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 これまで口にしたこともない彼女の下の名前まで、一気に言い切ります。
 言霊が空間を切り裂いて、彼女に向かって一直線に凄まじい速度で飛んでいきます。
 僕が今持てるすべてを込めた、入魂の一撃。
 避けようもなく、彼女は思いっきり全身に浴びせかけられたに違いありません。

 ビクッと、肩を竦めて硬直したのがわかりました。


 そして静寂。


 薄暗い教室の中は、均衡が破られる前、つい先ほどまで同様静寂と沈黙という完全なる秩序に支配される空間へと戻ったのでした。
 違うのは、今は早瀬さんその人がいて、告白を終えた僕がいるということ。
 一見全く同じように見えるその場所は、たった二つの要素によって絶対的で不可逆的な変化をもたらされたはずでした。
 宇宙はもう以前の状態に戻れない。
 僕が慣れ親しんで安住していた世界はもう崩壊して、失われてしまったのです。


 それを証明するように、徐々に機能回復してきたらしい早瀬さんが やっとのようすで初めて言葉を発しました。
 とても小さく、か細い、震えた声でした。


「えっ……、なんで?」
「嘘でしょ……」
「どういうこと?」


 驚愕で固まった表情が戻らないまま、僕にというより一人言のようにつぶやきました。
 僕はじっとその様子を、見つめていました。
 声を発する気なんか微塵もありませんでした。

 ただ今この瞬間の彼女を全身全霊で感じたい、すべての情報を余すことなく認識したいという、その一心だけでした。


「あはっ、え、冗談?」
「だって……」
「本気じゃないよね?」


 少しづつ顔の強張りも溶け、表情が出てきました。
 茫然としつつもニヒルな笑みを浮かべ、半信半疑と言った体(てい)で口にします。


「あ、わかった……、アイツに言われたんでしょ」
「告白してこいって」
「サイッテーだなぁ、ほんと」
「別れた途端、こんな嫌がらせみたいな」
「そうなんでしょ?」


 「アイツ」というのはあっくんのことみたいでした。
 どうやら僕が無理矢理告白させられている……、いじめの一環みたいなものだと思ったようでした。
 確かにもともとはそんな感じであっくんは口にしたのですが。
 でももう、彼とは関係なしに自分の意思でやっていることなので、彼女がそう思いたがっている想定は残念ながら外れとしか言いようがありません。

 でも僕は何も答えませんでした。
 ただ沈黙していました。
 何か言ったりやったりすることさえ勿体なかったのです。
 彼女のすべてを脳裏に焼き付けて忘れないように、この生涯でただ一度、いや、恐らく宇宙開闢以来唯一と言っていい状況を受信するのに精いっぱいだったのです。


「……ねえ、そうだって言ってよ」
「なんで黙ってるの?」
「それじゃあ、マジみたいじゃない……」
「もし……、もしそうなら私……」


 無言で見つめ続ける僕に、冗談のはずだという推理への否定を見出したのでしょうか。
 彼女の様子はみるみる変わっていきました。
 それはもう鮮やかな、変身と言っていいほどの変貌だったと思います。
 芋虫からさなぎを経て成虫になる変態動物のような、穏やかな青空が一瞬で大嵐になる山の天気のような。
 そんな前後関係の結びつきが到底想像もできないような、激しい変化が彼女に起こり始めました。


「……信っじられない」
「ありえない」
「どうしてこんなことしようと思ったの?」
「私の気持ちとか、考えたことある?」


 彼女の美しい貌にエネルギーが満ち満ちていきました。

 柔らかそうな白い頬に、はっとあでやかな朱色がうかびあがりました。
 大きな瞳には、生気に溢れた光が爛々と湛えられ、輝き始めました。
 筆ですっと刷いたような気品のある眉が力強くぎゅっと曲がっていきました。

 
「こんなの、誰かに知られたらどうすんの」
「一生の笑いもの」
「ほんっと、悪夢だわ」
「キモイことしたって自覚してる?」


 顔だけではありません。
 もはや全身から溢れんばかりに立ち昇らせています。
 ゆらゆらと揺らめくように、彼女の輪郭をぼんやりと暈す高温の陽炎。

 激情のエネルギー。

 僕はただでさえ美しい彼女をさらに光り輝かせる神秘の現象に見とれることしかできません。
 息も荒く、全身を震わせながら彼女を見つめ続けることしかできません。


「マジキモ……っ」
「金輪際、こういうのやめてよね!」
「頼むから私に興味なんか持たないでよっ!」
「アンタなんか、部屋に籠って△△ながら×××てりゃいいじゃん!」


「~~~~っ、このキ〇〇い野郎っ!!」
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