Parfumésie 【パルフュメジー】

文字の大きさ
上 下
53 / 208
歩くような早さで。

53話

しおりを挟む
「やっと、やっとわかりました!」

 部屋の扉を開けるなり、大きな声で彼女の名前を呼ぶ。自分でも予想より大音量で驚く。抑えきれない気持ちがプラスして乗っかったようだ。三人と別れたあと、午後の講義の鐘が鳴った気がするが、それよりも早く伝えたかった。玄関を越え、部屋に体当たりのように入っていく。

 彼女が来てから、ブランシュの生活は大きく変わった。無色透明だった日々にべったりと色が塗られ、部屋の壁も、空けたままだったベッドも、いつの間にかなくなるお菓子も、彼女のいる日常が自分の日常になった。このまま青春を謳歌して、夜に外に出て守衛さんに怒られたり、講義をサボってお買い物したり、実家に一緒に行って香水工場を見学したり、きっとそんな思い出が作成されるのであろう。 

「……まだ、帰ってきてないんですね」

 水曜日の午後、彼女が先に戻って寝ると言って帰った後、すぐにブランシュも戻ったが、そこに姿はなく、制服だけがハンガーに掛けられていた。言うこととやることが違っている人だというのは、数日一緒にいただけでもわかっている。こんなことも今後あるのだろう。今後も。

「勝手に壁紙とか、変えないでほしいです」

『え、だって空いてるんだからいいじゃん。昔の女優のポスターとか貼るとオシャレじゃない? マリリン・モンローとか』

「部屋では落ち着きたいです」

『なら天井がプラネタリウムみたいになるやつ、あれ買おうよ。二人で上のベッドでさぁ』

 きっとこんな会話になるのだろう。ブランシュは彼女の返しまで予想を立ててみる。まだ二日しかいなくなってから経っていない。だが、それでもいる日常が当たり前になっていた。静かな部屋が、なんとなく落ち着かない。彼女の持ち込んだ一〇の小瓶がゆらゆらと揺れている。

「私の部屋って、案外大きかったんですね」

 数日前までは当たり前だった部屋の大きさも、半分になった数日間のほうが居心地が良かった。半分どころか七割は彼女が使っていた。残りの三割で自分は事足りていた。

「冷蔵庫、なにもなくなっちゃいました」

 それでいて、作り置きの食事も、冷やしておいた飲み物も、いつの間にかなくなっている。あるのは調味料くらい。調味料も減っている。

「隠してたお菓子、もう全部ないんですね」

 ひっそりと隠しておいたダコワーズもサランボも、全部見つかっている。どうやって気づいたのだろう、アトマイザーの入った木箱に混じって隠したお菓子用の箱も全部、空になっている。

「すっかり授業、サボっちゃいました」

 現在は午後の講義真っ最中。結構真面目で通ってたから、みんなどう思っているのだろうか。それとも気にしていないのだろうか。時の止まった部屋の天井を見つめる。

 もう、戻ってこない。そんな気がする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金澤奇譚

独身貴族
キャラ文芸
時は現代。文都、学都、軍都として栄えた金澤城下町。今は昔の花街に、着物の男が歩いていく。 これは、史実を元にした、パラレル金澤の物語です。

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

俺様当主との成り行き婚~二児の継母になりまして

澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
夜、妹のパシリでコンビニでアイスを買った帰り。 花梨は、妖魔討伐中の勇悟と出会う。 そしてその二時間後、彼と結婚をしていた。 勇悟は日光地区の氏人の当主で、一目おかれる存在だ。 さらに彼には、小学一年の娘と二歳の息子がおり、花梨は必然的に二人の母親になる。 昨日までは、両親や妹から虐げられていた花梨だが、一晩にして生活ががらりと変わった。 なぜ勇悟は花梨に結婚を申し込んだのか。 これは、家族から虐げられていた花梨が、火の神当主の勇悟と出会い、子どもたちに囲まれて幸せに暮らす物語。 ※短編コン用の作品なので3万字程度の短編です。需要があれば長編化します。

藤に隠すは蜜の刃 〜オッドアイの無能巫女は不器用な天狗に支えられながら妹を溺愛する〜

星名 泉花
キャラ文芸
「超シスコンな無能巫女」の菊里と、「完璧主義でみんなの憧れ巫女」の瀬織は双子姉妹。 「最強巫女」と称えられる瀬織が中心となり「あやかし退治」をする。 弓巫女の筆頭家門として、双子姉妹が手を取り合う……はずだった。 瀬織は「無能巫女」の菊里を嫌っており、二人は「一方的に仲が悪い」関係だった。 似ても似つかない二人を繋ぐのは生まれつきの「オッドアイ」だけ。 嫌われて肩身の狭い環境……だが、菊里は瀬織を溺愛していた! 「強いおねーちゃんになって、必ず瀬織を守る」 それが菊里の生きる理由であり、妹を溺愛する盲目な姉だった。 強くなりたい一心で戦い続けたが、ある日あやかしとの戦いに敗北し、菊里と瀬織はバラバラになってしまう。 弱さにめげそうになっていた菊里を助けてくれたのは、「天狗のあやかし・静芽」だった。 静芽と協力関係となり、菊里は「刀」を握ってあやかしと戦う。 それが「弓巫女一族」である自分と瀬織を裏切ることであっても。 瀬織を守れるなら手段は選ばないとあやかしに立ち向かう内に、不器用にも支えてくれる静芽に「恋」をして……。 恋と愛に板挟みとなり、翻弄されていく。 これは「超・妹溺愛」な無能の姉が、盲目さで「愛を掴みとろう」と奮闘するお話。 愛を支える「天狗の彼」にとってはなかなか複雑な恋の物語。 【藤の下に隠す想いは、まるで蜜のように甘くて鋭い】

桃宇統也は、そこに居る。

ツカサ
キャラ文芸
草が生い茂るその先には、大きく崩れた建物が存在する。そこはかつて、病院だったという。 そして、どうやらそこは心霊スポットのようで・・・。  心霊スポットに訪れる様々な生者と、そこに居る幽霊との物語短編集。

きみは大好きな友達!

秋山龍央
キャラ文芸
pixivの「僕だけのトモダチ」企画の画にインスパイアされて書きました。このイラストめっちゃ大好き! https://dic.pixiv.net/a/%E5%83%95%E3%81%A0%E3%81%91%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%81?utm_source=pixiv&utm_campaign=search_novel&utm_medium=referral 素敵な表紙はこちらの闇深猫背様からお借りしました。ありがとうございました! https://www.pixiv.net/artworks/103735312

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

翔んだディスコード

左門正利
青春
音楽の天才ではあるが、ピアノが大きらいな弓友正也は、普通科の学校に通う高校三年生。 ある日、ピアノのコンクールで悩む二年生の仲田萌美は、正也の妹のルミと出会う。 そして、ルミの兄である正也の存在が、自分の悩みを解決する糸口となると萌美は思う。 正也に会って話を聞いてもらおうとするのだが、正也は自分の理想とはかけ離れた男だった。 ピアノがきらいな正也なのに、萌美に限らず他校の女子生徒まで、スランプに陥った自分の状態をなんとかしたいと正也を巻き込んでゆく。 彼女の切実な願いを頑として断り、話に片をつけた正也だったが、正也には思わぬ天敵が存在した。 そして正也は、天敵の存在にふりまわされることになる。 スランプに見舞われた彼女たちは、自分を救ってくれた正也に恋心を抱く。 だが正也は、音楽が恋人のような男だった。 ※簡単にいうと、音楽をめぐる高校生の物語。 恋愛要素は、たいしたことありません。

処理中です...