Réglage 【レグラージュ】

文字の大きさ
上 下
42 / 165
グロトリアン・シュタインベルク 『シャンブル』

42話

しおりを挟む
 水曜日。

「こんにちはー、お願いしまっす」

 先週帰った時は疲れてそのまま寝てしまったが、その後体力も回復して、数日後の今日。五区で有名なケーキ屋でミルフィーユを食べてから来たので、サロメの気分はよい。なんだったのだろうか、と不思議だったが、とりあえず長引くものではなかったと胸を撫で下ろした。

「よく来てくれた。よろしくね。これ、オニオングラタンスープとガレット。メニューにはないんだけどね」

 出迎えるなり、カフェの厨房からマチューが両手に料理を持って出てくる。なんとなくこの子はこういうことになるんだろう、と先週学習していた。

「ありがとうございまーす! お腹空いてたんですよ、唯一の休みなのにすいません」

 水曜日は午前中のみお店は営業をする。フランスでは珍しいが、日曜日もこの店が営業しているのは観光客が多いため。『日曜日は家族と家で過ごすもの』という風習が染み付いており、博物館などを除けば、駅近郊の店や政府が認めた店、ショッピングモールがちらほら、くらいしかやっていない。ちなみに、パン屋は近隣の店同士で話し合い、絶対にどこかの店は開いている。

「こっちこそ、お店の休業時間に合わせてもらってごめんね。じゃあ、僕は少し出てくるけど、ゆっくりしていって。ほら、これも休憩に食べて。トースターは使っていいから」

「クロックムッシュ! ありがとうございます!」

 と、ランチ以外におやつもいただき、とりあえずサロメは今日の予定を再確認。整調して調律を数回、できれば整音も。特に、このピアノほどの力強さとしなやかさを併せ持つピアノともなると、調律は場に馴染ませることも含めて最低でも三回。後日また来ることにもなるだろう。

「それにしても……」

 先週も思ったことだが、もし火災でも起きたら大変なことなる本の量だ。そういう法律は守られているのかが気になってしまう。静寂に包まれる中、先週はちゃんと見られなかったこともあり、店内をサロメは散策してみる。本に興味があるわけではないのだが、お店自体に興味はある。ピアノがあるくらいだ、他になにか気になるものもあるかも知れない。

「本以外にも写真集とか、有名人のサインやら写真やら。だれのTシャツ? これ」

 有名なバンドマンらしき人のようだが、さっぱりサロメは知らない。ポリーニとかアルゲリッチだったら欲しかった。

 さらに、観光地ということもあり、オリジナルグッズも販売している。商魂逞しいというか、しかし需要もあるのだから狙いは正しいのだろう。

「Tシャツにマグカップにトートバッグに……さすが観光名所。なんでもやるねぇ」

 二階まで行って堪能し、ピアノのもとへ戻ってくると、不思議とこの店に馴染んでいるようにも思える。慣れとは怖いものだ。

 最高のピアノと、それを調律する自分。サロメは気合を入れ直す。

「頑張らなきゃね……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

我慢できないっ

滴石雫
大衆娯楽
我慢できないショートなお話

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

ハバナイスデイズ~きっと完璧には勝てない~

415
ファンタジー
「ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれの『岩戸屋』店主、平坂ナギヨシです。冷やかしですか?それとも……ご依頼でしょうか?」 普遍と異変が交差する混沌都市『露希』 。 何でも屋『岩戸屋』を構える三十路の男、平坂ナギヨシは、武市ケンスケ、ニィナと今日も奔走する。 死にたがりの男が織り成すドタバタバトルコメディ。素敵な日々が今始まる……かもしれない。

処理中です...