエの記憶や感情がないのだろうか。

 私は私であって、前世の記憶しか持っていない。

 かすかにアーシエを感じられるのは、体などが覚えているような習慣や母などの認識だけ。

 それ以外の記憶や感情、私がアーシエだという部分はどこに行ってしまったのか。


「……もしかして……毒のせい?」


 あの日毒を飲んだのがユイナ令嬢ではなくアーシエだけで、そのために記憶を失ったのだとしたら。


「辻褄が合う……。もしかして、飲んだのは致死毒ではないのかもしれない……」


 毒とは言っても、他の作用にあるモノがこの世界にはあるとしよう。

 そしてそれをアーシエは飲まされた。

 ユイナ令嬢が奪いたかったのは、命ではなく記憶だったとして、でもそんなものを奪ってどうしたかったのかな。

 ただ自分もその毒を飲んだフリをして……。

 ああ、そうか……。

 自分を被害者とするには、私の記憶がない方が好都合なのか。

 本来だったら、私は記憶をなくし混乱しているはずだった。

 そこへユイナ令嬢はアーシエから毒を盛られたと言えば、記憶のない私は反論できないだろうとでも思ったのだろう。

 確かにアーシエの記憶を失って私という存在がなければ、ただ『分からない』と嘆いていただけかもしれない。

 でもアーシエの中には過去の記憶を持つ私がいた。

 アーシエの記憶がなくなっても私がいる以上、分からないでは終わらなかったから。

 そしてルドがそれ以上に、暴走した結果……。

 ガタンっと大きな音を立てて、馬車が揺れた。

 自分の世界に入っていた私は前のめりによろけそうになり、思わず馬車の椅子を掴む。

 城までの道は整備されているはずなのに、一体なんなのだろうか。

 文句が出そうになるのを押さえて、私は窓から外を見た。

 来た道を戻るのならば、街道をゆっくり抜けて、街中を走ってゆく。

 しかし今私の目に飛び込んで来る景色は、鬱蒼とした森。


「え……なに、ここは……。どういうこと?」


 森はおそらく、城へ向かうのとは真逆のハズだ。

 だとしたら、この馬車はどこへ向かっているというのだろう。

 心臓が早く脈打ち始める。

 その音は、自分の耳に付くほどにうるさい。


「この馬車はどこに向かっているのですか!」


 声の出る限りの大きな声を上げて、外にいる御者に声をかけた。

 もちろん御者は振り向くことも、答えることもしない。

 どうしたら……。どうしよう……。

 状況が不味いというコトは本能的に分かっても、動く馬車から飛び降り、この道すら分からない森の中を城までたどり着けることは出来ないだろう。


「ルド様……」


 唇を噛み締めガタガタと震える肩を、私は必死に抱きしめた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されまして・裏

竹本 芳生
恋愛
婚約破棄されまして(笑)の主人公以外の視点での話。 主人公の見えない所での話になりますよ。多分。 基本的には本編に絡む、過去の話や裏側等を書いていこうと思ってます。 後は……後はノリで、ポロッと何か裏話とか何か書いちゃうかも( ´艸`)

転生したらやられ役の悪役貴族だったので、死なないように頑張っていたらなぜかモテました

平山和人
ファンタジー
事故で死んだはずの俺は、生前やりこんでいたゲーム『エリシオンサーガ』の世界に転生していた。 しかし、転生先は不細工、クズ、無能、と負の三拍子が揃った悪役貴族、ゲルドフ・インペラートルであり、このままでは破滅は避けられない。 だが、前世の記憶とゲームの知識を活かせば、俺は『エリシオンサーガ』の世界で成り上がることができる! そう考えた俺は早速行動を開始する。 まずは強くなるために魔物を倒しまくってレベルを上げまくる。そうしていたら痩せたイケメンになり、なぜか美少女からモテまくることに。

【完結】よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

あなたが浮気して離婚したのに2年経って復縁を望むなんてありえません!

ヘロディア
恋愛
貴族の娘である主人公・マリアは嫁いだ夫との新婚生活を順風満帆に過ごしていた。深い愛で愛し合う二人だったが、その日々は夫の浮気によって唐突に終焉を告げる。しかも相手はマリアの生家よりも高い権力の家柄の女性だった。 彼女は離婚して自由な生活を送るようになったが、なぜか突然、元夫から手紙が届く。 手紙には『復縁してほしい』と書いており…

私はあなたの何番目ですか?

ましろ
恋愛
医療魔法士ルシアの恋人セシリオは王女の専属護衛騎士。王女はひと月後には隣国の王子のもとへ嫁ぐ。無事輿入れが終わったら結婚しようと約束していた。 しかし、隣国の情勢不安が騒がれだした。不安に怯える王女は、セシリオに1年だけ一緒に来てほしいと懇願した。 基本ご都合主義。R15は保険です。

妹の方が綺麗なので婚約者たちは逃げていきました

岡暁舟
恋愛
復讐もめんどくさいし……。

暗黒騎士物語

根崎タケル
ファンタジー
召喚された主人公が暗黒騎士となって、勇者から魔王を守るお話です。 突然異世界に召喚されたクロキ。クロキを召喚したのは魔王モデス。そして、現在魔王の支配する国は勇者によって滅ぼされようとしていた。 凶悪な外見をした魔王モデスがクロキに頭を下げる。 「お願い助けて! 救世主殿!!」 クロキは成り行きで暗黒騎士となって魔王を助ける事になるのだった。

死に役はごめんなので好きにさせてもらいます

橋本彩里(Ayari)
恋愛
フェリシアは幼馴染で婚約者のデュークのことが好きで健気に尽くしてきた。 前世の記憶が蘇り、物語冒頭で死ぬ役目の主人公たちのただの盛り上げ要員であると知ったフェリシアは、死んでたまるかと物語のヒーロー枠であるデュークへの恋心を捨てることを決意する。 愛を返されない、いつか違う人とくっつく予定の婚約者なんてごめんだ。しかも自分は死に役。 フェリシアはデューク中心の生活をやめ、なんなら婚約破棄を目指して自分のために好きなことをしようと決める。 どうせ何をしていても気にしないだろうとデュークと距離を置こうとするが…… お付き合いいただけたら幸いです。 たくさんのいいね、エール、感想、誤字報告をありがとうございます!

処理中です...