16 / 223
アニエルカ・スピラと紅茶。
16話
しおりを挟む
時は少し遡る。
「で、本当の目的は? オーナーはなんて?」
アニーとビロルが出ていったバックルームにて、ため息をついた後、呆れたような表情でダーシャはユリアーネに問いかけた。
「オーナー? なんのことですか?」
キョトンと、首を傾げてユリアーネは疑問符を浮かべる。ひとつひとつの作法が様になっている。この場にアニーがいたら、また騒いでいただろう。
それを見て、いいからいいから、と手でダーシャは制する。
「もうバレてるって。いつものことだから。オーナーから手紙預かってるんでしょ?」
この店のオーナーは変わり者だ。ドイツ国内に何店舗もカフェを持っているが、元々は有名なチェスの選手だったらしい。心理戦を続けてきた代償か、性格が捻じ曲がってしまった、と本人は言っていた。その証拠に、伝言の仕方に強めのクセがある。
「どこで気付きました?」
白旗を上げ、認めるユリアーネ。彼女はアルバイト募集で来たわけではない。アニーとビロルの期待を裏切ることにはなるが、それも仕方ない。彼女の発言は大部分が嘘だった。この店のオーナーと繋がりがある。
しかし、それを仕掛けられ慣れたダーシャからしてみれば、一目瞭然だった。不自然すぎる。
「最初から。いつも手の込んだイタズラ仕掛けて、目的はただ一枚伝言の紙渡して終わり。絶対遊んでるでしょ。しかも、中身はだいたいどうでもいいことだし。ただの挨拶だけとか」
巻き込んでごめんね、とユリアーネを気づかう。
「仕方のない方ですね」
言葉は冷たいが、微かにユリアーネは笑みを浮かべた。
「前回なんか、車に乗ってたら、窓コンコン叩かれて知らない人から渡されたし。おかげで違和感に敏感になりました」
その時のことを思い返しながら、ダーシャは腕組みをした。ドッキリを仕掛けられているようで、常に気が抜けない。その緊張感が、日常に疑いの目を向け、疑う心を養ってしまった。
「そんなこともあるんですね」
冷静な口調でユリアーネは驚く。内心が掴めない、感情のこもっていない表情をしている。
「盛り上がってた二人には悪いけど、働くわけじゃないよね? というか、ユリアーネさんはオーナーとどういう関係なの? お孫さん?」
となると、この少女とオーナーはどういう関係なのか。それとも全然関係ない、ただの雇われか。しかし、人を驚かすためだけに人を雇うってのも、本当にタチの悪いオーナーだ、と心の中でダーシャは非難する。
質問を受けたユリアーネは、不敵な笑みを浮かべ、カバンから一枚のA4サイズの封筒を差し出した。
「とりあえず、こちらを開けていただいてよろしいですか?」
ダーシャは戸惑いながらもそれを受け取る。嫌な予感はする。が、どうせこの緊張している自分を予想して、どこかで楽しんでいるに違いない。そういう人だ。
しかし、出てきたのは数枚の折り畳まれた紙。いつもより手が込んでいる。不思議に思いつつも紙を開く。
「なにこれ? えーと……物件的合意? と、やっぱり手紙」
少しずつ、なにかヤバいことになっているような、普段と違う雰囲気が出てきた。お腹に重い緊張が下りてくる。この先を読んでいいのか、と自問自答するが、読むしか道はない。おそるおそる手紙を読む。そこには短く、
『ごめんね、負けちゃった。ほっほ』
とだけ書いてある。
ダーシャは首を傾げながら違う方向から読んだりもするが、どうやら暗号のようなものではない。ただ、オーナーがなにかに負けたという事実だけが明らかになった。中身くらい書いてほしい。
「? どういうこと? ていうか、口癖まで手紙に書くなっての。ねぇ?」
と、ユリアーネにダーシャは同調を呼びかけるが、反応はない。よくない流れだ。こういう時はだいたいよくないことが起きる。空気が重い。再度ユリアーネに話しかけても、やはり反応はない。
無音が数秒続いた後、静観していたユリアーネが口を開く。
「こちらのお店、私のものになりました」
「で、本当の目的は? オーナーはなんて?」
アニーとビロルが出ていったバックルームにて、ため息をついた後、呆れたような表情でダーシャはユリアーネに問いかけた。
「オーナー? なんのことですか?」
キョトンと、首を傾げてユリアーネは疑問符を浮かべる。ひとつひとつの作法が様になっている。この場にアニーがいたら、また騒いでいただろう。
それを見て、いいからいいから、と手でダーシャは制する。
「もうバレてるって。いつものことだから。オーナーから手紙預かってるんでしょ?」
この店のオーナーは変わり者だ。ドイツ国内に何店舗もカフェを持っているが、元々は有名なチェスの選手だったらしい。心理戦を続けてきた代償か、性格が捻じ曲がってしまった、と本人は言っていた。その証拠に、伝言の仕方に強めのクセがある。
「どこで気付きました?」
白旗を上げ、認めるユリアーネ。彼女はアルバイト募集で来たわけではない。アニーとビロルの期待を裏切ることにはなるが、それも仕方ない。彼女の発言は大部分が嘘だった。この店のオーナーと繋がりがある。
しかし、それを仕掛けられ慣れたダーシャからしてみれば、一目瞭然だった。不自然すぎる。
「最初から。いつも手の込んだイタズラ仕掛けて、目的はただ一枚伝言の紙渡して終わり。絶対遊んでるでしょ。しかも、中身はだいたいどうでもいいことだし。ただの挨拶だけとか」
巻き込んでごめんね、とユリアーネを気づかう。
「仕方のない方ですね」
言葉は冷たいが、微かにユリアーネは笑みを浮かべた。
「前回なんか、車に乗ってたら、窓コンコン叩かれて知らない人から渡されたし。おかげで違和感に敏感になりました」
その時のことを思い返しながら、ダーシャは腕組みをした。ドッキリを仕掛けられているようで、常に気が抜けない。その緊張感が、日常に疑いの目を向け、疑う心を養ってしまった。
「そんなこともあるんですね」
冷静な口調でユリアーネは驚く。内心が掴めない、感情のこもっていない表情をしている。
「盛り上がってた二人には悪いけど、働くわけじゃないよね? というか、ユリアーネさんはオーナーとどういう関係なの? お孫さん?」
となると、この少女とオーナーはどういう関係なのか。それとも全然関係ない、ただの雇われか。しかし、人を驚かすためだけに人を雇うってのも、本当にタチの悪いオーナーだ、と心の中でダーシャは非難する。
質問を受けたユリアーネは、不敵な笑みを浮かべ、カバンから一枚のA4サイズの封筒を差し出した。
「とりあえず、こちらを開けていただいてよろしいですか?」
ダーシャは戸惑いながらもそれを受け取る。嫌な予感はする。が、どうせこの緊張している自分を予想して、どこかで楽しんでいるに違いない。そういう人だ。
しかし、出てきたのは数枚の折り畳まれた紙。いつもより手が込んでいる。不思議に思いつつも紙を開く。
「なにこれ? えーと……物件的合意? と、やっぱり手紙」
少しずつ、なにかヤバいことになっているような、普段と違う雰囲気が出てきた。お腹に重い緊張が下りてくる。この先を読んでいいのか、と自問自答するが、読むしか道はない。おそるおそる手紙を読む。そこには短く、
『ごめんね、負けちゃった。ほっほ』
とだけ書いてある。
ダーシャは首を傾げながら違う方向から読んだりもするが、どうやら暗号のようなものではない。ただ、オーナーがなにかに負けたという事実だけが明らかになった。中身くらい書いてほしい。
「? どういうこと? ていうか、口癖まで手紙に書くなっての。ねぇ?」
と、ユリアーネにダーシャは同調を呼びかけるが、反応はない。よくない流れだ。こういう時はだいたいよくないことが起きる。空気が重い。再度ユリアーネに話しかけても、やはり反応はない。
無音が数秒続いた後、静観していたユリアーネが口を開く。
「こちらのお店、私のものになりました」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
元虐げられ料理人は、帝都の大学食堂で謎を解く
逢汲彼方
キャラ文芸
両親がおらず貧乏暮らしを余儀なくされている少女ココ。しかも弟妹はまだ幼く、ココは家計を支えるため、町の料理店で朝から晩まで必死に働いていた。
そんなある日、ココは、偶然町に来ていた医者に能力を見出され、その医者の紹介で帝都にある大学食堂で働くことになる。
大学では、一癖も二癖もある学生たちの悩みを解決し、食堂の収益を上げ、大学の一大イベント、ハロウィーンパーティでは一躍注目を集めることに。
そして気づけば、大学を揺るがす大きな事件に巻き込まれていたのだった。
後宮にて、あなたを想う
じじ
キャラ文芸
真国の皇后として後宮に迎え入れられた蔡怜。美しく優しげな容姿と穏やかな物言いで、一見人当たりよく見える彼女だが、実は後宮なんて面倒なところに来たくなかった、という邪魔くさがり屋。
家柄のせいでら渋々嫁がざるを得なかった蔡怜が少しでも、自分の生活を穏やかに暮らすため、嫌々ながらも後宮のトラブルを解決します!
あやかしの王子の婚約者に選ばれましたが、見初められるようなことをした記憶がなかったりします
珠宮さくら
キャラ文芸
あやかしの王子の婚約者に突然選ばれることになった三觜天音。どこで見初められたのかもわからないまま、怒涛の日々が待ち受けているとは思いもしなかった。
全22話。
ヒロインは放棄します!〜私はお茶を極める!〜
たまち。
ファンタジー
友人に進められた乙女ゲーム
ゲームの冒頭で天使の
『世界の調和を正すために世界を渡って頂きたいのです』
と言う言葉に“承諾”の選択をした瑞希
まさか本当に乙女ゲームに送られるとか何!?
ゲームの中での話でしょ!?
……これが現実なら世界を渡った時点で私の役割は終わった?
だったらヒロインとか放棄していいよね???
攻略対象?
婚約者と仲良くどうぞ
隠しキャラ?
知りません、出てこなくて結構です
喫茶「のばら」
冬村蜜柑
恋愛
亡国の女王さまと国を攻め滅ぼした王族男子による、喫茶店経営ゆるゆるスローライフを所望する物語。
お茶もお菓子もいっぱい登場します。
ぜひ温かい紅茶をのみながら、ご覧くださいませ。
基本はゆるくほのぼのでありますが、時には抉りに行く描写もございます。
※カクヨム、なろうにもほぼ同じものを掲載
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
金の滴
藤島紫
キャラ文芸
ティーミッシェルの新たな店舗では、オープン直後から問題が続いていた。
秘書の華子は、崇拝する上司、ミッシェルのため、奔走する。
SNSでの誹謗中傷、メニューの盗用、ドリンクのクオリティーの低下……など、困難が続く。
しかしそれは、ある人物によって仕組まれた出来事だった。
カフェ×ミステリ おいしい謎をお召し上がりください。
illustrator:クロ子さん
==注意==
こちらは、別作品「だがしかし、山田連太郎である」をベースに作り直し、さらに改稿しています。
『星のテラスペクター』- アイとラヴィーの奇跡 -
静風
キャラ文芸
宇宙のどこかに存在する、星々の間を彷徨う少女アイは、ある日、頭部だけのウサギ型のAI、ラヴィーと出会う。ラヴィーは、その合理的なAIの思考と、人間のような情熱の間で揺れ動いていた。彼は「AIラヴィアン」と言うAIの独自言語を使い、アイに宇宙の真理や愛についてのヒントを教える。
二人の旅は、様々な星での冒険や問題解決を通じて、合理性と無駄の哲学を探求するものとなる。グラクサリアという科学技術が進んだ星では、物質的には豊かだが、心の豊かさを知らない住民たちが暮らしていた。彼らの指導者エレオンは、アイとラヴィーに心の豊かさを取り戻す方法を探求するよう依頼する。
アイとラヴィーは、グラクサリアの人々が心の豊かさを感じるための奇想天外な方法を提案し、住民たちを驚愕と感動の渦に巻き込む。AIラヴィアンの言葉で詠む詩や物語を通じて、合理性と感情、科学と芸術のバランスの大切さを伝える。
最終的に、アイとラヴィーは、合理性だけではなく、人間の持つ情熱や感情の大切さ、そしてそれらが生み出す「無駄」の美しさを、宇宙の各星に伝えていくことを決意する。彼らの冒険は、宇宙の果てへと続いていく。
※この作品のストーリー構成は人間が考えていますが、細部はAIによって書かれています(人間とAIの共創)。
※この作品を描いた理由
https://www.alphapolis.co.jp/diary/view/220558
https://www.alphapolis.co.jp/diary/view/220761
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる