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第5話 ドッグファイト

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 オマエってほんとそれ好きだよな?

 そうやって思わせぶりに俯いて。
 前髪で顔を隠して。
 表情が見えないようにしながら黙り込む。

 もしかしてジブンで可愛い仕草だと思ってんの?
 なんか雰囲気たっぷりでカッコイイとか思ってんの?
 不思議系少女でも気取ってんの!?


 二人だけの部屋、仰向けでねっころがった俺の腹の上に跨って胸に手をついている幼馴染に一気に言ってやる。
 
 制服のシャツと短いスカートでそんな体勢になれば、傷ひとつ無い綺麗な足が根元まで露出してさらにその先すら。
 伝わってくる柔らかな感触に痛いほど心臓が高鳴る。
 そんなことされたら俺がどんな風になるかはわかってての確信犯的な行為なのは間違いない。

 ニヤニヤ見下ろしていたコイツ、俺がやっと一言だけ言い返した途端に黙って俯いた。
 かつてのショートカットからすっかり伸びたこの髪型はセミロングとかボブとかいうんだろうか。
 前髪も含めてほとんど肩に届くほどの長さで俯けば口元まで隠れて表情は完全に見えなくなってしまう。

 それからここぞとばかりに試みた逆襲。
 想定どおりの反応をしてしまっただろう悔しさに後押しされるままに。

 そして静寂が流れる。
 俯いたまま微動だにしない幼馴染と何か言ってくるかと身構えたままの俺。

 最後に発した声の余韻が部屋の隅へと完全に溶けて消えたと思ったころ。

 キッと上げた顔を見て息を飲む。
 かかる前髪の向こうから爛々と大きく見開いてこちらを刺すように睨み付ける瞳。
 深い二重と長い睫毛に縁取られた丸みを帯びたアーモンド形。
 人形のような完璧さで精巧なガラスの輝きを放っている。
 僅かに潤ませて、眉尻が仄かに赤いのは感情の昂ぶりのせいか。
 
 その魅入られてしまうほど見事な造形の瞳に溢れんばかりに湛えているのは、激情そのもの。
 純粋な怒り。

 いきなりの不意打ちに完全に飲まれてすくみ上がる。
 ビクッと身体を震わせてから硬直してしまう。

 それくらい。
 美少女としか形容できない整った顔立ちに描写された感情の透明度。
 そのあまりの勢いと。
 あまりの激しさに。

 ビビッてしまった。

 一瞬で血の気が引いて蒼ざめる。
 取り返しがつかないことをしてしまったかと、恐怖と後悔が押し寄せてきた瞬間。
 
 全てが劇的に変わった。

 何が起こったのかわからなかった。
 確かに直前まで目の前にあった激情の塊。
 その象徴が一瞬で消えうせて。
 代わりにそこにあったのは。


 にんまり。


 これ以上無いほど上機嫌でうれしそう、一点の曇りなき輝く天使と。
 罠にかかった粗忽者を嘲笑う勝利者の優越感を漂わせた悪魔。

 その二つの微笑みを奇跡的に両立させた顔でたっぷりと間を置いてから言い放つ。


 わたしのこと好きなくせに。


 ただの言葉がこんなにも俺の中に何かを生み出してしまう事実。
 とても複雑で制御できない大きさを持つ雑多な感情がすごい勢いで創造されては根元から崩壊することを繰り返しながら満ちていく。

 悔しくて腹が立ってめちゃめちゃムカついて。
 そして切なくて恥ずかしくて絶対に言えない想いが溢れて。

 気がつくと身を起こして力いっぱい抱きしめていた。
 華奢で柔らかな感触に何もかもわからなくなる。
 存在自体が放つ甘酸っぱい匂いに石鹸やシャンプーが混じって完成された香りに包まれて。
 真っ白になった頭の中に耳元で囁く声だけが響く。


 んっ、……ちょっと。
 苦しいんだけど?


 俺の意識にその言葉は届かなかった。
 わざとじゃない、聞こえはするけど何も理解できなくなっていたんだ。

 ゆっくりと背中にまわされる腕の感触。
 わかったのはただそれだけだった。
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