Parfumésie 【パルフュメジー】

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70話

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「大道芸人というわけじゃないんだけどね。人が集まるところでやるとこうなるか」

 世界中から大道芸人の集まる都市パリ。だが、さすがにペール・ラシェーズ墓地でやる人間はなかなかいない。それでやったもん勝ち。女性は満足した様子で、天に二人との出会いに感謝した。

「私はフォーヴ・ヴァインデヴォーゲル。ヴァイオリンやってたらまた会うでしょ。じゃあね」

 踵を返し、人混みの中に紛れていく。颯爽と風と共に去りぬ。

 それを既のところで、ニコルがフォーヴの両肩を背後から掴んだ。

「まぁ、待て待て待て待て」

 と、制止を求める。

「これからヒマ?」

 ブランシュは、ニコルがなにか悪いことを考えていることを瞬時に察した。こういう時の彼女は、だいたい心の中で打算的に動いている。フォーヴさん、逃げて、と念じた。

 だが、そんなブランシュの願いも虚しく、丁寧にフォーヴは応じてしまう。沼に片足突っ込んでしまった。

「まぁ、パリの観光でも、って思ってるけどね。あとは、地下鉄でチェロ弾いてみたり。ほら、映画『ポンヌフの恋人』であったやつ。ミシェルが地下鉄構内でチェロの音を聴いて、ジュリアンを探すシーン。あれをやってみたくて」

 一九九一年、フランス製作の映画『ポンヌフの恋人』。レオス・カラックス監督の分身ともいわれる、ドニ・ラヴァンが青年アレックスを演じた三部作の三作目。ポンヌフ橋で繰り広げられる、ホームレスのアレックスと放浪中のミシェルの恋愛映画。

 その作品で、ミシェルはジュリアンというチェリストを地下鉄で探すシーンがある。それをやりたいという。誰がミシェル役をやるのだろうか。

「なーるほどね。はいはい。で、手伝ってくれない?」

 適当にいなしつつ、ニコルは話を進める。

「内容によるね。どんな?」

 興味深そうにフォーヴは食いついてきた。面白そうならぜひ乗ってみよう。好奇心を優先するタイプだ。リスクは二の次。

「てか、フランス人じゃない? ドイツ?」

 そこでようやく、ニコルも気づいた。やはり少しイントネーションが違う。

 ふふん、となぜか勝ち誇ったような顔をしたフォーヴが、丁寧に説明する。

「いや、ベルギーさ。正確には言語もフランス語じゃなくて、ワロン語になるね。今日はベルギーも万聖節で休みだよ」

 ベルギーはドイツ語・フランス語・オランダ語が公用語となる。その中で、フランス語を話す地域をワロニーといい、その言語をワロン語という。なので、ベルギーのフランス語という括りで間違いはないのだが、標準的なフランス語とはまた違う、ワロン語という独立したものなのである。

 ま、通じるならいいか、とニコルは切り替えた。

「私はニコル。こっちはブランシュ。てか、ベルギーってことはルカルトワイネだったりする?」

 その質問を受け、口角を上げたフォーヴは肩をすくめた。

「よくわかったね。その通り」

 聖ルカルトワイネ学園。パリのモンフェルナ学園とは姉妹校であり、定期的に交流のあるブリュッセルの高校。フォーヴはそこの学生であるようだ。つまり、無関係な人間同士、というわけでは、大きな括りではない。少し親近感がお互いに湧く。

「なら都合がいいわ。じゃあとりあえず」

 手をパンッ、とひとつニコルは叩いて気合いを入れる。本当の目的。

「ショコラトリーの新作、見に行かない?」

 ビゼーとエネスコ。ふたりもまた、後日となった。
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