魔法学院の護衛騎士

球磨川 葵

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第10話 野外実習.1

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「痛いぃぃぃ!! 痛いよ!!!」
「もう一度」
「こんな……死んじゃうよ……」
「もう1度です、立ちなさい」

 周りには何もない密閉された空間で、機械の如く冷たい声で淡々と、まるで僕の意見など無意味かのように話す燕尾服を着た老人。
 顔が何故かぼやけていて、よく見えない。
 何を言っても聞き入れて貰えないと悟り、その老人の言う通りもう一度立ち上がり構える。
 それを見るや否や老人は言葉を紡ぐ。

「エアハンマー」

 詠唱なしで頭上から叩き込まれる不可視の風の鉄槌。
 来る感覚は少しづつ掴めてきたが、まだ避ける程には至らなく、いかに少ない被害でやり過ごすかしか方法がなかった。
 
「うっ……うううう」

しかし、低級魔法といえど身体はまだ子供。辛うじて腕で受け止めるものの、骨は軋み内側から何か嫌な音がし吐血する。

「ぐはっ……!」

 そのまま僕は再び床に倒れる。
 これで何度目だろうか、何日この様な特訓……いや、もはや拷問に近いだろう。身体はボロボロになり意識がなくなりそうになった時。

「ヒール」

 老人は俺に治癒魔法をかけ無理やりにでも意識を覚醒させる。
 身体の損傷もほぼ完治していた。

「まだ勢いを殺せていません、もう1度」

 立ちたくない。
 身体は回復しようと心がもたない。
 どうしてこんな事するの? 何でまた立ち上がらないといけないの? おなかすいたよ、のどもかわいたよ、ゆっくりねたいよ。
 
 「寝たままでも構いませんが、もっと痛みますよ」

 痛いのは嫌だ。
 以前も寝たままやり過ごそうとしたら容赦なく魔法を打ち込まれた。本当に死ぬかと思った。
 僕は魔法が使えない。だから魔法を覚える。身体で覚える。タイミング、痛み、対処法。無事に対処できるまで何でも。
 そうしないとここでは生きていけないんだって。
 でももう……今日はもう立てないよ………。
 僕の意識はそこで無くなった。


「……はっ!!??」
 
 俺はベッドから勢いよく起き上がる。
 夢だったとはいえ全身汗だらけだ。

「昨日の実技のせいか……嫌な事思い出させんじゃねぇよ……」

 後でランス見つけたら蹴飛ばしてやろう。
 無駄に目も覚めてしまい、2度寝するのも勿体無いので少し早いが、動きやすい服装に着替え学園の外へと向かった。 
 
 丁度日が出始めたくらいか、学園の外辺りには何も無く透き通った空気が美味しく感じた。
 
「さて、5周くらいでいいか」

 俺は学園の外壁周りを辿りランニングを始める。
 特別な理由がない限り、ランニングは毎日行なっている。
 一人で走り続けていると4周目に差し掛かった辺りで、校門で何やら準備運動をしているウインドに出会う。

「こんな早くから珍しいな」
「おはようクロト。 クロトこそ僕より早いじゃないか」
「まぁ……そうだな、日課みたいなもんだ」
「へぇーそうなんだね、僕以外で朝に走っている人なんて初めて見たよ」

 嬉しそうに話すウインド。
 
「よかったら一緒に走らない?」
「いいぜ」
「外壁周りでいいよね? この大きさなら1周ってとこかな」

 少し目標より減ってしまったがまぁいいか。
 俺はウインドと一緒に走り始める。
 
「クロトはいつも朝走っているのかい?」
「ああ、物心ついた時から大体はな」
「……なるほどね、道理で凄いわけだ」
「ただ走るだけなら誰でもできるぜ?」
「そうだけど鍛える目的で走る人なんてあまり見かけないよ?」

 俺からしたら日課の様なもんだから凄くも何ともないんだけどな。
 
「そういうならお前も変わってる奴だな」
「僕の場合はクロトと似た感じだよ、魔法が得意じゃなくてさ……やれる事は全てやっておきたくて」
「そうか、頑張れよ」

 
 そんな会話を交えつつ、一周を走り終える。

「はぁ……はぁ、結構……距離があったね……丁度いいかも」
「ああ」
「ああって………クロト全然息を切らしてないじゃないか!」
「そうか? 割といい汗かいたぜ」
「僕より前に走ってたのにどんな体力してるんだい……まぁクロトなら納得か」
「人を化け物みたいに言うなよ」
「魔法を素手で撃ち落とせる人がよく言うよ~とりあえず今日はここまでにしようかな、また朝走るならよろしくクロト」
「おう」

 そう言うと先に寮へ戻って行くウインド。
 俺は後1周ほど走った後、寮へと戻った。

 寮に戻り制服に着替える。そしてそのまま学院生の泊まる塔の近くへと向かう。
 面倒なことに出迎えるのがここの決まりの様だ。
 
「ー今向かっているー」
「ーわかったわ、もう少しで降りるねー」

 俺は思念石を使いシロナと連絡を取る。
 しかし本当に便利だなこれ、距離に限定があるとはいえなかなか使い勝手がいい。俺の場合は魔石の魔力に頼ってるから回数も限定的だが。
 通常魔法が使えない事には慣れたが、こういう部分は魔力持ってなくて残念だとしみじみ思う。
 と、思考しながら歩いていると、お嬢様達が泊っている寮の塔へと到着する。
 辺りを見回すと、同じ様に騎士達がご主人様を待っているようだ。そこにいたフルとウインドの二人組と目が合い、こちらに向かってくる。


「あら、おはようクロト、今日もかっこいいわね♡」
「男に言われてもな~おはよう、二人で待ってたのか?」
「フルとは偶然出るときに会ってね、ユキナ様もリーフお嬢様と降りてくるみたいだから」
「そうか、ならシロナも降りてくるから集まるかたちになるな」

 適当に雑談していると、シロナにリーフ、ユキナの三人組が塔から出てきた。

「おはようみんな」
「お、おはようございます!」
「……おはよう」

 元気よく挨拶する3人。新たな寝室も問題なく睡眠できたようだ。

「今日は野外実習ね、私はあまりアーツから出ることがないからちょっと不安ね」
「ん? そうなのか? まぁ区画外に行こうが第さ……あそこに行ける度胸あるなら全く問題ないと思うけどな」
「ーちょっと気を付けてよね! 私が行ったなんてバレたら面倒なことになるじゃないー」
「ー悪い悪いー」

 思念で注意される。本当便利だな。

「……私とウインドは何度かある」
「あら? そうなの? ユキナならわかるけれどウインドも?」
「あ……はい、訓練で何度かユキナお嬢様と」
「ふーん、いいわねそういうもの、クロトとは……」

 ちらりとこちらを見るシロナ。

「必要なさそうね、いい意味でも悪い意味でも」
「どういう意味だよ」
「別に、期待してるってことよ」
「わ、私とフルは後衛だから連携というよりお話合いかな」
「そうね! リーフちゃんいざとなったら凄いんだから♡」
「確かに見てみたいわね……ハートフル家の絶対指揮……だっけ?」

 シロナがリーフに問いかける。
 するとあわあわとびっくりした様な照れ隠しをしているような表情で答えた。

「え?! あ、ああ大げさだよね絶対指揮だなんて、私なんてそんなそんな」
「ハートフル家は代々戦術家として名を馳せていて、サイドスキルを使っての指揮がどれも的確かつ大胆、アーツの頭脳と呼ばれているくらいで、皆が絶対指揮と呼ぶようになったらしいわ」
「ふーんそうなのか、このあわあわお嬢ちゃんがねぇ……」
「あらクロト、リーフちゃんを甘く見ていると痛い目にあうわよぉ~私がリーフちゃんの騎士に立候補したのも、戦術のお勉強させてもらってるからなのよ♡」
「いちいち近けぇよ!」

 顔のすぐすぐ側まで接近してくるフル。寮の風呂は注意しておこう。

「そういえばユキナはウインド君とはどうやって出会ったの?」
「……偶然」
「偶然?」
「ええ、本当に偶然でした。寧ろ助けてもらった……と言った方が正しいのかもしれません」

 ウインドがユキナに返答する。
 するとユキナはウインドを見つめながら答える。

「助けてもらったのは私の方ほう」
「いえ、あの時ユキナ様がいらっしゃらなければ、僕はそのまま倒れていたでしょう」
「でもその後助けてくれた」
「いえ、そんな……」
「わかったわかった、お互い素晴らしい信頼だな」

 長くなりそうだったので間に入る。何やら騒動があったらしいが、よい出会いになっていたみたいだ。

「そうだね、ユキナ様は僕の恩人でもある。これからもずっと……そういうクロトはどうしてシロナお嬢様に?」
「俺はただ、東方から来た俺を拾ってくれたのがこいつだっただけの事だ」
「本当、変な拾い物したものだわ」
「なるほど、東方というと未だあまり知られていないと聞くけれど……どうやってアーツへ?」
「すまん、昔の記憶がなくてな」

 これは本当だ。余計な詮索をされずに済むしな。

「そうだったんだ……ごめんよ」
「気にするな、大した事ない」
「そうね、これからよクロト!!」
「だからちけぇって!!!!」

 それを見て皆が笑い出す。こいつもこいつで考えてやってるのかもな。
 
 そんな話をしている内に、今日の集合場所である学院前に到着する。
 時間も良い頃合いで、大体の人数は集まっているようだ。
 そして少し待つと一人の見たことのない教師らしき人物が現れる。
 どうやら女性の様だが、青のフードを深くかぶり茶髪の長い髪と唇だけがうっすらと見える。
 それを教師と認識したのか皆は注目して、教師らしき人物の言葉を待った。

「みんないるわね、いない子は手をあげて……ふふ、いないわね。初めまして私はサース・カーポ。 バレット先生が今日はお休みなので私が今日担当することになったわ」

 どうやら危ない先生の様だ。ふふふと薄気味悪い笑いをしている。
 いつもなら質問したりなんたりする学院生などいるが静まり返っているので皆同じ考えのようだ。

「聞いてのとおり、今日はサナナラの森で騎士と学院生共同の野外実習をします。低級な魔物しか出ませんが油断すると怪我するので気を付けてください」

 説明をしながらサースは土魔法か何かだろうか、目の前の地面が盛り上がり地図の様な形になる。おそらくサナナラの森の地図だろう。

「まず各3ペアずつ分かれてもらいます。大丈夫、自分たちで分かれてとは言いません。私がしっかり選びますから、余るなんて悲しい思いはしなくていいですからね……ふふふふ」

 またもや不気味に笑うサース。強く生きてくれ。

「ペアに分かれた後、各自スタート位置を変えて一斉に森へと入ってもらいます。中心部にあるサナナラの大樹を目指してください、ただ向かうだけでいいんですから簡単ですよね……ここまでで何か質問は?」

 普段なら先ほどと同じく質問の一つや二つは出るだろうが、空気を察してか質問する騎士も生徒もいなかった。

「素直な生徒で先生嬉しいです。質問が出たらゆっくりとわかるまでその子には残ってもらうなんて悲しい事になるのでね……ではペアを作ってきます」
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