86 / 208
自由な速さで。
86話
しおりを挟む
その後はブランシュとニコルの部屋へ。
さすがに三人となると若干の窮屈さはあるが、ブランシュにとってはなんだか秘密のパーティーでもやっているようで楽しい。元々、ひとり部屋だったこともあり、賑やかになるのは少し不思議な感じだが、嬉しいことに変わりはない。お茶菓子がまだ下のベッド裏に貼り付けて残っていたので、三人ぶんのエスプレッソと一緒に出す。見つかるとニコルに食べられていた。
「うわー、まだあったのか。気づかなかった」
少し悔しそうにガレット・シャランテーズを頬張るニコルが、頭を抱えた。全部見つけたと思っていたのに。
「灯台もと暗しです」
冷静に、無表情のブランシュが返す。まさか自分の身近にあるとは思わなかっただろう。少し、してやったり。
「ありがたい」と、エスプレッソとお菓子をいただきながら、フォーヴが話を切り替える。重要なこと。
「で、ピアノに当てがあるって本当なのか? なーんか裏がある気がするね」
最初から出さなかった奥の手に、若干の怪しさを感じ取る。
それには、ニコルは飲み込みながら、あっけらかんと答えた。
「裏はあるよ。いけるかはわからないからね。いけたらデカい」
確実ではない。だが、そのぶんのリターンもある。そういうこと。だから、使わないで済むなら、それで済ませたかった。そんなこと言っている場合ではなくなったから使う。三人が戻ってきてからでも、フォーヴはいないが、なんとかなるかもしれない。それでも、やるだけはやってみる。
「ま、その辺は任せるよ。楽しみにしてる」
それを聞いて、フォーヴも安心した。サイコロを振った目で決まる、そんな行き当たりばったりの旅行だが、記憶には鮮明に残るだろう。本来なら出会えなかったかもしれない者達にも会えたし。これだから旅は面白い。
「でも、本当は観光に来られてたはずなのに……申し訳ありません」
本人がいいと言いつつも、やはりブランシュは気になってしまう。三日間、なにかいい思い出を持っていってくだされば、そう考える。
ブランシュは優しいなぁ、とフォーヴは笑みを浮かべた。
「いいっていいって。本当にノープランだったから。さっきも言ったけど、むしろ感謝したいくらいさ。面白いことに巻き込んでくれて。それよりも」
と、テーブルに置かれたアトマイザーをひとつ、手に取った。
「香水。ぜひ作ってみてほしい。曲はそうだね、バッハ『無伴奏チェロ組曲』とかどう?」
おそらくチェロの曲の中でも、五本の指には入るであろう有名な曲。その曲をイメージした香水。その作成過程をフォーヴは見てみたい。
「香水、ですか?」
「おぉ? いいんじゃない? いいよ、やるやる」
逡巡するブランシュとは逆に、どの曲かわからないが、ニコルは快く引き受けた。当然作るのはブランシュ。それくらいは安いもんよ、と悩むまでもない。
ジトっとした視線をブランシュはニコルに向ける。しかし、それでよければぜひお土産に持っていってほしいと、快諾した。
「はい、喜んで。楽しんで作らせていただきます」
さすがに三人となると若干の窮屈さはあるが、ブランシュにとってはなんだか秘密のパーティーでもやっているようで楽しい。元々、ひとり部屋だったこともあり、賑やかになるのは少し不思議な感じだが、嬉しいことに変わりはない。お茶菓子がまだ下のベッド裏に貼り付けて残っていたので、三人ぶんのエスプレッソと一緒に出す。見つかるとニコルに食べられていた。
「うわー、まだあったのか。気づかなかった」
少し悔しそうにガレット・シャランテーズを頬張るニコルが、頭を抱えた。全部見つけたと思っていたのに。
「灯台もと暗しです」
冷静に、無表情のブランシュが返す。まさか自分の身近にあるとは思わなかっただろう。少し、してやったり。
「ありがたい」と、エスプレッソとお菓子をいただきながら、フォーヴが話を切り替える。重要なこと。
「で、ピアノに当てがあるって本当なのか? なーんか裏がある気がするね」
最初から出さなかった奥の手に、若干の怪しさを感じ取る。
それには、ニコルは飲み込みながら、あっけらかんと答えた。
「裏はあるよ。いけるかはわからないからね。いけたらデカい」
確実ではない。だが、そのぶんのリターンもある。そういうこと。だから、使わないで済むなら、それで済ませたかった。そんなこと言っている場合ではなくなったから使う。三人が戻ってきてからでも、フォーヴはいないが、なんとかなるかもしれない。それでも、やるだけはやってみる。
「ま、その辺は任せるよ。楽しみにしてる」
それを聞いて、フォーヴも安心した。サイコロを振った目で決まる、そんな行き当たりばったりの旅行だが、記憶には鮮明に残るだろう。本来なら出会えなかったかもしれない者達にも会えたし。これだから旅は面白い。
「でも、本当は観光に来られてたはずなのに……申し訳ありません」
本人がいいと言いつつも、やはりブランシュは気になってしまう。三日間、なにかいい思い出を持っていってくだされば、そう考える。
ブランシュは優しいなぁ、とフォーヴは笑みを浮かべた。
「いいっていいって。本当にノープランだったから。さっきも言ったけど、むしろ感謝したいくらいさ。面白いことに巻き込んでくれて。それよりも」
と、テーブルに置かれたアトマイザーをひとつ、手に取った。
「香水。ぜひ作ってみてほしい。曲はそうだね、バッハ『無伴奏チェロ組曲』とかどう?」
おそらくチェロの曲の中でも、五本の指には入るであろう有名な曲。その曲をイメージした香水。その作成過程をフォーヴは見てみたい。
「香水、ですか?」
「おぉ? いいんじゃない? いいよ、やるやる」
逡巡するブランシュとは逆に、どの曲かわからないが、ニコルは快く引き受けた。当然作るのはブランシュ。それくらいは安いもんよ、と悩むまでもない。
ジトっとした視線をブランシュはニコルに向ける。しかし、それでよければぜひお土産に持っていってほしいと、快諾した。
「はい、喜んで。楽しんで作らせていただきます」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
新訳 軽装歩兵アランR(Re:boot)
たくp
キャラ文芸
1918年、第一次世界大戦終戦前のフランス・ソンム地方の駐屯地で最新兵器『機械人形(マシンドール)』がUE(アンノウンエネミー)によって強奪されてしまう。
それから1年後の1919年、第一次大戦終結後のヴェルサイユ条約締結とは程遠い荒野を、軽装歩兵アラン・バイエルは駆け抜ける。
アラン・バイエル
元ジャン・クロード軽装歩兵小隊の一等兵、右肩の軽傷により戦後に除隊、表向きはマモー商会の商人を務めつつ、裏では軽装歩兵としてUEを追う。
武装は対戦車ライフル、手りゅう弾、ガトリングガン『ジョワユーズ』
デスカ
貴族院出身の情報将校で大佐、アランを雇い、対UE同盟を締結する。
貴族にしては軽いノリの人物で、誰にでも分け隔てなく接する珍しい人物。
エンフィールドリボルバーを携帯している。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ハバナイスデイズ~きっと完璧には勝てない~
415
ファンタジー
「ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれの『岩戸屋』店主、平坂ナギヨシです。冷やかしですか?それとも……ご依頼でしょうか?」
普遍と異変が交差する混沌都市『露希』 。
何でも屋『岩戸屋』を構える三十路の男、平坂ナギヨシは、武市ケンスケ、ニィナと今日も奔走する。
死にたがりの男が織り成すドタバタバトルコメディ。素敵な日々が今始まる……かもしれない。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる