Réglage 【レグラージュ】

文字の大きさ
上 下
81 / 165
ブリュートナー 『クイーン・ヴィクトリア』

81話

しおりを挟む
 ブリュートナーをどうしても使いたい、それだけでサロメはここまで予想した。

「だからといって、個人で所有しているピアノをコンクールで使えるわけないだろ」

 ランベールの言う通りである。いかにブリュートナーが優れたピアノであっても、実績もない人物が譲り渡すと言ったところで、返されるのがオチだ。先のように、審査員がリサイタルやらコンサートやらで使ったわけでもない。

 しかし、サロメにはとある確信がある。

「それが、この人限定で通るかもしれない……って話だったら?」

「……?」

 やはり話が見えてこないランベール。たしかに、血筋として貴族というのは少なくとも、何かしらの恩恵があるかもしれないが、ピアノのコンクールでそんなことは、天地がひっくり返ってもありえない。全て実力至上の世界。ピアノを追加できるなんて、一体どんな権力があれば。

 だが、ユーリの反応は真逆のもの。動揺が走る。
 
「……あなたは一体……?」

 どこまで知っている? そんな訴え。

 その反応で一〇割。サロメは発言を止めない。怯んでいる相手にラッシュをかけるのは楽しいね。

「なんで調律を他の人にやらせたくないの? というより、この調律から『動かしたくない』という気すらしてくるわね」

「……」

 押し黙るユーリを横目に、さらにサロメは畳み掛ける。

「まぁひとり言だけど? あんた、喋りに若干の北部ドイツ語訛りがあるわね? 濁音を澄ませようと思って無理してる。父親はフランス貴族様、ってことは母親がドイツ人? もしくはスイスってとこかしら。あたしの耳は誤魔化せないっての」

「だからなんだ? なにかそれでまずいことでもあるのか?」

 これもユーリの反応から確定。サロメにしかわからないちょっとした言葉の気づき。

「あるわけないでしょ。国なんかどうでもいいっての。あんたに興味なんかない。ただ、なんでそんなに目立ちたいのかって話よ。知識のない人間が調律したピアノなんかで、審査が通るわけないでしょ」

 調律師とは、ピアニストと同じ位置にいる。そう考えているサロメには、ナメているとしか思えなかった。ピアノが弾けるから調律もできる、なんてのは全く別の話。才能よりも経験と知識が全てを語る世界。

 しかし、それでもユーリは折れない。頑強な精神を持っていることは確実。

「以前、調律していた人に教わってきた。道具もある。それも含めて勉強中だ」

 全てのサロメの発言を受け入れた上で、それでも自分で。

 ふぅ、と緊迫した息を吐いてサロメはリセット。踵を返した。

「あっそ。もーいーや。帰るわよ」

 しかし、痺れを切らしたカリムが、またも間に入る。

「いい加減にしないか。勝ちたい気持ちはわかるが、それはあくまでお前はピアノで、だ。調律は調律師の方々に任せるんだ」

 カリム自体、ピアノに傾倒しているわけではないが、両方でなど簡単に上へ上りつめられるものではない、という予想はついている。そしてそれはこの場にいる二人に対し、失礼にあたる、と判断した。

 それでもユーリは自分のピアノ道は自分で決める。そしてその上で勝つ。

「結構です。自分の目指したい音は、自分が一番わかっている」

「ていう割には、ブリュートナーのことが全然わかってないのね。甘い、マラドーナの娘の扱いくらい甘いわ」

 わかりづらい例えをサロメは用いて、度合いを示す。

「あなたの方がブリュートナーに詳しいと?」

 マラドーナには触れず、重要なところだけユーリは選んだ。いちいち余計なところに反応することはない。

「当たり前でしょ。こちとら調律でお金もらってんのよ。責任感が違うっつーの」

 帰るつもりだったが、つっかかってきた貴族様に、サロメのスイッチが入る。こうなるといくところまでいく。

 冷ややかな目をサロメに向けつつ、ユーリはひとつの可能性を挙げた。

「……とすると、あなたならチャイコフスキーコンクールで勝てるようにできるとでも?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

新訳 軽装歩兵アランR(Re:boot)

たくp
キャラ文芸
1918年、第一次世界大戦終戦前のフランス・ソンム地方の駐屯地で最新兵器『機械人形(マシンドール)』がUE(アンノウンエネミー)によって強奪されてしまう。 それから1年後の1919年、第一次大戦終結後のヴェルサイユ条約締結とは程遠い荒野を、軽装歩兵アラン・バイエルは駆け抜ける。 アラン・バイエル 元ジャン・クロード軽装歩兵小隊の一等兵、右肩の軽傷により戦後に除隊、表向きはマモー商会の商人を務めつつ、裏では軽装歩兵としてUEを追う。 武装は対戦車ライフル、手りゅう弾、ガトリングガン『ジョワユーズ』 デスカ 貴族院出身の情報将校で大佐、アランを雇い、対UE同盟を締結する。 貴族にしては軽いノリの人物で、誰にでも分け隔てなく接する珍しい人物。 エンフィールドリボルバーを携帯している。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

我慢できないっ

滴石雫
大衆娯楽
我慢できないショートなお話

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...