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必要と不要。
73話
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「とりあえず、今日も無事終わりました」
店の閉店作業を男性陣に任せ、女性陣は帰路につく。カッチャは一時間早く上がっているためもういない。ユリアーネも駅に向かい、街中を歩く。もう少ししたら、クリスマスマーケットも始まる。始まると、ベルリンでは広場という広場でお祭り騒ぎとなる。そして本番の一二月二四から三日間は、どこのお店も閉まる。ヴァルトも休みだ。
「もう来月なんですね。観光客も海外から増えますし、こういった機会を逃さないようにしないとですね」
自分自身に言い聞かせ、身を引き締める。
ここ最近、冷え込んできたからか、客数と滞在時間が右肩上がりに上がっている。それに比例して売上も少しずつ。とはいえ、それはどこのカフェも一緒。また何度も来たくなる店を目指す。差別化を図らねば。
「カッチャさんも、やると言っていただけましたし、準備を進めなければいけません」
お客様の前で、淹れたてのコーヒーを。もし自分がお客様の立場だったら、その香りをまた嗅ぎに行きたくなるはず。たしかに手間が増えるが、ならば人も増やせばいい。募集もかけたい。やりたいことばかりだ。
「忙しいことが、こんなに楽しいなんて」
ひとりごとも増えてしまう。夜の街の灯りは、どこか開放的な気分になってしまうのかもしれない。ずっとやりたかったこと。ただ、カフェとして場を提供するだけではなくて、お客様と共に作り上げるカフェを。カフェの店員ではなく、バリスタを。少し、自分のワガママが過ぎる店かもしれない。
「ふふっ」
つい、笑みが溢れる。変化をスタッフに受け入れてもらえるか。お客様に受け入れていただけるか。わからないが、不安よりも楽しみが勝つ。
自宅のアルトバウに到着。真っ白な石造りだが、真っ赤で様々な装飾のついた玄関ドア。リフォームしたアルトバウは、カラフルなドアが多い。玄関ホールには小さいけれど、存在感のあるシャンデリア。チェック柄の床石。
そこを抜けると、左に進めば一階各部屋の玄関先に繋がるが、真っ直ぐ前には幅三メートルほどの廊下が続き、左側には階段、右側を進めば中庭に出る。今は暗いので行かないが、晴れた天気のいい日は、中庭でイスに座ってひなたぼっこするのも気持ちがいい。
「なんだかんだでお気に入りの場所です。古いところもまた味があっていいです」
アルトバウの人気のリノベーションとして、壁紙を剥がして修復の跡が残るよう、あえて古くザラついた質感を見せる方法がある。そのセンスがたまらない。
この建物に帰ってくると、そういった過去と未来が繋がるような錯覚がする。エレベーターに揺られながら、ふと自分に「お疲れ様」と声をかける。
四階につき、鍵を取り出す。熱いシャワーを浴びて、髪を乾かして。少し仕事を煮詰めて、カフェインレスのコーヒーを飲んでそれから——
「ひどいじゃないっスか、騙すなんて」
コツッと、背後から靴音が聞こえる。
「まだ舌に苦いの残ってますよ、ビロルさんはなにも知らされてなかったんですね。あの人からは嘘の匂いがしませんでした」
——ここの場所は言ってなかった、はず、
「おかしいとは思ったんスよ、明らかに苦い香りがしてましたから」
あの後、少し経ってから窓際の席を確認したが、いなくなっていた。どうやらコーヒーだけ飲んですぐに帰ったらしい、とカッチャからユリアーネは聞いていた。そして、その後も店に現れることはなかった。
「でもほら、そういう悪戯好きなところもいいっスよねぇ。お茶目というか、小悪魔というか」
油断、していた。
「あ、どうやってここに来たかってことですか? そんなの後をついてきたからに決まってるじゃないっスか。教えてもらってませんし」
どうやって、より、なんで、ここに……
「ずっと外で待ってたから、だいぶ冷えちゃいました。えへへ。ここなんですね」
待ってた、というより、隠れてた、の間違いじゃ——
「まぁ、とりあえず」
背後に立たれる。
「行きましょうか」
耳元で、アニーが囁く。
店の閉店作業を男性陣に任せ、女性陣は帰路につく。カッチャは一時間早く上がっているためもういない。ユリアーネも駅に向かい、街中を歩く。もう少ししたら、クリスマスマーケットも始まる。始まると、ベルリンでは広場という広場でお祭り騒ぎとなる。そして本番の一二月二四から三日間は、どこのお店も閉まる。ヴァルトも休みだ。
「もう来月なんですね。観光客も海外から増えますし、こういった機会を逃さないようにしないとですね」
自分自身に言い聞かせ、身を引き締める。
ここ最近、冷え込んできたからか、客数と滞在時間が右肩上がりに上がっている。それに比例して売上も少しずつ。とはいえ、それはどこのカフェも一緒。また何度も来たくなる店を目指す。差別化を図らねば。
「カッチャさんも、やると言っていただけましたし、準備を進めなければいけません」
お客様の前で、淹れたてのコーヒーを。もし自分がお客様の立場だったら、その香りをまた嗅ぎに行きたくなるはず。たしかに手間が増えるが、ならば人も増やせばいい。募集もかけたい。やりたいことばかりだ。
「忙しいことが、こんなに楽しいなんて」
ひとりごとも増えてしまう。夜の街の灯りは、どこか開放的な気分になってしまうのかもしれない。ずっとやりたかったこと。ただ、カフェとして場を提供するだけではなくて、お客様と共に作り上げるカフェを。カフェの店員ではなく、バリスタを。少し、自分のワガママが過ぎる店かもしれない。
「ふふっ」
つい、笑みが溢れる。変化をスタッフに受け入れてもらえるか。お客様に受け入れていただけるか。わからないが、不安よりも楽しみが勝つ。
自宅のアルトバウに到着。真っ白な石造りだが、真っ赤で様々な装飾のついた玄関ドア。リフォームしたアルトバウは、カラフルなドアが多い。玄関ホールには小さいけれど、存在感のあるシャンデリア。チェック柄の床石。
そこを抜けると、左に進めば一階各部屋の玄関先に繋がるが、真っ直ぐ前には幅三メートルほどの廊下が続き、左側には階段、右側を進めば中庭に出る。今は暗いので行かないが、晴れた天気のいい日は、中庭でイスに座ってひなたぼっこするのも気持ちがいい。
「なんだかんだでお気に入りの場所です。古いところもまた味があっていいです」
アルトバウの人気のリノベーションとして、壁紙を剥がして修復の跡が残るよう、あえて古くザラついた質感を見せる方法がある。そのセンスがたまらない。
この建物に帰ってくると、そういった過去と未来が繋がるような錯覚がする。エレベーターに揺られながら、ふと自分に「お疲れ様」と声をかける。
四階につき、鍵を取り出す。熱いシャワーを浴びて、髪を乾かして。少し仕事を煮詰めて、カフェインレスのコーヒーを飲んでそれから——
「ひどいじゃないっスか、騙すなんて」
コツッと、背後から靴音が聞こえる。
「まだ舌に苦いの残ってますよ、ビロルさんはなにも知らされてなかったんですね。あの人からは嘘の匂いがしませんでした」
——ここの場所は言ってなかった、はず、
「おかしいとは思ったんスよ、明らかに苦い香りがしてましたから」
あの後、少し経ってから窓際の席を確認したが、いなくなっていた。どうやらコーヒーだけ飲んですぐに帰ったらしい、とカッチャからユリアーネは聞いていた。そして、その後も店に現れることはなかった。
「でもほら、そういう悪戯好きなところもいいっスよねぇ。お茶目というか、小悪魔というか」
油断、していた。
「あ、どうやってここに来たかってことですか? そんなの後をついてきたからに決まってるじゃないっスか。教えてもらってませんし」
どうやって、より、なんで、ここに……
「ずっと外で待ってたから、だいぶ冷えちゃいました。えへへ。ここなんですね」
待ってた、というより、隠れてた、の間違いじゃ——
「まぁ、とりあえず」
背後に立たれる。
「行きましょうか」
耳元で、アニーが囁く。
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