Parfumésie 【パルフュメジー】

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重々しく。

181話

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 ブランシュにも、その優しさは伝わった。感謝を述べる。ストラディバリウスって言わないほうがよかったかも。

「あの……ありがとう、ございます」

 うん、と頷いてルノーは手を振る。

「じゃ、ごゆっくり。自分は帰るけど、なにかあったら電話頼むね。それじゃ」

 と、それだけ残して退室。他にも仕事がある。主にサロメのクレームの後始末。

 パタン、と閉まったドアのあと、無音。防音室ということもあり、外からも音は入ってこない。

 サロメも調律を開始する。まずは整調から。ガタつきなどのチェック。

 そして会話の口火はイリナが切った。

「……ストラディバリウス、本物なのか……?」

 先ほどとは違う切り口。それだけ知りたい。

 古のヴァイオリンが刻む、その歴史がずっしりと、細いブランシュの腕にのしかかる。

「……はい、証拠はありませんが、間違いないかと。メサイアやオルカといった、代表する名器とは違いますが……」

 確証はないが間違いない。言ってからおかしいと気づいたが、特に取り消さない。それ以外に言う言葉がない。なんと言うのが正解なんだろう。

 だが、イリナももう深くは追及しない。自分だって、隠したい事もある。聞きたいけど。聞きたいけども。

「…………よし、やるかッ! 時間がもったいないもんな。明日までしか使えないし。どうでもいいこと考えるほどの余裕、ないし」

 雑念は捨てて、今はサン=サーンスに集中する。そんな器用にたくさん取り込めない。ただただ、譜面を読んでひとつひとつ自分のものにする。『ピアニッシモが綺麗』とか、『音の粒立ち』だとかは、他人からの評価。自分の目指すものではない。

 なんとか同じ方向を向いていけそう。ブランシュは一度、新しくも古いそのヴァイオリンで弾く姿勢を取る。

「お互い、使い慣れていない楽器で。わからないことだらけです」

 少しだけ弾いてみる。細かく音が違う。まだ凄さがわかるほど一緒にやれていないので、思いっきり弾くとなるとやはり元々使っていたほうがいい。今回だけだ。

「人生なんてだいたいわかんないだろ。いきなりピアノが弾けなくなる時もあれば、目の前に数百万ユーロするかもしれない楽器があることも。香水はどこまで出来上がってる?」

 つられて、イリナも軽く指慣らし。やはりタッチの感覚も、音の通りも全然違う。弾きにくいというほどではないが、また一から作り直さなきゃ。でもなぜか、それが楽しそうで。

 香水。上手く弾くことが目的ではなく、香水を作ることがメイン。ブランシュとしてはそこを間違えてはいけない。

「あとは最後のひとつが決まれば。悩んでいたのですが、今日それも解決すると思います。サリエリが教えてくれました」

 映画の中に込められた、小さくて見逃してしまいそうなほどのヒント。だが確実に、死生観というものが更地から組み上がった。

 自分とは違う視点を持っている。イリナは映画を思い返してみたが、そんなことサリエリは教えてくれなかった。

「え? どのへん?」

 それぞれ、得た経験値は違うもの。ブランシュに刻まれたものは、自身だけでは到底触れることができなかった。

「『死』とは感情。ならば、サン=サーンスの伝えたかった意味とは。その答えは——」

「答えは?」

 調律途中のサロメが唐突に問う。顔は向けずに、ピアノに触れたままで。

 すると、ブランシュは『死の舞踏』の一節を軽やかに弾いた。

「その答えは、私達の音の中にあります」
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