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渋谷

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 そういや、さっき助けた女性と黒ぶち眼鏡の男の二人組がここへ来た。

 「本当に助けてくれてありがとうございました!」とお礼を言ったかと思えば、二人は喧嘩。
 最後は「あ~!! こんな良い人と彼女さんが羨ましい!!」と隣の男へブチ切れ、別れを切り出して去っていった。

 それに這いつくばるように、目の前の男は「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! 俺も必死だったんだッ!!」と。

 えっと...俺のした事って間違ってなかったんだよな...?
 もちろん見過ごせば、あの女性は死んでいたかもしれないわけで。

「私、ルイの彼女だって」

 男が去った後、ユキはまた口を開いた。

「何回目だよ、これ言われんの」
「う~ん、何回目だろ」
「けどこれは初めてだな」
「これって..."これ"?」

 ユキは握っている右手を少し上下させた。

「渋谷まで、このままでもいい?」
「まぁ、ユキがいいならいいけど」

 いつもと違う感覚に戸惑いながら、ビル群が続く景色を見る。
 ガラス越しに映るユキは少し寂しそうに見えた。
 品川に着く頃、ある質問をしてみる。

「なぁ、電車がこんな"3階建て"に変わってるとか知ってた?」
「知ってたよ、いろんな場所で見たから」

 あまり知らなかった事を伝えると、少し笑われた。
 人がゲームしまくってる間に、変わりまくりやがって。

 日進月歩すぎて、付いていけてるヤツ何人いんだよ。
 きっとこれさえも、変化した一部なんだろうな。

 品川からは3階にも人がやってきて、同年代くらいの男からの鋭い目が何度も突き刺さった。

 "そんな可愛い彼女どうやってゲットしたんだ"みたいな鋭いヤツ。
 ...これも今まで何回されてんだって話。

 そうこうしていると渋谷駅へと着いた。
 簡易型エスカレーターは主要駅のみ出るようで、東京、品川、その次は渋谷で用意された。

 狙ってやってるかは分からないが、まるでフライトから帰って来た気分になるぞこれ。

「やっぱいつもより多いな、人」
「はぐれないようにしないと」

 そう言うと、また手を握って来た。

「駅から出るまで、ね?」
「っ...」

 これって"恋人繋ぎ"...?
 さっきから積極的すぎないか?

 これで付き合って無いってのはなんだ?
 年齢イコール彼女いない歴の男だよ、悪かったな。

 俺は歩きながらL.S.を展開し、SNSを見る。
 すると"あの事件現場の前後"が動画として流され、既に記事にもなっていた。

 ― でも"謎の機械"の事が書かれていない

 あるのは死亡者について【松尾孝明(67)】と、秋葉原駅構内で起きたとあるだけ。
 それ以上の詳細は無く、原因はなんだったのか、作った会社はどこなのか、調べても最後まで不明のままだった。

 ...どういうことだ?
 こんなに何も出てこないなんて。

 ちなみに、L.S.のホログラムディスプレイは他人から見る事は出来ない。
 基本的には本人のみが閲覧可能で、他が見ると【Not Seen】となる。
 
 もちろん、許可するのはすぐできる。
 だけど、親しい人や見せたい人以外には見せないという、謎の暗黙の了解が最近はある。

 ユキに「何見てるの?」と聞かれたが、この時俺は適当にはぐらかした。
 今"これ"について話すのは、あまり良くないと思ったからだ。

 ハチ公改札から出る頃、ユキが握っていた手を突然離すと、「ねぇ、あれ」と指さした。
 M.I.O.の屋上から散々眺めた今話題の"アレ"、その渋谷バージョン。

 スクランブルスクエアの横で、建設が続いている"謎の赤ビル"。
 ...少し不気味に感じてきた

 やっぱり横からじゃよく分からない。
 分かるのは、"とにかく赤い"って事だけ。

 見物客が何人もいるが、結局出来上がるまで何かは分からなそう。
 これも経済対策の"赤い発令"ってやつなんだろうか?

「これマジで謎すぎるよな」
「秋葉と渋谷、何が始まるんだろ」

 ユキの横顔を見ていると、繋いだ手が離れた事を少し後悔しそう。
 こんな事言うと、また変態とか言われそうだから言わないけど。
 あ、タクシーが戻って来た。

「まぁ一旦帰ろう、疲れただろ」
「あ、うん」

 赤ビルが気になりつつも、俺たちはタクシーに乗り込み、家へと向かった。
 タクシーの窓からは、いつもの景色が並び始めた。

 ♢

「おはよ」
「...? あれ?」
「めっちゃ寝てたね、5分くらい先に私が起きた感じです」

 時間を見ると"PM 7:14"だった。
 6時間も寝てたのかよ!?

 曖昧だった記憶が鮮明になってきた。
 そうだ。
 タクシー内でユキが眠そうだったから、俺の部屋に入り次第ベッドを使ってもらったんだった。

 昨日から今日まで研究で寝てないのと色々あったのとで、どっと疲れたんだと思う。
 駅で"あんな事件"もあったし...

 急に「寝るまで一緒にいて欲しい」とか言うから、隣で新仕様のL.S.を適当に弄ってたら、俺も寝ちまったんだった。

「ずーっと寝顔見させてもらいました」
「んだそれ、起こしていいんだぞ」
「ルイも疲れてそうだったから、悪いかな~って思って」
「案外疲れって気付かないもんだよな」
「だね」
「...気分はどう? まだ寝とくか?」
「いや、もう大丈夫そう。ありがとね」

 外を見ると、もう真っ暗だった。
 寝起きだからか、街の明かりが眩しく感じる。

 ってか腹減ってきたぞ。
 朝と昼兼用でパスタを食べたからか、いつもより早く腹が減ってしまった。
 
 ユキも同じ気持ちだったのか、俺の晩飯を食おうという意見にすぐ賛成した。
 宅配で寿司を頼むと、ものの数分でドローンが来て置いていく。
 帰っていくドローンの姿を見ると、"いつもと違う赤い背景"に、俺はどこか落ち着かない気分を感じていた。 

 ♢

「そろそろ"UnRule"やってみるか」
「どんなゲームなんだろ」
「中身がずっと不明なままだったしな、一体どんなものやら」
「この"UnRule〔EL〕"ってのだよね」
「...そうそう」

 気分転換にとうとう"UnRule"を触る。
 この"〔EL〕"ってのが、普通のと何が違うのかは情報はまだ無い。
 ゲームの内容についても、不思議と全然出てこない。

 まだやってるヤツが少ないのか?

 ...案外俺らが一番だったりしてな

 ...よし!

 ― その時

「あれ、ちょっと待ってルイ。君野先生から"緊急メッセージ"が来たんだけど」
「は? 今?」
「うん...なんだろ」

 んだよ、こんな時に。
 ってか、君野先生が"緊急メッセージ"って珍しすぎだろ。

 今まで1回も無いぞ。
 なんでこのタイミングなんだ?

 君野先生は卒研で世話になってる"君野研究室"の先生だ。
 60代の白髪が似合う博士って感じの人で、学生からは謎の人気がある。

「ねぇねぇ、研究を手伝って欲しいから今からどうしても来て欲しいって」
「今から!?」
「...どうしよっか」

 今からって、しかもユキだけ呼ぶって一体なんだ?
 ったく、どんな研究を今してんだか。

「どんな内容か、聞いたか?」
「いやまだ。聞いてみるね」

 ユキが返信すると、「来たら説明する、バイト代も出す」と先生は言ってるらしい。
 来たら説明する、か...

「君野先生には色々お世話になってるし...うーん」

 そうだよなぁ。
 あの人は優しいし、面倒見も良い人だ。
 俺も世話になってる。

「..."UnRule"はまた後だ。俺も一緒に行く」
「いいの?」
「呼ばれてるのはユキだけだから、邪魔そうだったら俺は出てく」
「ごめんね、なんか」
「いいって」

 こうして俺たちは、夜中に"君野研究室"へと向かう事になった。

 ― ここでとんでもない事が待ってるとも知らずに
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