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ブリュートナー 『クイーン・ヴィクトリア』
81話
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ブリュートナーをどうしても使いたい、それだけでサロメはここまで予想した。
「だからといって、個人で所有しているピアノをコンクールで使えるわけないだろ」
ランベールの言う通りである。いかにブリュートナーが優れたピアノであっても、実績もない人物が譲り渡すと言ったところで、返されるのがオチだ。先のように、審査員がリサイタルやらコンサートやらで使ったわけでもない。
しかし、サロメにはとある確信がある。
「それが、この人限定で通るかもしれない……って話だったら?」
「……?」
やはり話が見えてこないランベール。たしかに、血筋として貴族というのは少なくとも、何かしらの恩恵があるかもしれないが、ピアノのコンクールでそんなことは、天地がひっくり返ってもありえない。全て実力至上の世界。ピアノを追加できるなんて、一体どんな権力があれば。
だが、ユーリの反応は真逆のもの。動揺が走る。
「……あなたは一体……?」
どこまで知っている? そんな訴え。
その反応で一〇割。サロメは発言を止めない。怯んでいる相手にラッシュをかけるのは楽しいね。
「なんで調律を他の人にやらせたくないの? というより、この調律から『動かしたくない』という気すらしてくるわね」
「……」
押し黙るユーリを横目に、さらにサロメは畳み掛ける。
「まぁひとり言だけど? あんた、喋りに若干の北部ドイツ語訛りがあるわね? 濁音を澄ませようと思って無理してる。父親はフランス貴族様、ってことは母親がドイツ人? もしくはスイスってとこかしら。あたしの耳は誤魔化せないっての」
「だからなんだ? なにかそれでまずいことでもあるのか?」
これもユーリの反応から確定。サロメにしかわからないちょっとした言葉の気づき。
「あるわけないでしょ。国なんかどうでもいいっての。あんたに興味なんかない。ただ、なんでそんなに目立ちたいのかって話よ。知識のない人間が調律したピアノなんかで、審査が通るわけないでしょ」
調律師とは、ピアニストと同じ位置にいる。そう考えているサロメには、ナメているとしか思えなかった。ピアノが弾けるから調律もできる、なんてのは全く別の話。才能よりも経験と知識が全てを語る世界。
しかし、それでもユーリは折れない。頑強な精神を持っていることは確実。
「以前、調律していた人に教わってきた。道具もある。それも含めて勉強中だ」
全てのサロメの発言を受け入れた上で、それでも自分で。
ふぅ、と緊迫した息を吐いてサロメはリセット。踵を返した。
「あっそ。もーいーや。帰るわよ」
しかし、痺れを切らしたカリムが、またも間に入る。
「いい加減にしないか。勝ちたい気持ちはわかるが、それはあくまでお前はピアノで、だ。調律は調律師の方々に任せるんだ」
カリム自体、ピアノに傾倒しているわけではないが、両方でなど簡単に上へ上りつめられるものではない、という予想はついている。そしてそれはこの場にいる二人に対し、失礼にあたる、と判断した。
それでもユーリは自分のピアノ道は自分で決める。そしてその上で勝つ。
「結構です。自分の目指したい音は、自分が一番わかっている」
「ていう割には、ブリュートナーのことが全然わかってないのね。甘い、マラドーナの娘の扱いくらい甘いわ」
わかりづらい例えをサロメは用いて、度合いを示す。
「あなたの方がブリュートナーに詳しいと?」
マラドーナには触れず、重要なところだけユーリは選んだ。いちいち余計なところに反応することはない。
「当たり前でしょ。こちとら調律でお金もらってんのよ。責任感が違うっつーの」
帰るつもりだったが、つっかかってきた貴族様に、サロメのスイッチが入る。こうなるといくところまでいく。
冷ややかな目をサロメに向けつつ、ユーリはひとつの可能性を挙げた。
「……とすると、あなたならチャイコフスキーコンクールで勝てるようにできるとでも?」
「だからといって、個人で所有しているピアノをコンクールで使えるわけないだろ」
ランベールの言う通りである。いかにブリュートナーが優れたピアノであっても、実績もない人物が譲り渡すと言ったところで、返されるのがオチだ。先のように、審査員がリサイタルやらコンサートやらで使ったわけでもない。
しかし、サロメにはとある確信がある。
「それが、この人限定で通るかもしれない……って話だったら?」
「……?」
やはり話が見えてこないランベール。たしかに、血筋として貴族というのは少なくとも、何かしらの恩恵があるかもしれないが、ピアノのコンクールでそんなことは、天地がひっくり返ってもありえない。全て実力至上の世界。ピアノを追加できるなんて、一体どんな権力があれば。
だが、ユーリの反応は真逆のもの。動揺が走る。
「……あなたは一体……?」
どこまで知っている? そんな訴え。
その反応で一〇割。サロメは発言を止めない。怯んでいる相手にラッシュをかけるのは楽しいね。
「なんで調律を他の人にやらせたくないの? というより、この調律から『動かしたくない』という気すらしてくるわね」
「……」
押し黙るユーリを横目に、さらにサロメは畳み掛ける。
「まぁひとり言だけど? あんた、喋りに若干の北部ドイツ語訛りがあるわね? 濁音を澄ませようと思って無理してる。父親はフランス貴族様、ってことは母親がドイツ人? もしくはスイスってとこかしら。あたしの耳は誤魔化せないっての」
「だからなんだ? なにかそれでまずいことでもあるのか?」
これもユーリの反応から確定。サロメにしかわからないちょっとした言葉の気づき。
「あるわけないでしょ。国なんかどうでもいいっての。あんたに興味なんかない。ただ、なんでそんなに目立ちたいのかって話よ。知識のない人間が調律したピアノなんかで、審査が通るわけないでしょ」
調律師とは、ピアニストと同じ位置にいる。そう考えているサロメには、ナメているとしか思えなかった。ピアノが弾けるから調律もできる、なんてのは全く別の話。才能よりも経験と知識が全てを語る世界。
しかし、それでもユーリは折れない。頑強な精神を持っていることは確実。
「以前、調律していた人に教わってきた。道具もある。それも含めて勉強中だ」
全てのサロメの発言を受け入れた上で、それでも自分で。
ふぅ、と緊迫した息を吐いてサロメはリセット。踵を返した。
「あっそ。もーいーや。帰るわよ」
しかし、痺れを切らしたカリムが、またも間に入る。
「いい加減にしないか。勝ちたい気持ちはわかるが、それはあくまでお前はピアノで、だ。調律は調律師の方々に任せるんだ」
カリム自体、ピアノに傾倒しているわけではないが、両方でなど簡単に上へ上りつめられるものではない、という予想はついている。そしてそれはこの場にいる二人に対し、失礼にあたる、と判断した。
それでもユーリは自分のピアノ道は自分で決める。そしてその上で勝つ。
「結構です。自分の目指したい音は、自分が一番わかっている」
「ていう割には、ブリュートナーのことが全然わかってないのね。甘い、マラドーナの娘の扱いくらい甘いわ」
わかりづらい例えをサロメは用いて、度合いを示す。
「あなたの方がブリュートナーに詳しいと?」
マラドーナには触れず、重要なところだけユーリは選んだ。いちいち余計なところに反応することはない。
「当たり前でしょ。こちとら調律でお金もらってんのよ。責任感が違うっつーの」
帰るつもりだったが、つっかかってきた貴族様に、サロメのスイッチが入る。こうなるといくところまでいく。
冷ややかな目をサロメに向けつつ、ユーリはひとつの可能性を挙げた。
「……とすると、あなたならチャイコフスキーコンクールで勝てるようにできるとでも?」
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