Parfumésie 【パルフュメジー】

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歩くような早さで。

32話

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 その小さな背中が、ニコルには初めて頼もしく見えた。細く、折れてしまうそうな腰や肩を見つめながら思う。

(この子なら、きっと……)

「ただ、最初の絡み合う旋律が難しいです……絡む……絡み……混ざり……」

 そんなことをニコルが考えているとは露知らず、自分の世界の中でブランシュは『雨の歌』を考える。一滴、一滴をイメージしながら混ぜる。アマルフィレモンの爽やかさとかすかな苦味、そこに混ざり合い、なおかつ主張をしてくる甘味。ひとつ、思い当たる。またも、新しい木箱を取り出す。

「……確かこの辺に……」

 かつて作ったが、あまりに強い個性で奥にしまわれた精油。

「……あった、メープル」

 トップノートとして最適なグルマンな香りに、メープルを当てはめる。強い個性だが、一四歳上の人妻に恋をするブラームスには、これくらいあってもいいだろう、と考えていた。開けて少し嗅ぐ。精油にも期限があるため、期限が切れたらキャンドルにするなり、バスルームに使うなりするしかない。が、まだ大丈夫。

「メープルってことは、あのパンケーキにかけるやつ? いきなり甘いのがくるわね」

「とろける甘さと、ほのかに香る苦味、それこそがこの第一楽章だと思います」

 二本のアトマイザーを握り、自分なりの答えをブランシュは出す。三分の一はこれで決まった。残り三分の二。思ったよりすんなりと決まった。やはり迷いながらやるより、間違ってても一本作ってしまったほうが精神的にも良い。

「やっと形が見えてきたわね。長かったー、さっさとミドルとラストも作ってじいさんとこ持ってこ」

 やる気を見せるニコルは起き上がり、屈伸して準備体操をする。

「いえ、香水作りは時間がかかります。今日は無理です」

 そのやる気に水を差すようにブランシュの指摘が入る。香水は作ってから数日から二週間ほどは馴染むまで時間がかかる。アルコールを飛ばし、濃度も上がる。なので今日明日では作ることができないのだ。もちろん、使うこともできるのだが、数日後とは香りが変わってくるため、様子を見ることが重要となる。

「マイガッ!うぉぉぉぉ!」

 大袈裟に頭を抱えてニコルは落ち込む。崩れるようにベッドに潜り込み、ジタバタと暴れた後、静かになる。

 一瞥もせず、淡白にブランシュは言い放つ。

「無理です、そろそろ帰ってください。二日も置いたので限界です」

「……泊まるー」

 ここまでは予想通りの反応。この人が一回言って通じるわけがない。

「ダメです、寮生専用です。部外者が入っているだけでも問題なのに、これ以上問題を起こさないでください」

 今度はバタバタとニコルは暴れ出す。下の階から苦情が来ないだろうか。夜も寝相が悪いようで、ちょくちょく揺れる。その度に神経質なブランシュは起こされていた。

「ケチー。二段ベッド空いてんじゃーん。上、譲るからさ」
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