27 / 209
e4
27話
しおりを挟む
そんなシシーの心情を気にせず、老人はゆったりとビールを一口飲む。だいぶぬるい。
「それは知らないよ。聞かれてないし、今日も来てって言ってないし。勝手に来て、勝手に怒ってるだけだ。でもま、これで問題はなくなったね。それと」
先ほどからテーブルに置かれていた金のポーン。それを老人は戸惑うシシーに手渡す。
「なんだこれ、なんの意味があるんだ?」
先週もやったが、中に何か入っているのか、シシーは揺らして確かめたり、掴んで全方位から眺めてみる。色は派手だが、やっぱり普通のポーンだ。金も純金とかではなくメッキのような気がする。価値があるものでもない。
「非公式に開催されている真剣師の大会があってね。それの参加チケットだよ。普通の大会に出るのはキミは嫌がりそうだからね。力は試したいでしょ? 賭けを生業とするわけだから、あんまり大っぴらにはできないんだけど」
参加条件は、真剣師であること。特殊なツテを使って主催者にメールを送り、資格をもらう。ちなみにもう、申し込み期間は終わってしまったとのこと。老人の説明をまとめると、こういうことになる。
「久しぶりに本気でやろうかと思ったんだけどね、それよりも面白いものを見つけてしまったというワケ。それはキミが持っていたらいい。参加資格を譲渡しよう。ただし、今後、命は賭けちゃダメだ。約束」
正規の生き方をしていない者達だけが集まる大会。シシーには、興味がないと言えば嘘になる。賭けをしているだけでも危険なのに、さらにこんな危ない大会なら、それの上澄みのような純度の高い悪人かつチェス自慢。顔が綻ぶ。が、必死に抑える。
「……いいのか? あんたのなんだろ? それにオレはやるなんてーー」
「いや、キミは必ず参加する。お互いに対局に条件をひとつ追加できる、というのがこの大会のルールなんだ。面白そうでしょ? あ、お互いに毒を飲むとか、そういうのは無しね」
シシーの心情と行動を先読みし、老人は釘を打つ。危険な人間達とはいえ、楽しいチェス大会。死人が出るのはよくない。それは娯楽ではない。
「まだ色々納得してないけど、面白そうじゃん。気に入った」
新しいおもちゃを与えられた子供のように、真剣師のみの大会にシシーは食いついた。どうせやるなら、ただ強いだけの表の人間より、なんでもありの修羅場をくぐってきた骨太の悪人のほうが、美味そうな獲物だ。きっと、盤外戦術なんかも色々仕掛けてくるのだろう。それら全てを超えてやろうか。
「決まりだね。それで登録者の名前を変更したいんだけど、なにかコレっていうのある?」
指をスラスラと動かして携帯を操作しながら、老人がシシーに問う。こころなしか、負けたというのに少し嬉しそうにも思える。新しいおもちゃを見つけたのは、この老人にとっても同じか。
「あんたはなんて登録したんだ?」
逆にシシーは問い返した。そういえばこの人の呼び方がわからない。というかお互いにわからない。この際だから、登録名で呼んでみよう。
老人は胸を張る。
「僕は『マスター』。実はデュッセルドルフには僕の経営する喫茶店があってね。そこでの呼び名なんだ。僕は師匠なんだし、そういう意味でも気軽に呼んでくれていいからね」
胸に手を当てて、呼んで欲しそうな顔をしている。師匠になれたことが実は結構嬉しい。現役時代は弟子のようなものはとらなかったので、少し憧れてはいた。
しかしシシーは渋い顔で否定する。
「誰が師匠だ。名前か、ネットチェスでも使ってるし『ビーネ』でいいか……」
ひっそりと気に入っている蜂の名。自分の戦法にも似ている。ハチミツを作ることもできて優秀。だが、過去から一皮剥けて、新しい名前を名乗りたいのも事実。言ってから少し悩む。
「『ビーネ』、これでいい?」
老人が画面を見せてくる。
そのままでいいか、と思ったが、老人が変更完了ボタンを押す直前に思い直した。
「いや、変更する。貸してくれ」
老人から携帯を借り、画面を指でなぞる。終えると、その画面を老人に見せる。オレはきっとハチミツなんか作って、世の中の役に立つような人間じゃない。一生、誰かから恨みを買うのだろう。だから、
「『ギフトビーネ』」
毒蜂。オレはきっとそういう生き物なのだ。
「それは知らないよ。聞かれてないし、今日も来てって言ってないし。勝手に来て、勝手に怒ってるだけだ。でもま、これで問題はなくなったね。それと」
先ほどからテーブルに置かれていた金のポーン。それを老人は戸惑うシシーに手渡す。
「なんだこれ、なんの意味があるんだ?」
先週もやったが、中に何か入っているのか、シシーは揺らして確かめたり、掴んで全方位から眺めてみる。色は派手だが、やっぱり普通のポーンだ。金も純金とかではなくメッキのような気がする。価値があるものでもない。
「非公式に開催されている真剣師の大会があってね。それの参加チケットだよ。普通の大会に出るのはキミは嫌がりそうだからね。力は試したいでしょ? 賭けを生業とするわけだから、あんまり大っぴらにはできないんだけど」
参加条件は、真剣師であること。特殊なツテを使って主催者にメールを送り、資格をもらう。ちなみにもう、申し込み期間は終わってしまったとのこと。老人の説明をまとめると、こういうことになる。
「久しぶりに本気でやろうかと思ったんだけどね、それよりも面白いものを見つけてしまったというワケ。それはキミが持っていたらいい。参加資格を譲渡しよう。ただし、今後、命は賭けちゃダメだ。約束」
正規の生き方をしていない者達だけが集まる大会。シシーには、興味がないと言えば嘘になる。賭けをしているだけでも危険なのに、さらにこんな危ない大会なら、それの上澄みのような純度の高い悪人かつチェス自慢。顔が綻ぶ。が、必死に抑える。
「……いいのか? あんたのなんだろ? それにオレはやるなんてーー」
「いや、キミは必ず参加する。お互いに対局に条件をひとつ追加できる、というのがこの大会のルールなんだ。面白そうでしょ? あ、お互いに毒を飲むとか、そういうのは無しね」
シシーの心情と行動を先読みし、老人は釘を打つ。危険な人間達とはいえ、楽しいチェス大会。死人が出るのはよくない。それは娯楽ではない。
「まだ色々納得してないけど、面白そうじゃん。気に入った」
新しいおもちゃを与えられた子供のように、真剣師のみの大会にシシーは食いついた。どうせやるなら、ただ強いだけの表の人間より、なんでもありの修羅場をくぐってきた骨太の悪人のほうが、美味そうな獲物だ。きっと、盤外戦術なんかも色々仕掛けてくるのだろう。それら全てを超えてやろうか。
「決まりだね。それで登録者の名前を変更したいんだけど、なにかコレっていうのある?」
指をスラスラと動かして携帯を操作しながら、老人がシシーに問う。こころなしか、負けたというのに少し嬉しそうにも思える。新しいおもちゃを見つけたのは、この老人にとっても同じか。
「あんたはなんて登録したんだ?」
逆にシシーは問い返した。そういえばこの人の呼び方がわからない。というかお互いにわからない。この際だから、登録名で呼んでみよう。
老人は胸を張る。
「僕は『マスター』。実はデュッセルドルフには僕の経営する喫茶店があってね。そこでの呼び名なんだ。僕は師匠なんだし、そういう意味でも気軽に呼んでくれていいからね」
胸に手を当てて、呼んで欲しそうな顔をしている。師匠になれたことが実は結構嬉しい。現役時代は弟子のようなものはとらなかったので、少し憧れてはいた。
しかしシシーは渋い顔で否定する。
「誰が師匠だ。名前か、ネットチェスでも使ってるし『ビーネ』でいいか……」
ひっそりと気に入っている蜂の名。自分の戦法にも似ている。ハチミツを作ることもできて優秀。だが、過去から一皮剥けて、新しい名前を名乗りたいのも事実。言ってから少し悩む。
「『ビーネ』、これでいい?」
老人が画面を見せてくる。
そのままでいいか、と思ったが、老人が変更完了ボタンを押す直前に思い直した。
「いや、変更する。貸してくれ」
老人から携帯を借り、画面を指でなぞる。終えると、その画面を老人に見せる。オレはきっとハチミツなんか作って、世の中の役に立つような人間じゃない。一生、誰かから恨みを買うのだろう。だから、
「『ギフトビーネ』」
毒蜂。オレはきっとそういう生き物なのだ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~
takahiro
キャラ文芸
『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。
しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。
登場する艦艇はなんと58隻!(2024/12/30時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。
――――――――――
●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。
●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。かなりGLなので、もちろんがっつり性描写はないですが、苦手な方はダメかもしれません。
●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。
●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。またお気に入りや感想などよろしくお願いします。
毎日一話投稿します。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる